第4章 時代像や社会の動きの解釈に基づく歴史学習の論理
第2節 社会問題に焦点を当てた解釈学習:
ハーバード社会科の公的論争問題 単元「アメリカ独立革命」の場合
1.歴史学習の目標-公的論争問題の解決方法の理解
本節では、社会問題に焦点を当てた解釈学習としてハーバード社会科(オリバー&シェ ーバー)の公的論争問題単元「アメリカ独立革命」を取り上げる。ハーバード社会科はオ リバーとその弟子であるシェーバーらが共同で開発した社会科プロジェクトであり、アメ リカ新社会科運動の最盛期である 1960 年代に作成された。このハーバード社会科の特徴 は以下の2点である。第一は、公的論争問題から内容を構成し、諸科学を総合的に利用し
て問題を考察する「問題中心アプローチ」をとっていることである。これは、当時の「学 問中心アプローチ」、つまり一般概念や概念などを体系的に整理して教授するアプローチと は一線を画すものであった。第二は、価値的問題についての議論を取り入れたことである。
当時の社会科は価値的問題の議論を避ける傾向にあったが、ハーバード社会科ではこれを 積極的に取り入れ、価値的問題の議論手順も明確に示した。この社会科の目標は、論争問 題に対して学習者が自らの意思決定を最終的にできるまでになること、学習者に学習過程 で反省的思考を実際にさせることである。反省的思考は、「意思決定に至るために学習 者が 他者との議論を通して論争問題に対する互いの意見をぶつけ 合い、批判し合うことで自ら が持っていた従来の判断基準(学習者の価値観や事実認識)を反省し、最終的に自らが納 得のいく判断基準(価値観や事実認識)に基づいて論争問題に対して自らの意見を主張で きる能力」(池野、2000c:p.70)である。本節では、ハーバード社会科は後者の反省的思 考の育成までを目標に入れているという立場をとる 。
2.授業構成原理
(1)カリキュラムの全体計画とその論理
1)全体計画
ハーバード社会科の全体構成は表1のようになっている。
本節で取り上げ、単元「アメリカ独立革命」と読んでいる単元はこのハーバード社 会科の全体構成の中では「レベル2」の部分に位置している。
この「レベル2」については、尾原康光が既に分析し、カリキュラム構成原理を明 らかにしている(尾原、2009: pp.181-182)。以下では尾原の研究に基づいてハーバ
ード社会科のカリキュラム構成原理を紹介する。
2)カリキュラムの構成原理
表1に示すような全体構成のハーバード社会科プロジェクトは、「公的論争問題」につ いて検討させることを通して、大きく以下のような 4つの内容を学習するようになってい る。
① 合衆国の政治体制=リベラル・デモクラシー(その基盤となる政治思想、それを構 成する法制度や政治制度、そこにおける権力作動の在り方を規定する政治原理)
リベラル・デモクラシー以外の政治体制-ファシズム、スターリン主義の政治体制 な ど(その政治思想、制度、政治原理)
② 国際政治を動かす政治思想、制度、政治原理
③ 「公的論争問題」について考え判断 するために必要な社会諸科学の理論や概念、分 析的技法
・①~③についてはレベル2~5において、ほぼ ①→②→③ という順序で学習するよう になっている。
はじめにレベル2、3では合衆国の政治体制であるリベラル・デモクラシーについて学 習する。レベル2では、イギリスや合衆国に見る政治体制発展の歴史を概観し、現在の制 度の学習を通して、リベラル・デモクラシーの基盤となる政治思想や、それを構成する法 制度や政治制度が理解する。レベル3では、過去のある時点で生起し現在においても解決 に至っていない社会問題への対応をめぐって論じ続けられてきた一連の「公的論争問題」
を、その内部にある政治原理対立の構造を中心に検討することを通して、リベラル・デモ クラシーにおける権力作動のあり方を規定する政治原理を理 解する。
表1 ハーバード社会科プロジェクトの全体構成 レベル
レベル1 社会的問題へのイントロダクション:コミュニティ内の個人
パート1 公的論争問 題において繰り返し焦 点を 当てられている一般的 な問 題を示す一連 の事例
パ ート 2 社会シ ステ ム内部 での 変化 へのき っか けとな る人 間の 役割を 示す 、より 複雑な 状況におけるいくつかの事例
レベル2 革命、政治、法:アングロ=アメリカにおける制度の発展 パート1 イギリスの経験:ウィリアム征服王から市民革命まで
パート2 アメリカの経験:ア メリカ独 立革命 、憲法、南北戦争 パート3 アメリカの政治的過程と法的過程
レベル3 アメリカにおける変化と対立: 1865-1930 パート1 黒人
パート2 ビジネスと産業 パート3 移民
パート4 労働者
レベル4 世界のさまざまな社会における危機:20 世紀の5つの社会 パート1 ニューディール政策
パート2 ケニア:植民地政策と独立 パート3 ドイツ:ナチズムの台頭
パート4 ソ連:ボルシェビキ革命から 1930 年 代中頃まで パート5 中国:20 世紀以前の安定から共産主義革命へ レベル5 国際的秩序についての問題への導入 パート1 植民地主義と列強のバランス
パート2 第一次世界大戦とベルサイユ体制 パート3 第二次世界大戦の外交史
パート4 ニュルンベルク国際軍事裁判
パ ート 5 国際的 秩序 につい ての 問題 の事例 :イ スラエ ル、 ハン ガリー 、ベ ルリン 、キュ ーバ、ベトナム、パナマ、南アフリカ
レベル6 現代の諸問題:「よき生活」を実現する 経済(生産、雇用、人口、技術)
人種的、民族的集団についての同化-分離-自治政策 政治(主権と同意の過程)
思想的、心理的、個人的な自己実現(自己の充足)
続いてレベル4では、合衆国とは異なる政治体制をとる国々で生起したさまざまな「公 的論争問題」を検討することで、リベラル・デモクラシー以外の政治体制(その政治思想、
制度、政治原理)について理解する。そして次のレベル5において、これまでの学習で確 認した異なる政治体制(異なる政治思想、制度、政治原理)をもつ国家間で生じる 「公的 論争問題」を検討して、国際政治を動かす政治思想、制度、政治原理を理解するようにな
っている。以上が ①~④ のうちの ①②③ である。
残りの④「社会諸科学の理論や概念、分析的技法」については、レベル1で集中的に学 習した後、レベル2~6において繰り返し(社会諸科学の理論や概念に関しては、新しい ものを付け加えながら)学習していく構成になっている。
ハーバード社会科のカリキュラム構成の原理は以上である。
(2)単元構成とその論理
1)単元計画
(a)目標
単元「アメリカ独立革命」の目標については、既に尾原(2009: pp.181-182)が分析 している。そこで、ここでもその研究を手掛かりにして紹介する。
単元「アメリカ独立革命」に当たるレベル2の中心目標は、「公的論争問題」を解決する ために発展してきた合衆国の法制度や政治制度を理解させること 、である。合衆国の政治 体制は「リベラル・デモクラシー」として特徴づけられるが、その思想的基盤は「自由主 義(リベラリズム)」と「民主主義」である。自由主義とは政治の権力から国民の権利を守 ることであり、民主主義とは政治権力に国民が参加することである。
(b) 単元の構成
単元「アメリカ独立革命」の構成は表2のようになっている。
2)単元の概要
単元「アメリカ独立革命」の概要と特質については池野(2001b)と渡部(2015)が既
に分析し明らかにしている。そこで、ここではその研究成果を引用することで単元の概要 と特徴を確認する。
表2に示すように、単元は6つの小単元から成っている。その概要は次頁の表2のよう である。
小単元1「イントロダクション」では、『公的論争問題シリーズ』の紹介と、これから 学習する問題(論争問題)の紹介、またそれに対するアプローチの仕方を学習する。
次の小単元2「場面設定」では、問題「イギリス政府は植民地に課税できる権威を持つ
『妥当な政府』であったか」(適切な政府はどの様なものであり、その権威はどこに発生す るのか)を考察する。
小単元3「困難な選択」では、問題「植民地住民はどの様にしてイギリス政府に対抗す ることを正当化したのか」(政府の権利はいつ挑戦されるべきなのか)を考察する。
表2 単元「アメリカ独立革命」の構成 小単元1 イントロダクション
(1) 公的論争問題シリーズとは何か
(2) この単元の中心問題は何か
(3) この単元における問題はどの様にアプローチすればよいか 小単元2 場面設定
(1) 革命の原因
(2) 印紙条例の詳細な調査
(3) ジョージ・ワトキンスの場合 小単元3 困難な選択
(1) 対立する視点
(2) 愛国派か、王党派か 小単元4 戦争の開始
(1) スミス大尉の説明
(2) 王党派の視点
(3) 愛国派の主張
小単元5 今日の問題:類似の事例
(1) 1965年3月のペッツ橋の事件
(2) 権威への挑戦:方法と誘因 小単元6 復習・反省・研究