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第3章 禁止表現の意味

3.1.3 まとめ

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「するな」形式も、「しないで」形式も、いずれも目上に対しては使いにくい表現であるが、

「しないで」には、聞き手に選択権を与えている点で、「するな」のような一方的押し付けの 感じがない。この両形式の大きな違いである。したがって、「しないで」形式は、本研究で取 り扱う他の形式とは異なり、やはり依頼文として扱うべきだと思われる。そのため、本研究で はこれ以上深く分析しないことにして、稿を改めて議論したい。

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(35) 子供用のラベンダがあってもいいじゃないか。

(以上、田中2004:193)

田中(2004)は、さらに、次のような、「〜したい」という希望、賛同の気持ちを間接的に 表す例を挙げている。

(36) われわれの素朴な『陳情』にともかく耳を貸した、あるいは貸すふりをした相手の雅量

をほめてやってもよい。 (田中2004:194)

田中(2004)は、以下のように条件を提示しつつ、許可を与えた勧めが伝達され、さらに、

その「許可」認識はしばしば「可能」の認識と重なるとして、以下の例を挙げている。

(37) a. 旅行に行くときはこのカメラを持って行ってもいいです。

b. 試験が終わった人は教室から出て行ってもいいです。

c. そんなにやめたかったら、やめてもいいんですよ。

(田中2004:194)

田中(2004)は、これらの「してもいい」形式は、「一般的状況判断が「許可」、個別的(意 志的)判断が「可能」の意味」を示すとして、これらは「してはいけない」形式よりも多義性 を持っているとしている。また「ても」の後に、「いい」以外にも、否定的な意志が来る場合 も多いとして、(38-39)のような例を挙げている。

(38) 手鍋下げても、あんな人の世話になるものか。 (田中2004:197)

(39) 逆立ちしてもあいつには勝てない。 (田中2004:197)

このように、「しても」形式に対して、「ては」には、「自体の不可避的、不可抗力的な発生 をもっている」と田中(2004)は言っている。また、「ては」の叙述的な傾向として、望まし くない結果を伴うことを表す慣用的な断定表現をまとめている。以下の(40)はその「ては」

に後続する定型化した語句である。

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(40) 先が思いやられる、迷惑だ、迷惑千万だ、かなわない、どうしようもない、何にもなら

ない、しめしがつかない、たまったものではない、たまらない、男がすたる、先行き不 安だ、いかんともしがたい、おぼつかない、世も末だ、うかばれない、助かるものも助 からない、手遅れだ、遅すぎる、救いがない、先が知れている、聞いてあきれる、救わ れない、人間もおしまいだ、損だ、取り返しがつかない、きりがない、大変だ、可哀想 だ、プライドにかかわる、まずい、元も子もない、身もふたもない、開いた口がふさが らない、立つ瀬がない、形無しだ、すまない、すまされない、ゆるせない、角がたつ、

本末転倒だ、にっちもさっちもいかない、… (田中2004:161)

田中(2004)は、さらに、以下のような補文をうける慣用的な述語表現についてもまとめて いる。これらにみられる特徴は、いずれも「否定すべき事態」「禁止すべき事態」であり、あ る種の「上位をまじえた批判的な指摘」「評価の態度である」という。これには、「ては」とい う形式に見られる主観的な主張というものが働いているためで、「ても」と大きく異なるとこ ろであるとしている。つまり、「てはいけない」のほうが、対応する評価モダリティの「ても いい」形式よりも主観性の度合いが大きく、行為の要求として定着度が高いということである。

(41) 〜のももっともだ、のもうなずける、のも仕方がない、のも無理もない、〜のもわから

ないわけではない、〜のは必至だ、〜に決まっている、〜ようなものだ、…

(田中2004:161)

この違いは、この両形式の使用頻度から見てもわかる。現代日本語書き言葉均衡コーパスで 検索した頻度から見てみると、「してはいけない」は 922例あった。また、その縮約形「しち ゃいけない」は342例であった。それに対して、肯定形式「してもいい」は581例であり、否 定形式の全体の半分にも及ばない。これは、田中(2004)が言っている「てもいい」の多義性 や「ては」の主観性が関係していると考えられる。

先に「してはいけない」には対応する肯定形「してはいく」「してもいく」がないと述べた。

さらに行為要求の表現としては、「してはいけない」のほうが「してもいい」よりはるかに多 く使われるという。肯定形式がないこと、そして頻度が多いことは文法化が進んでいることを 示唆する。文法化していれば、本来の意味から離れても当然である。以下では、「してはいけ ない」の具体的な用法を詳しく分析していきたい。

37 3.2.2 「してはいけない」の意味

「してはいけない」形式を話し手の主観的な評価とする研究と、禁止とみる研究がある。

そこで、本研究では「してはいけない」形式を分析する際に、話し手と聞き手の上下関係を 分けて考えてみた。結果は以下の通りである。話し手が上位にある場合、「してはいけない」

は「するな」と使用条件が同じであり、禁止される事態の実行における望ましさは話し手個人 の判断によるものとして使うことができる。しかし、この対人関係による「してはいけない」

形式の禁止表現は少ない。さらに、話し手が上位の場合でも、一般的には社会的な共通の認識 としての「望ましさ」が考えられる場合が少なくない。

その一方で、話し手が上位でない場合、「してはいけない」による禁止は、話し手個人ので はなく、社会的規則、つまり社会的な望ましさが必要とされる。この評価的な意味が社会的望 ましさによるものとして、先行する文脈に情報が加えられることにならなければ禁止の意味と しては不自然である。例えば、以下の例では、話し手が上位になく、話し手個人の希望に基づ いているため、「してはいけない」による禁止は不自然である。

(42) #(恋人に対して)僕を捨ててはいけない。

では、話し手が上位にある場合はどうであろうか。このとき、「するな」と同様、理由を述 べずに、話し手個人の判断で、聞き手に何かをしないように働きかけることができる。

(43) (母が子に)お父さんの邪魔をしてはいけません。

(44) 「そんなところに行ってはいけない!それは呪われた日だ!君たちの旅はここでやめるべ

きだろう。本がそんなところに君たちを連れて行くなんて…。絶対にこの旅には出ない方が いい」 (現代日本語書き言葉均衡コーパス『永遠の旅のはじまり』)

「してはいけない」形式で禁止をすることは、話し手が聞き手よりも上位であれば、話し手 の個人的な望ましさだけでできるが、話し手が上位でない場合、客観的に望ましくないことを 文脈で提示することによって、何かをしないように働きかけなければならない。この違いは、

以下で詳しく分析するが、その前に、禁止の命題の前提をみていく必要がある。

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