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第4章 文法化の度合いとプロセス

4.4 不可能形式

4.4.3 不可能形式の文法化の度合い

4.4.3.4 文脈の制限

不可能形式は文脈による制限が多く、禁止は限られた場面や人間関係の場合に使われる。例 えば、可能形式による禁止は不可能とは違った格を取ることがある。まず、不可能動詞の場合 からみて、本来の不可能動詞の統語構造は以下の三つの格の形式がある。

(90) 不可能動詞の統語形式

[ニ(ガ)]格:太郎に英語が話せない。

[ガ(ガ)]格:太郎が英語が話せない。

[ガ(ヲ)]格:太郎が英語を話せない。

(渋谷1993:43)

しかし禁止として使うものには、以下の(99)のような主題を表す「ハ」の場合がしばしば 見られる。まず、能力不可には以下のようなものがある。

(91) a. お前は体が弱いから泳げない。

b. お前には泳げない。

c. お前が泳げない。

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能力不可は、聞き手の能力のみを指すため、あまり禁止としては使われない。それに対して、

状況不可には以下のようなものがある。

(92) ここは泳げません。(禁止)

この「ハ」は、尾上(1981)によると、即定の、あるいは目前の何かに対して新たに説明を 与えるという場合に「題目提示」という働きがある。

この「ハ」格が表すものは、語用論的に、主語が特定の誰かではなく一般の人全員について 誰でも「ここでは泳げない」ということに等しい。この語用論的な含意によって、相手に対し ての働きかけになり、禁止を表すことになる。

さらに、不可能形式は、「するな」のような典型的な禁止のように自由に「ガ」格や「デ」

格、「ヲ」格をとることができない。例えば、以下の例文では、「するな」形式は使えるが、不 可能形式は使えない。

(93) a. お前が泳ぐな。

b. ? お前が泳げない。

(94) a. ここで走るな。

b. ? ここで走れません。

(95) a. ここを走るな。

b. ? ここを走れません。

このように、不可能形式がこれらの格を取らないのは、不可能形式には制限が多く、文法化 の度合いが低いということである。この点については、「できない」形式も同様である。「でき ない」には「動名詞+は」、「名詞+は」、「ことは」、が先行して禁止を表すことができる。例 えば、以下のような例文がある。

(96) a. ここは喫煙できません。

b. 授業中はおしゃべりできません。

c. まだ帰ることはできません。

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これらはいずれも不可能動詞と同様、主語は「一般の人」で、限られた語用論的な文脈や話 し手と聞き手の上下関係においてのみ禁止の働きをする。つまり、不可能形式は、「するな」

形式に比べて、禁止を表すには語用論的な制限が大きいのである。

以上、話し言葉における不可能形式の禁止への文法化の度合いを文脈の制限から見てきた。

また、書き言葉においては、不可能形式による禁止表現は、丁寧さを必要とする告示において 多用されている。それらの不可能形式における告示では、不可能動詞の敬体が定型化されてい る。この点についても、文脈や語用論的な条件という制限が大きいと言える。これらの禁止に は例えば以下のようなものがある。

(97) a. 食べられません。

b. 関係者以外入れません。

c. ここは車庫前につき駐車できません。

d. 芝生には入れません。

これらは、公共機関や客に向けたものが多いため、常体があまり使われない。また、この形 式以外にも、「動詞連体形+ことはできません」の形式の使用も見られる。

(98) 「道路に長時間、反復継続して駐車することはできません。」

(北海道警察ホームページ)

(99) 「旅客車内に立ち入ることはできません」 (入場券切符)

これらの書き言葉において、一般的に丁寧体で使われるのは、使用場面や状況、使用する話 し手と聞き手の人間関係、語用論的文脈が原因である。このような条件下では、上記の例文の いずれも、実際の行為者の能力が欠けているために当該行為の実行が不可能になったわけでも、

その場の状況においてなんらかの条件が欠けているために行為の実行が不可能になったのでも ない。このような文脈では、聞き手/読み手として想定されているのは一般の人であり、しか も眼前にはいない。話し手/書き手との間には距離が存在している。このような水平的な距離

(上下関係のような垂直的距離に対する)を表すのが丁寧体である。このような状況では丁寧 体が用いられるのが当然であり、社会的に定着していると考えることができる。つまり、告示 における敬体の不可能形式は、一般的に禁止として認知されており、決まった語用論的な文脈

136 制限であると言える。

以上三つの形式類を分析した結果、不可能形式全般について、決まった文脈、語用論的条件 の制限からみて、不可能形式の文法化や禁止としての意味化の度合いは低いということが言え る。次節では、4.3 節のテストを用いて、これらの形式の固定度、つまり語彙としての一体度 を考察していく。