積分路の変形(曲線に沿う正則関数の線積分は、関数が正則な範囲で曲線を連続的に変形し ても、線積分の値は変わらない)については、既に6節でも現れた(もっとも、詳しいことは付 録 (E) に回してある)。ここでは、前項の定理8.4を用いた積分路の変形について説明し、い くつか例を示す。
既に ∂D を |z−a|=ε に変形する議論を紹介したが、同類をもう少し追加、ということで ある。
次の例は教科書に載っているものである (例題3.24 に、2πi をかけたもの)。楕円に沿う線 積分は、定義に従って計算しようとすると難しいが、この例では、被積分関数が正則な範囲で 積分路を変形することで、2つの円周に沿う線積分の和に帰着している。これは、後で説明す る留数定理を用いて計算するのにピッタリの問題であるが、以下の計算はその内容を先取りし たものになっている。
例 8.6 (後でもっと簡単に解くけれど) C を楕円 z = 2 cosθ+isinθ (θ ∈[0,2π]) とするとき I =
!
C
2z z2−1dz を求めよ。
被積分関数をf(z) とおき、部分分数分解しておく:
f(z) = 2z
z2−1 = 2z
(z+ 1)(z−1) = 1
z+ 1 + 1 z−1.
正数 ε に対して、z = 1 +εeiθ (θ ∈[0,2π]) を C1,ε, z =−1 +εeiθ (θ ∈ [0,2π])を C−1,ε とお くと、ε が十分小さければ、C, C1,ε, C−1,ε は互いに交わらない。
このとき
D:=
?
z =x+iy
%%
%% x2 22 +y2
12 <1∧|z+ 1|>ε∧|z−1|>ε
@
とおくと、Dは領域で
∂D=C−C1,ε−C−1,ε.
D は 1,−1を含まないので、f は Dを含むある開集合で正則である。ゆえに Cauchyの積分 定理(定理 8.4) から、
0 =
!
∂D
f(z)dz =
!
C
f(z)dz−
!
1,ε
f(z)dz−
!
−1,ε
f(z)dz.
ゆえに !
C1,ε
f(z)dz =
!
C1,ε
dz z+ 1 +
!
C1,ε
dz
z−1 = 0 + 2πi= 2πi.
(第1項は、C1,εが{z ∈C|Rez >0}に含まれ、 1
z+ 1 はそこで正則であることから、Cauchy の積分定理より 0 である。第2項は例の積分である。)
同様にして
!
C−1,ε
f(z)dz =
!
C−1,ε
dz z+ 1 +
!
C−1,ε
dz
z−1 = 2πi+ 0 = 2πi.
ゆえに
I =
!
C
f(z)dz =
!
C1,ε
f(z)dz+
!
C−1,ε
f(z)dz = 4πi.
次の例は、熱方程式ut(x, t) =uxx(x, t) の基本解 U(x, t) = 1
√4πte−x
2
4t を Fourier 変換を用 いて求める計算に使われる、非常に有名な例である。
例 8.7 (Fourier解析で有名な例) h∈R とするとき、
! ∞
−∞
e−(x+ih)2dx=√ π=
! ∞
−∞
e−x2dx.
(実軸 R に沿う積分が、h だけ浮かせた直線 {x+ih |x ∈ R} に沿う積分と等しい。Fourier 解析で、ガウシアンの Fourier変換を計算するときに良く利用される式である。)
証明 f(z) =e−z2 (z ∈C) とおくと、f は C で正則である。
任意のR >0 に対して、
Γ1,R := [−R, R], Γ2,R := [R, R+ih], Γ3,R := [−R+ih, R+ih], Γ4,R:= [−R,−R+ih], ΓR :=Γ1,R+Γ2,R−Γ3,R−Γ4,R
とおく。ΓR は星型領域C における閉曲線であり、f は Cで正則であるから、Cauchyの積分 定理によって、
(38) 0 =
!
ΓR
f(z)dz =
!
Γ1,R
f(z)dz+
!
Γ2,R
f(z)dz−
!
Γ3,R
f(z)dz−
!
Γ4,R
f(z)dz.
Γ1,R は z =x (x∈[−R, R]) とパラメーター付けできるので、dz =dx より
!
Γ1,R
f(z)dz =
! R
−R
f(x)dx=
! R
−R
e−x2 dx.
この積分については、R→ ∞ のとき、√
π に収束することが知られている:
(39) lim
R→∞
! R
−R
e−x2dx=√ π.
同様にΓ3,R は z =x+ih(x∈[−R, R])とパラメーター付けできるので、dz =dx より
!
Γ3,R
f(z)dz =
! R
−R
f(x+ih)dx=
! R
−R
e−(x+ih)2 dx.
Γ2,R は z =R+ith (t∈[0,1]) とパラメーター付けできるので50、
|f(z)|=%%%ez2%%%=eRe(−z2) =eRe(−(R+ith)2) =e−R2+t2h2 ≤e−R2+h2. ゆえに %%%%%
!
Γ2,R
f(z)dz
%%
%%
%≤ max
z∈Γ∗2,R|f(z)|
!
Γ2,R
|dz|≤e−R2+h2|h|. ゆえに
(40) lim
R→∞
!
Γ2,R
f(z)dz = 0.
同様にΓ4,R は z =−R+ith (t∈[0,1]) とパラメーター付けできるので、
|f(z)|=%%%ez2%%%=eRe(−z2) =eRe(−(−R+ith)2) =e−R2+t2h2 ≤e−R2+h2,
%%
%%
%
!
Γ4,R
f(z)dz
%%
%%
%≤ max
z∈Γ∗4,R|f(z)|
!
Γ4,R
|dz|≤e−R2+h2|h|. ゆえに
(41) lim
R→∞
!
Γ4,R
f(z)dz = 0.
(38)から !
Γ3,R
f(z)dz =
!
Γ1,R
f(z)dz+
!
Γ2,R
f(z)dz−
!
Γ4,R
f(z)dz であるから、
%%
%%
! R
−R
e−(x+ih)2dx−√ π
%%
%%=
%%
%%
%
! R
−R
e−x2dx−√ π+
!
Γ2,R
f(z)dz−
!
Γ4,R
f(z)dz
%%
%%
%
≤
%%
%%
! R
−R
e−x2dx−√ π
%%
%%+
%%
%%
%
!
Γ2,R
f(z)dz
%%
%%
%+
%%
%%
%
!
Γ4,R
f(z)dz
%%
%%
%. (39), (40), (41)から、R → ∞のとき、右辺は 0に収束することが分かる。以上から
! ∞
−∞
e−(x+ih)2dx=√ π.
50h >0であればz=R+iy (y∈[0, h])とすれば良いけれど、h <0 のときは不適当なので、z=R+ithと した。
二つ目のイントロ
これまでは、正則関数が冪級数展開可能であることを示すことが大きな目標である、と言っ てきて、それが果たされたし、Cauchy の積分定理も、まあまあ一般的な形で紹介できたし、
ほっと一段落、というところ。それで今後の話の流れをおおまかに説明する。
(i) (冪級数展開を利用した) 正則関数の性質の詳しい分析
(ii) 孤立特異点に注目し Cauchy の積分公式を利用して、孤立特異点の周りの Laurentロ ー ラ ン 展 開 (the Laurent expansion)を導き、孤立特異点のりゅうすう留 数 (residue) を定義する。
先走って紹介 (どうせ後でやるので、スルーしても良い)
✓ ✏
cが孤立特異点とは、f は c では微分可能でないかもしれないが、∃R > 0 s.t. 0 <
|z−c|< R で正則ということ、f の cの周りの Laurent 展開とは f(z) =
"∞ n=0
an(z−c)n+
"∞ n=1
a−n
(z−c)n (0<|z−c|< R) という形の式、実は an は
an = 1 2πi
!
|ζ−c|=R
f(ζ) (ζ−c)n+1dζ
という式で表される(Taylor 展開の係数と形が同じじゃないか!)。f の c における 留数Res(f;c) とは
Res(f;c) :=a−1
# 1 2πi
!
|z−c|=R
f(z)dzに等しい$ .
Q Laurent級数、負の冪があって扱い方難しくないですか?
A 二つ目の > は、ζ := 1
z−c とおくと、ζ の冪級数だから、すべて冪級数任せ に出来る。全然難しくない。
これまで何となく問題児のようだった 1
z−c を集中的に攻略する、ということになる。
✒ ✑
(iii) 定積分計算への留数の応用
9 正則関数の性質
9.1 正則関数の零点とその位数
多項式に対して、根とその重複度というものが定義されているが、正則関数に対してもそれ に相当する (一般化になっている)零点とその位数というものがある。
✓ ✏
定義 9.1 (正則関数の零点, 零点の位数) c∈C,f は cの近傍で正則な関数とする。
(1) cが f の零点(zero)であるとは、f(c) = 0 を満たすことをいう。
(2) cが f の零点で、k ∈N,
f(c) =f′(c) = · · ·=f(k−1)(c) = 0 かつ f(k)(c)̸= 0
を満たすとき、f の零点cの位数 (order)と呼び、cはf のk 位の零点であるという。
✒ ✑
例 9.2 (a) f(z) = sinz で、mπ (m ∈Z)は 1位の零点である。実際、
f(mπ) = sinmπ = 0, f′(mπ) = cosmπ= (−1)m ̸= 0 であるから、mπ は f の1位の零点である。あるいは Taylor 展開
sinz = (−1)msin(z−mπ) = (−1)m
"∞ n=0
(−1)n
(2n+ 1)!(z−mπ)2n+1 を利用して、
sinz= (z−mπ)g(z), g(z) := (−1)m
"∞ n=0
(−1)n
(2n+ 1)!(z−mπ)2n と変形して、g(mπ) = (−1)m ̸= 0 を確めても良い。
(b) f(z) = cosz−1で、2mπ (m ∈Z) は 2位の零点である。実際、
f(2mπ) = cos 2mπ−1 = 1−1 = 0,
f′(z) =−sinz, f′(2mπ) =−sin 2mπ= 0,
f′′(z) = −cosz, f′′(2mπ) = −cos 2mπ =−1̸= 0 であるから、2mπ (m ∈Z)は 2位の零点である。あるいは、Taylor 展開
cosz = cos(z−2mπ) =
"∞ n=0
(−1)n
(2n)!(z−2mπ)2n を利用して、
cosz−1 = (z−mπ)2g(z), g(z) :=
"∞ n=1
(−1)n
(2n)!(z−2mπ)2(n−1) と表し、g(2mπ) = −1
2 ̸= 0 を確めても良い。
✓ ✏
命題 9.3 (k位の零点の条件) c∈C,f は cの開近傍U で正則、k ∈Nとするとき、次の 2条件は互いに同値である。
(i) U で正則な関数g が存在して、f(z) = (z−c)kg(z) (z ∈U) かつg(c)̸= 0.
(ii) f(c) =f′(c) =· · ·=f(k−1)(c) = 0 かつ f(k)(c)̸= 0.
✒ ✑
証明 k に関する帰納法で (i) ⇔ (ii) を示す、というのも可能である。以下では一気に証明 する。
(ii) =⇒ (i)の証明。f は cの近傍で正則なので、c の回りでTaylor 展開できる。すなわち
∃R >0, ∃{an} s.t.
f(z) =
"∞ n=0
an(z−c)n (|z−c|< R).
一般に an = f(n)(c)
n! であるから、仮定より、a0 =a1 =· · ·=ak−1 = 0, ak̸= 0. ゆえに f(z) =
"∞ n=k
an(z−c)n = (z−c)k
"∞ n=k
an(z−c)n−k = (z−c)k
"∞ n=0
an+k(z−c)n. ここで
g(z) :=
"∞ n=0
an+k(z−c)n とおくと、これは |z−c|< R で正則な関数で、
f(z) = (z−c)kg(z), g(c) =ak ̸= 0.
(i) =⇒ (ii) の証明。f(z) = (z −c)kg(z), g(c) ̸= 0 とする。h(z) := (z −c)k とおくと、
f(z) =g(z)h(z). 0≤m≤k に対して、Leibniz の法則により f(m)(z) =
"m r=0
#m r
$
h(r)(z)g(m−r)(z).
明らかに r ≤ k−1 であれば、h(r)(c) = 0 であることに注意すると、0 ≤m ≤k−1 ならば h(r)(c) = 0 (0≤r≤m)であること、それと h(k)(z)≡k!から、
f(m)(c) =
"m r=0
#m r
$
·0·g(m−r)(c) = 0 (0≤m≤k−1), f(k)(c) =
#k k
$
k!g(c) =k!g(c)̸= 0.
(このProp. の証明は文章が少し粗雑かも。)
多項式の場合に、同様の命題が因数定理と帰納法で導かれる。
✓ ✏
命題 9.4 (k重根の条件) f(z) ∈ C[z], c ∈ C, k ∈ N とするとき、次の3条件は同値で ある。
(i) cは f(z) の根で、重複度はk である。
(すなわち、f(z) を 1次因数の積に因数分解したとき、(z−c)はちょうど k 個現れ
る — k= 1 の場合、重根ではないわけだが、重複度 1 の根ということにしておく) (ii) ∃g(z)∈C[z] s.t. f(z) = (z−c)kg(z)かつ g(c)̸= 0.
(iii) f(c) =f′(c) =· · ·=f(k−1)(c) = 0 かつ f(k)(c)̸= 0.
✒ ✑
証明 (実質的に高校数学であるので、省略させてもらう。)
(最近の高校数学では、重解という言葉を使っているが、もともとは重根という言葉を使う のが普通であった。因数分解を使わずに「重なっていること」を表すのは面倒で、重根と呼ぶ 方が筋が通っていると私は思う。)
0でない多項式は、関数として C 全体で正則であり、根と零点は一致する(c が f(z) の根
⇔ cが f の零点)。また根c の重複度 (単根の時は 1とする) は、零点 cの位数と一致する。
cの近傍で正則な関数 f が f(c) = 0 を満たすとき、次の2つのいずれか一方が成り立つこ とが容易に分かる。
(i) (∀n∈N∪{0}) f(n)(c) = 0. (このとき f が cのまわりの冪級数展開の収束円で0になる ことは明らかだが、実はいたるところ 0 に等しいことが後述の一致の定理で分かる。) (ii) (∃k∈N) f(c) =f′(c) = · · ·=f(k−1)(c) = 0, f(k)(c)̸= 0.