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与えられた関数の冪級数展開の収束半径については、係数を用いた公式(ratio test (d’Alembert

の公式) や Cauchy-Hadamard の公式)もあるが、元の関数の性質を元にした特徴づけが重要

である。次の命題は、教科書のものとは少し変えてある。

命題 9.22 Ω は C の開集合で、f: Ω→C は正則、c∈Ωとする。

R:={R >0|D(c;R)⊂Ω であるか、あるいは f は D(c;R) まで正則に拡張できる} とおくとき、f の cのまわりの 冪級数展開の収束半径 ρは supR に等しい。

55もしa0zn+a1zn1+· · ·+an−1z+an (a0̸= 0,n1)が定数であれば、a0zn1+a1zn2+· · ·+an−10 である。「0 の代入と微分(あるいは割り算)」によって、an−1=an−2 =· · · =a1 =a0 = 0が得られ、a0 ̸= 0 に矛盾する。

証明 ρ> 0 であることに注意する。(実際、Ω は開集合であるから、D(c;ε)⊂Ω を満たす ε>0 が存在する。ε を小さく取り直して、D(c;ε)⊂Ωと出来る。このとき、定理 7.4 より、

f は D(c;ε) で冪級数展開出来る。収束半径の定義より ρ≥ε であるから、ρ>0.)

ρ が有限の数である場合、収束半径の定義により ρ ∈ R であるから、ρ ≤ supR. 一方、

R ∈ R とするとき、∀ε ∈ (0, R) に対して、D(c;R −ε) ⊂ Ω であるから、定理 7.4 が適用 できて、f の cの回りの 冪級数展開は D(c;R−ε) で収束する。ゆえに収束半径の定義から R−ε≤ρ. ε は任意であるから、R≤ρ. ゆえに supR≤ρ. 従って ρ= supR.

ρ=∞ である場合、f の cの周りの冪級数展開はC 全体で収束するので、その冪級数が定 める関数はC で正則である。ゆえに特に任意の正数R に対して、その冪級数はD(c;R)で収 束するので、R∈R. ゆえに supR=∞ であるから、ρ= supR.

例 9.23 (有理関数の冪級数展開の収束半径) f(z) = Q(z)

P(z) (P(z), Q(z) ∈ C[z], P(z) とQ(z) は互いに素)とするとき、P(z)のすべての根α12,. . .,αnを除いたΩ:=C\{α12, . . . ,αn} で f は定義されて正則である。

一方、各 j ∈{1,2,· · · , n} に対して、lim

zαj|f(z)|=∞ であるので、z =αj を含めて正則に 拡張することは出来ない(αj は後で定義する言葉を使うと、f の極である)。

ゆえに、∀c∈ Ω に対して、f のc の回りの 冪級数展開の収束半径は min

1≤j≤nj −c| である (最寄りの赤点までの距離に等しい)。

例 9.24 (教科書 p. 81) 実関数

f(x) := 1 1 +x2

は R 全体で実解析的である。すなわち、∀x0 ∈R に対して、f は x0 で冪級数展開できる:

(∃r >0)(∃{an}n0)(∀x∈(x0 −r, x0+r)) f(x) =

" n=0

an(x−xn0).

しかし x= 0 での冪級数展開

f(x) = 1−x2 +x4−x6+· · ·=

" n=0

(−1)nx2n

は −1 < x < 1 でしか収束しない (理由は各自チェックせよ)。それは f(z) = 1

z2+ 1 = 1

(z+i)(z−i) のc= 0のまわりの冪級数展開の収束半径が、上の例からmin{|i−0|,|−i−0|}= 1 となるから、D(0; 1)では収束し、{z ∈C| |z|>1} では発散することから分かる。

問 68. f(z) = 1

z2+ 1 を c= 2のまわりで冪級数展開したときの収束半径を (実際に冪級数展 開せずに) 求めよ。

例 9.25 (Bernoulli 数の母関数の収束半径) f(z) = z

ez −1 とおく。まず分母と分子は整関数 (C全体で正則) である。

分母 ez−1 = 0 ⇔ (∃n∈Z)z = 2nπi であるから、f は D0 :=C\ C

n∈Z

{2nπi} で正則な関数を定める。

任意のz ∈C に対して

ez−1 =

" n=0

zn

n! −1 =

" n=1

zn n!

であるから、z ̸= 0 に対して

ez−1

z =

" n=1

zn1 n! =

" n=0

zn (n+ 1)!. 右辺の冪級数の収束半径は ∞ であるので、

g(z) :=

" n=0

zn

(n+ 1)! (z ∈C) とおくと、整関数 g が定まる。g(0) = 1̸= 0 に注意すると、

g(z) = 0 ⇔ z ̸= 0∧ez−1 = 0 ⇔ (∃n∈Z\ {0}) z = 2nπi.

そこで

D :=C\ {2nπi|n∈Z, n̸= 0}=D0∪{0}, f7(z) := 1

g(z) (z ∈D)

とおくと、f7: D→C は正則になり、f の拡張になる(0 でも定義できた)。

特に|z|<2π で正則であるから、∃{Bn} s.t.

(45) f7(z) =

" n=0

Bn

n!zn (|z|<2π).

なお、 lim

z→±2πi

%%

% 7f(z)%%%= ∞ であるから、z =±2πi での値を (z = 0 のときと同様に) 適当に定 義することによって、より大きい半径の円盤で正則になるようには出来ない。ゆえに (45)の 収束半径は2π である。

以上が、命題9.22 の適用例の話で、この後は余談である。

Bn は Bernoulliベ ル ヌ ー イ 数と呼ばれ、多くの重要な応用がある(冪乗和

"n k=1

kr の公式56, tanと cot の冪級数展開、"

n=1

1

n2k の和, Euler-Maclaurin の公式, etc.)。

最初の数項を書いておく。

B0 = 1, B1 =−1

2, B2 = 1

6, B3 = 0, B4 =− 1

30, B5 = 0, B6 = 1

42, · · · Bn の一般項を表す簡単な式は知られていない

(そのため、この冪級数の収束半径を、Cauchy-Hadamard の定理を使って求めることは難しい)。Bernoulli数の定義の仕方はいくつかあるが、

上の議論はそのうちの一つである。

手短な定義 (まとめ)

f(z) := z

ez−1 とおくとき、Bn :=f(n)(0) をBernoulli 数という(0 は f の除去可能特異 点である)。

56

"n

k=1

k= n(n+ 1)

2 ,

"n

k=1

k2 = n(n+ 1)(2n+ 1)

6 ,

"n

k=1

k3 =

#n(n+ 1) 2

$2

などの公式を高校で学ぶが、それを 一般化した公式がBernoulli数を用いて得られる。

Mathmematicaで試す

f(z) を 0 のまわりに 10次の項まで Taylor 展開してみる。

Series[z/(Exp[z]-1),{z,0,10}]

これから Bn が分かる。

もっとも、そもそも Mathematica には、Bernoulli 数, Bernoulli 多項式を計算する関数 BernoulliB[n], BernoulliB[n, x] が用意されているので、実際に値が必要な場合に

Taylor 展開する必要はない。

Table[BernoulliB[n],{n,0,10}]

f(z) +z

2 は偶関数なので、B1 を除き、奇数次の項の係数B2n1 (n ≥2) は0 であることが

分かる(偶関数は z2 の冪級数に展開できることに注意)。

実は Bernoulli数の定義には色々な流儀がある。一応、上で定義したものがメジャーだと考

えているが(だから上でそのように紹介したが)、それ以外で比較的多いのは、f(z)の代わりに

f(z) +z を用いた場合に得られるもので、そうすると、B1 だけが上の定義と異なり、B1 = 1

2 となる。オリジナルの Jacob Bernoulli (1655–1705)や関たかかず孝和(1642–1708) はこちらを用いた ということである(Bernoulli も関も冪乗和を考える過程で導いた)。

その他にも、偶数番目しか考えないとか(それでB2n を Bn と書いてみたり)、符号を変え たり、細かな流儀の違いがある。たとえば教科書 [2]は、偶数番目の項 B2n のみ

(46) z

ez −1+ z

2 = 1 +

" n=1

(−1)n1 B2n

(2n)!z2n

によって定義している。(−1)n−1 という因数をつけたため、B2n>0が成り立つ。

問 69. 0の近傍で正則な偶関数は z2 の冪級数に展開されることを示せ。

余談 9.26 (Bernoulli数の応用) Bernoulli 数は色々な基本的な問題の解を表すために使われ る。いくつか紹介しよう。

cot, tan, coth などの冪級数展開:

cotz =

" k=0

(−1)k22kB2k (2k)! z2k−1, zcothz=

" n=0

B2n

(2n)!22nz2n, tanz =

" n=1

(−1)n122n(22n−1)B2n

(2n)! z2n−1. (教科書の流儀で Bernoulli 数を定義すると、tanz =

" n=1

22n(22n−1)B2n

(2n)! z2n1 となる。) 冪乗和の公式(関・Bernoulli の公式):

"n i=1

ik =

"k j=0

#k j

$ Bj

nk+1j

k+ 1−j (n, k ∈N).

ゼータ関数 ζ の正の偶数における関数値57: ζ(2k) =

" n=1

1

n2k = (−1)k+122k1π2k

(2k)! B2k (k∈N).

Euler-Maclaurin の公式: f が [0, n]で Ck 級とするとき

"n i=1

f(i) =

! n 0

f(x)dx+1

2(f(n)−f(0)) +

"k j=2

Bj

j!

5f(j1)(n)−f(j1)(0)6

+(−1)k−1 k!

! n 0

B7k(x)f(k)(x)dx.

ただし B7k(x) は、Bernoulli 多項式 (おっと、紹介し忘れた) Bk(x) を周期1で拡張したもの である。和を積分で評価したり、定積分を台形公式で近似するときの誤差評価をしたり(周期 関数の1周期積分を台形公式で近似すると高精度である、と云う話がどこかであったけれど、

それはなぜだろう…)色々な使い道のある公式である。

Bernoulli数については、荒川・伊吹山・金子 [27]が詳しい。

命題 9.27 (cot, tan の 0 のまわりの Taylor 展開) (45) で Bernoulli数 {Bn} を定める とき、

cotz = 1 z +

" k=1

(−1)k22k B2k

(2k)!z2k1 (0<|z|<2π), (47)

tanz =

" k=1

(−1)k122k(22k−1)B2k

(2k)! z2k1 (|z|<2π).

(48)

証明

g(z) := z

2 +f(z) = z

2 + z ez−1

とおくと、gは偶関数である。(実際、通分して、分母・分子をez/2で割るとg(z) = z

2·ez/2+e−z/2 ez/2−ez/2 が得られる。) ゆえにg の冪級数展開の奇数次の項の係数は0であり、特に

B1 =−1

2, B2k+1 = 0 (k = 1,2,· · ·).

これから

g(z) = 1 +

" k=1

B2k

(2k)!z2k. zcotz =z·ieiz+eiz

eiz−e−iz =ize2iz + 1 e2iz −1 =iz

#

1 + 2 e2iz−1

$

=iz+ 2iz e2iz −1

=g(2iz) = 1 +

" k=1

B2k

(2k)!(2iz)2k = 1 +

" k=1

(−1)k22k B2k (2k)!z2k. tanz = cotz−2 cot 2z であるから、

tanz= 1 z +

" k=1

(−1)k22k B2k

(2k)!z2k1−2 . 1

2z +

" k=1

(−1)k22k B2k

(2k)!(2z)2k1 /

=

" k=1

(−1)k22k B2k

(2k)!(1−22k)z2k1 =

" k=1

(−1)k122k(22k−1)B2k

(2k)! z2k1.

57桂田「応用複素関数講義ノート」[26]8節「無限和と無限積」に解説を書いた。

問 70. zcothz の z = 0 のまわりの Taylor 展開を求めよ。

例 9.28 2つの関数

f(z) := 1

z−1, g(z) := 1 (z−1)(z−2)

はそれぞれC\ {1},C\ {1,2}で正則である。f もg も|z|<1で正則であるから、h:=f+g も |z|<1 で正則であるが、実は h は |z|<2 まで正則に拡張可能である。これは g(z) の部 分分数分解

g(z) =− 1

z−1+ 1 z−2 を見れば (h(z) = 1

z−2 が分かるので) 明らかである。