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禁止における社会的望ましさ

第3章 禁止表現の意味

3.2.5 禁止表現における望ましさの規範

3.2.6.2 禁止における社会的望ましさ

一般に、対話の話し手と聞き手の間には、お互い存在する背景の中において、「このように 判断するのがふつうだ」という認識がある(今井2001)。

禁止表現には前述のように、行為の実行に対しての「望ましさ」があり、その「望ましさ」

の規範は3.2.4節で定義したように私的な規範と社会的な規範がある。社会的な規範は、文脈

に具体的に現れなくても、話し手一個人のではなく、今井(2001)で述べるように、話し手と 聞き手がいる共同社会における暗黙の認識というような規範もある。つまり、共同の背景や社 会において、話し手の一個人にとって好ましい、好都合なものではなく、話し手と聞き手がい

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る場面、背景において、それぞれがその社会の一員として認めているもの、こうした規範も本 研究では、社会的な規範であり、その望ましさは社会的望ましさであると定義する。また、禁 止表現において、例えば(65)のような例文の「不吉なこと」である場合は、社会の一員とし て、共通的に「言ってはいけないこと」であると思っているのであろう。そのため、この例文 における禁止は、社会的望ましさからの禁止であるとみなす。

3.2.7 「してはいけない」形式の使用実態

ここでは、「するな」のデータと比較することで、「してはいけない」形式の特徴を明らかに する。「するな」形式について、その「否定の評価」、つまり「不満」の用法について、3.1 節 で見たので、ここでは、その典型的な「禁止」としての用法を確認する。その用法を、「して はいけない」の用法と区別して、それぞれの使用実態を明らかにすることを目的とする。

3.2.7.1 「するな」

「するな」の例文は現代日本語書き言葉均衡コーパス(BCCWJ)において、264 例あった。

そのうち、村上(1993:67)の、「するな」の文にはすでに始まっている動作や状態の中断を 求める「制止的な禁止」と、未来に行われる可能性のある動作を行わないよう要求する「予防 的な禁止」の二つが存在する。この形式の用法には、(45)でも触れた仁田(1991)の「典型 的で適切な」命令文が成立するための「運用論的な条件」のうち、i)の条件が大きく関わっ ている。

まず、「するな」形式は典型的な「禁止」だけでなく、使用される状況・文脈によっては、

評価のモダリティ形式と共通する「否定の評価」「願望」といった機能を果たす場合がある。

このことについては、3.1 節において、詳しく分析してきた。また、この「否定の評価」など の意味は、高梨(2007:49)は、それ自体、話し手の評価を示すものではないとして、「評価」

として文脈によって出された色合いであるとしている。その色合いが定着していることについ ては第4章で考察するので、ここではまず、その基本的意味と「禁止」としての用法について 分析していきたい。

次に、高梨(2007:49)は、禁止形は、「不満」というある種の評価を表す場合には、行為 を発動させる発動させないという指令は、それ自体が評価ではないものの、必ずその行為に対 する、望ましいか望ましくないという評価を前提にしたものである。いわば潜在している評価 というものがあり、それが「不満」という用法を表に出しているのではないかと指摘している。

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以下では、この「評価」があるということを前提としながら、「するな」形式の使用実態を 見ていく。代表的な例文を(68-76)によって示す。

(68) 「よし、帰投せよ」

「帰るのですか」

「そうだ。ぐずぐずするな。燃料が切れるぞ」

「了解。」村田はレーダーに視線を落とした。

(現代日本語書き言葉均衡コーパス『犬笛』)

(69) 顔を赤くしたルザルを眺めて、ラシュワンはげっそりと言った。

「しかしまあ、勘違いするな。俺はあの娘のことを言っているんじゃない。

(現代日本語書き言葉均衡コーパス『赤い瞳のシェスタ』)

(70) また、ポーランド人は、伊達男がトイレへ行ったスキに、

「あいつを信用するな。あれは詐欺師だ」と私にささやくのである。

ハンガリー人とルーマニア人も仲が悪い。

(現代日本語書き言葉均衡コーパス『民主化の嵐のあとで』)

(71) レッドの声が、再び拡声器を通して鳴り響いた。

「地面に伏せろ。抵抗するな。従わないと撃つぞ。」

ダンカンは頭の後ろで両手を組み、ゆっくりと身をかがめた。

(現代日本語書き言葉均衡コーパス『メサイア』)

(72) 「わかりましたよ。言いますよ。あれから二人でアンジィーの部屋に行きましたそれで

終わり。」

「おいおい、重要なところを省略するな。お前も昔は週刊誌の編集者だったんだろ。そ ういう部分は、微に入り細を穿ち、きっちりと描写して欲しい。」

(現代日本語書き言葉均衡コーパス『怪人モリスばくち旅』)

(73) 「なんとなく、その」忠和の声はさらに小さくなった。

「見苦しい言いわけをするな。男なら、はっきりと、この恵美子が目的やと、白状した らどうや。」

(現代日本語書き言葉均衡コーパス『芸人横丁花舞台』)

(74) 浩紀は頰を引きつらせて、玲司を睨んだ。

「そういう顔をするな。綺麗な顔が台無しだぞ?」

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(現代日本語書き言葉均衡コーパス『家政夫様には逆らえません』)

(75) 「こんなことはやめなさい。早くここから出ていくんだ。」

「ばかやろう。俺に指図をするな。」

「話せばわかる。落ち着くんだ。せっかく平穏に暮らしていたんじゃないか」

(現代日本語書き言葉均衡コーパス『沈黙者』)

(76) 「うわっ、逃げられる」

小沢が離れようとするのを、襟首摑んで引き寄せた。

「うろちょろするな。見つかるやろ」矢野を乗せたタクシーは私たちの眼前を走り抜け た。 (現代日本語書き言葉均衡コーパス『絵が殺した』)

話し手自身が根拠に基づいて想像や思考を通して命題を創造するという心的過程を経ること を主観的とする観点から、例文(68-76)を考えてみよう。

例文(68-76)は主観的な望ましさからの禁止のモダリティと解釈することができる。つま

り、話し手が既得の命題を話し手の主観的観点に基づいて「望ましくないこと」として、禁止 すると解釈できる。前後の文脈に「俺」、「おりゃ」という話し手個人を表す語が付くことがあ ることからもわかる。これらの例を下記の表でまとめる。

表4 私的望ましさの禁止

例文 聞き手による行為 望ましさの規範 規範の傾向性

(68) くずくずする 話し手 個人的な考え

(69) 勘違いする 話し手 個人的な都合

(70) 信用する 話し手 個人的な都合

(71) 抵抗する 話し手 個人的な意向

(72) 省略する 話し手 個人的な都合

(73) 言いわけをする 話し手 個人的な考え

(74) そういう顔(睨む)をする 話し手 個人的な意向

(75) 指図をする 話し手 個人的な意向

(76) うろちょろする 話し手 個人的な都合

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3.1 節で、話し手は聞き手が行っている行為またはこれから行う行為があることが禁止の前 提であると述べた。この行為に対して、話し手は「望ましくない」と判断し、行為を行わない ように働きかけるのが禁止である。この「望ましさ」を判断する基準に、社会的な道徳・法・

慣習、自然界に関する法則、さらに個人的な考え・好悪・意向を含んだ判断の基準があること は、繰り返し見てきた。「してはいけない」形式と比べるために、これらの例文の「規範」と

「望ましさ」が誰のものなのかに関して考える必要がある。

規範の持ち主は上記の表からわかるように、いずれも話し手である、これらの行為の実行に 対して「望ましくない」と思うのは話し手の一個人の都合からである。「してはいけない」形 式と比べるために、図式を作成して、これら「するな」形式の禁止の「望ましさ」の規範を示 すことにする。

(77) 西尾愛「パパ、チーズ取って」

竜太郎「(あたりを見回して)人前でパパと呼ぶなよ」

(尾崎2007:69)

この例文における行為の実現に対する望ましさの規範は話し手であるので、話し手の規範に よって、聞き手にしないように要求している。

図4 「するな」形式の禁止

つまり、「するな」形式における規範の持ち主は、話し手であり、「するな」形式における望 ましさは、私的望ましさである。この形式の望ましさと比較することによって、「してはいけ ない」形式の特徴が明らかとなる。

×

話し手 聞き手

望ましさ

行動

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3.2.7.2 「してはいけない」(「しちゃいけない」)

「してはいけない」の例文は現代日本語書き言葉均衡コーパス(BCCWJ)において、922例 あった。また、その縮約形「しちゃいけない」は42例あった。この形式はもともと事態評価 のモダリティの下位分類に属し、高梨(2002:82-92、117)は事態評価のモダリティの基本的意 味を「必要」「許可・許容」「不必要」「不許可・非許容」の4つに分類したうちの、「不許可」

という類に該当するとしている。そして、実現状態には、事態がまだ実現しておらず、これか ら実現するかどうか不明の状態(未実現)、事態が現在までに実現したことの状態(既実現)

と、事態が実現しなかったことの状態(非実現)があるとして、これによって、「当為判断」

と「働きかけ」の両方になる可能性があり、そのうち、「当為判断」とは人の行為の「必要性・

許容性」についての判断であり、「働きかけ」とは聞き手に何らかの行為を促したり、やめさ せたりしようと働きかける機能であるとされている。「してはいけない」形式が「働きかけ」

として機能する場合、「勧め」「警告」「許可」「免除」「禁止」「強制」などの下位分類のうち、

「禁止」の意味を持つ。

3.2.3節で、主観性と客観性について述べたが、ここで、その定義をもう一度簡単に言えば、

主観性とは話し手の単なる話し手一個人にとっての「好都合」「便利」「便益」といった「望ま しさ」であり、客観性とは話し手一個人といったものではなく、共同社会的な「望ましさ」で あることである。このような主観性・客観性から見れば、「するな」の形式は主観的である。

また、「してはいけない」形式において、話し手が上位の場合は「するな」と同じ用法で使用 することはできるが、この使用は話し手が上位でない場合に比べて少ない。また、話し手が上 位でない場合には、話し手が規範の持ち主として行為の実行や状態の実現を評価しも話し手に 聞いてもらえない可能性があるため、「してはいけない」形式という客観的な形式によって、

話し手個人の都合ではない、話し手の背後社会の規則であるという客観的な望ましさによって 禁止をするのである。以下では、これらのことを詳しく分析していく。

3.2.7.2.1 話し手が上位である場合

「してはいけない」形式の禁止の用法において、話し手が上位の場合は非常に少ない。現代 日本語書き言葉均衡コーパスで調べたところ、このような状況は、「してはいけない」100 例 のうち、わずか4例だった。以下で、それらの例文を示しす。