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不可能形式の史的変遷

第4章 文法化の度合いとプロセス

4.4 不可能形式

4.4.2 不可能形式の史的変遷

渋谷(1993)によると、上代には、副詞エ、補助動詞ウ、助動詞ユ・ラユ、ルがあり、副詞 エは肯定の可能も否定の可能も表すことができた。それらの例には以下のようなものがある。

(77) 彦星の川瀬を渡るさ小舟のえ行きて泊てむ川津し思ほゆ

(彦星が天の川瀬を渡る小さな舟の行って止まる静かな入江がしのばれるなあ)

(肯定可能文;万葉集2091)

(78) 玉かつまあへしまやまの夕露に旅寝えせめや長きこの夜を

(あへ島山におりる夕露の下で旅の野宿せねばなるまいかこの秋の夜長を)

(否定可能文;万葉集3152)

そして、渋谷(1993)は、中古になると、副詞エは概略否定(不可能)表現として固定化・

一般化され、陳述の副詞として確立したという。(79)はその例である。

(79) むかし、おとこ、五條わたりなりける女をえ得ずなりにけることと、わびたりける、人

の返ごとに。 (伊勢物語)

(昔、五条あたりにいた女を手に入れられなくなってしまったと嘆いていた男が、ある 人の返事に)

また、渋谷(1993)は、この時期から、補助動詞ウは、肯定に多く見られるようになり、文 章語にも多く用いられるようになり、助動詞(ラ)ルは、受け身、尊敬、自発を表すことが多 かったという。その後、中世にはいると、副詞エ、補助動詞ウル、助動詞ルル・ラルル以外に、

院政期(11c 後半〜12c 末)以降、カナフやナルによる可能動詞と思われるものが用いられる ようになったとして、この時代から、「せねばかなはぬ/ならぬ」「してはかなはぬ/ならぬ」

「せひでかなはぬ/ならぬ」「N ではならぬ(N=名詞)」「A てはならぬ(A=形容詞)」など の当為表現や禁止表現などが現れたという。

この「ナル」は、百留・百留(2012)によると、万葉集(7c 後半〜8c 後半)ではモノを主 体とした使用が60%あり、またその3分の2が「モノが出来する」、「モノがモノに変化する」

という意味であったという。また、平安時代の八代集ではモノを主体とした「ナル」が減少し

(40%)、古事記(681開始、712撰上)では神やモノを主体、その出来や獣などへの変化を示

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す例がほとんど(92%)となり、源氏物語(11c前後)では人やその一部を主体とし、その状 態の変化を表す例に偏る(70%)としている。渋谷(1993)は、このことから、古代日本語に おける動詞「ナル」の用法の変化は、概ねモノを主体とし、その出来や変化を表す用法から人 や人の一部を主体とし、その状態の変化を表す用法への拡張という道筋が見えるという。

さらに、渋谷(1988)は、その後の江戸時代の可能表現には、補助動詞エル、助動詞(ラ)

レル、可能動詞、ナル、デキルなどが用いられたが、この時代のナルは、徐々に当為表現・禁 止表現に専用されるようになって、当為表現の「シナケレバナラナイ」などや、禁止表現の「シ テハナラナイ」などの後部要素になっていき、この時期以降は、潜在的な多機能性として用い られるようになったとして、「だめだ」の意を表す評価系の形式になったとしている。さらに その後、渋谷(1988)は、ナルという形式がこのように多くの機能を担うことになってから、

過重な機能をもつことになったため、分析化(形式の透明化)が起こり、その結果、シテナラ ナイの後部要素が「いけない」に変わっていき、それと同時に可能のナルがデキルと交替する として、以下の(80)のようなナルがとる形式にはデキルが用いられ始めたという。

(80) a. 動詞性名詞ガナル

b. スルコトガナル c. 動詞性名詞ナル

原口(1985:59)

渋谷(1993:154)は、これらのナルに代わってデキルが可能表現形式化になったのは、江 戸時代の後期に入ってからのことであるとして、本来的には、「何かが現れてくる」の意味を もつイデクであった形式が、次のようなステップを経て可能形式化したとしている。

(81) i. モノYの出来:Yガ デキル

ビルができた

あれへまいり、心みをいたさう、酒がようできたとは申たれ共、心もとなふ 御ざる

ii. モノYの、人物Xへの出来:Xニ Yガ デキル 僕に腫れ物ができた

今夜は何とやらんおそろしひ心がいできた

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iii. コトYの、人物Xへの出来:Xニ Yガ デキル

僕に準備ができた

ヲヤおまへモウお仕舞が出来たネ

iv. Xの意志的な働きかけを伴う可能表現形式化:Xニ/ガ Yガ デキル 僕に/が 勉強することができた

僕に/が 勉強ができた 僕に/が 勉強できた

江戸へ金を持て帰ることは出来ません

渋谷(1993:153)は、このように、デキル形式は、形式上、分布上、意味上すべてにおい て、ナルを引き継いているとしている。では現代語において「できない」という形式がどうし て禁止を意味するのであろうか。この形式の文法化の度合いは、後ほど考察する。以下では、

可能動詞の変遷を先行研究のレビューからその変化のプロセスを捉える。

可能動詞の成立には、青木(1996)を参考することにする。青木(1996:50)は、可能動詞 は「四段動詞の下二段派生(対応する自動詞をもたない四段他動詞が形態的にその不備を補お うとする「自動詞化形式」(青木1995))」によって生成されたと仮定し、室町時代(1336年〜

1573 年)から現れたものとみて、室町期の抄物を調べた。その結果、可能の用法は、尊敬や 受け身の用法の中において見られたが数はわずかであり、それも否定文の中においてのみであ ったという。これらの可能の用法は、青木(1996)は否定文のなかにおいて保たれ、のちに否 定を伴わない形でも可能表現として機能するようになったとしている。さらに、青木(1996) は、江戸前期(1598年〜1720年まで)の資料からみて、可能動詞の用例は、「読める」「飲め る」「いえる」の三語しかなかったのが、江戸中期(1730年〜1800年頃)の資料では異なり語 数はやや増え、次いで、江戸後期(1800 年頃〜)になると、かなりの異なり語数が生成され ている。つまり、江戸後期になると、可能動詞は徐々に生産性をもつようになって、文法現象 として確立するのである。これらの変遷を、青木は以下のようにまとめている。

(82) 可能動詞の生成(青木1996:47)

① 対応する自動詞を持たない四段他動詞から生成される段階

② その他の四段動詞から生成される段階

③ 四段動詞以外の一段動詞・カ変動詞から生成される段階

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以上、歴史的観点から、不可能形式と禁止表現の関係について述べた。

これらの変化の流れと要因から、現代語における不可能形式の禁止用法への文法化の度合い を考えることができる。現代語の可能形式も、概ね、可能表現のうちある決まった文法形式が、

徐々に3.3節で分析したように、禁止表現の語用論的な意味が生まれているという変化である。

次節では、これら現代語における度合いについて詳しく分析する。

4.4.3 不可能形式の文法化の度合い