第2章 人物の行為の解釈に基づく歴史学習の論理
第2節 人物の行為の解釈に基づく歴史学習の特質と問題点
第1節では、人物の行為の解釈に基づく歴史学習の論理について、アマースト・プロジ ェクトの単元「リンカーンと奴隷解放」の分析を通して解明してきた。この単元は、歴史 上の人物の行為と出来事の関係を理解させるために、まず歴史上の人物についての史料を 解釈し、次にその解釈を基に「行為の解釈モデル」という認知枠を用いて人物の行為を解 釈し、最後に行為と出来事の因果関係を物語として構築するというものであった。この歴 史学習には以下の 6つの特質が見られる。
教授-学習の捉え方の視点から見た特質
第一の特質は、人物の行為の解釈において「行為 の解釈モデル」という理解の枠組みを
用いるということである。このモデルは、①論題(解決すべき問題)、②背景や状況、③人 物の判断、④人物の行為、⑤結果としての出来事、を要素としていた(59 頁参照)。そし て学習者は、②③④⑤を因果関係的に理解することによって、人物の動機や判断の 基準と なる考え方を発見し、人物の行為と出来事の関係を理解できるのである。 学習者はこのモ デルにそって、リンカーンが論題に対して、どのような背景や状況で、どのような判断を して行為をし、その結果どのように出来事を作り出していったのかを考えていく。そして 人物の行為と出来事が因果的連鎖で結ばれていることを理解する。つまり、人物の行為は 単なる偶然や思いつきでなされるのではなく、行為の背後には社会的背景・信念・価値観 などがあること、そして出来事は客観的に存在するものではなく、社会的背景・信念・価 値観に基づいた行為によって作られていくこと(行為による出来事の構築性)を理解する のである。この行為による出来事の構築性は、「人物の行為の解釈モデル」にしたがって 5 つの要素(①論題、②背景、③判断、④行為、⑤出来事)を段階的にひとつひとつ検討す る過程を経ることで、はじめて学習者が自ら発見することができるものである。したがっ て、人物の行為の解釈においてこのようなモデルを用いることは、行為による出来事の構 築性を理解するための必要条件であるといえる。またこの場合、②~⑤の因果関係的な理 解は単線的なものであり、後述第2部の人物学習における複合的な構造を持つ批判的解釈 モデルとは異なっている。
第二の特質は、第一の特質とも関わるもので、人物の行為の解釈において、その解釈の 範囲が単に行為自体だけでなく、行為と出来事の関係までも解釈させるものになっている ことである。単元では、歴史的人物の行為の変化..
の根底にある行動原理を子どもに発見さ せて、「出来事は人物の行為の結果として構成される」という、出来事と行為の関係の一般 的特質(行為による出来事の構築性)を理解させている。人物の行為と出来事とを関係づ ける中心的な要素である、人物の動機および判断基準を学習者に理解させているのである。
歴史理解においては、人物の行為・出来事・時代像が非常に重要な要素であるが、従来 行われてきた人物学習においてはこの3つの要素は相互の関連性を考慮することなく扱わ
れてきた。しかし、これら 3つは、行為が出来事を作り、出来事が時代像を作るという段 階的・発展的関係にある。したがって、学習者の歴史理解を深めるには、これら 3つの段 階的・発展的関係を学習者が常に意識できるようにすることが重要である。そのため、学 習者が歴史的人物の行為を解釈する際には、行為から生じた結果である 出来事までを視野 に入れて解釈することが必要となるのである。また別の言い方をすれば、この特質は第2 の特質である「行為の解釈モデル」を用いることから派生するものであるともいえる。な ぜなら、「行為の解釈モデル」は、行為による出来事の構築性を理解するものであるから、
人物の解釈において「行為の解釈モデル」を用いることは、必然的に出来事を視野に入れ ることになるからである。
第三の特質は、人物の行為と出来事の関係を理解させるために、歴史的人物の行為の変 化を物語として構成させていることである。但し、 単元で取り上げられている人物はリン カーンひとりであるため、対象となる時代・時期は比較的範囲の狭いものとなる。これは 第2部の人物学習で構成される物語が複数の人物を対象とし、広い範囲の時代・時期を扱 っているのとは異なる。
第四の特質は、学習者の行う史料の解釈が、分析的解釈になって おり、この人物学習は
「研究型」の学習になっていることである。「リンカーンと奴隷解放」の単元では、リンカ ーンの日記・手紙・演説などのさまざまな史料が提供される。そして学習者は これらを読 み、リンカーンがその時々でどのような信念・価値観をもち、どのような社会的背 景のも とにいたのか、その信念・価値観・社会的背景はリンカーンの判断にどのような影響を与 え、その結果どのような行為をしたのかを分析的に 解明している。そして、人物の行為と 出来事の関係を理解している。これは、単に史料を読むこととは大きく異なる。歴史上の 出来事は人物の行為によって作られるが、この行為の背後には(動機に基づく)判断があ り、その(動機に基づく)判断を導くものは信念・価値観・時代背景である。とすれば、
人物の行為を解釈する際にはその行為の根底にある信念・価値観・時代背景を理解するこ とが必要となる。したがって史料の解釈は、歴史上の人物の行為を解釈する際に行為者の
視点(信念・価値観・社会的背景)を発見するための情報を学習者に提供するという役割 を果たす。
また、このように史料の解釈を重視することは、歴史学研究における史料批判の方法(証 拠としての史料を解釈することを重視する方法)と同様であるといえる。したがって、こ の第四の特質は、本単元の歴史学習が歴史学の研究方法を用いた学習、つまり「史料解釈 型研究的人物学習」と呼ぶことのできるものになっていることを示すものである。
歴史理解の捉え方から見た特質
以上の特質を踏まえて、第五の特質とされるのは、本章で取り上げたアマースト・プロ ジェクトの単元「リンカーンと奴隷解放」の歴史人物学習は、以下のような歴史理解の5 つの基本概念に支えられた歴史理解を行わせようとしているということである。
①歴史理解は、単に客観的事実をそのまま知識として自分の中に取り込むことで行われ るのではなく、学習者が自ら解釈を作り出すことによって行われる。
②歴史の知識は学習者が歴史の中から対象を選択し、その上で解釈した結果として得ら れるものである。学習者とは無関係に知識が客観的に存在しているのではない。
③歴史理解(知識)は、歴史上の人物がその目的・信念・経験・状況に基づいてどの様 に行為し、出来事を能動的に作り出してきたのかを解釈することによって 行わ れる 。
④歴史理解は、歴史上の個人や人々の経験をそのままの形ではなく、学習者の特定の視 点に基づいて解釈し、再構成した経験に学習者なりの意味づけをすることによって行 われる。
⑤歴史理解は、学習対象をどの様な観点で選択し構成するか、どの様な視点でその学習 対象を解釈するかによって多様なものとなる。
以上の5つの基本概念に共通しているのは次の3点である。第一は他者の視点 ではなく 自己の視点に基づいて歴史的人物の行為と出来事の関係を解釈するということ、第二は出 来事が人物の行為に基づいて作り出されているということを理解することである。第三は 歴史的人物の行為を解釈する際は、史資料から当該の人物が持っていた視点を読み取ると
ともに、人物の行為が出来事の形成に対してどの様な意義を持っていたのかを学習者自身 の視点で解釈し、意味づけることによって出来事を理解していることである。これらの基 本概念は、歴史理解についてのものではあるが、同時に心理学や社会学で唱えられている 認知構築主義の考え方と基本的に重なっている。なぜなら認知構築主義とは、(1)知識は客 観的なものではなく認識(認知)主体によって選択的、多面的に作られるとともに、 (2) 知識は対象を解釈し意味を構成することによって作られる、とする考え方だからである。
以上から、本章で取り上げた単元の学習は、認知構築主義に基づく人物学習であると言う ことができる。
最後に第六の特質として、この章の歴史学習全体の特質が以下の 2つにまとめられる。
第一に、本章の歴史学習は歴史理解をより深いものにするために、歴史的人物の行為と 出来事の関係について、学習者自身に物語を構築させる学習になっていることである。学 習者が史料を解釈する過程で歴史的人物の持つ視点(信念・価値観・社会的背景)を発見 することについては、第1および第2の特質で述べた。これは単に史料を読んで考えるこ ととは異なり、学習者が自ら歴史理解を作り上げていく過程、つまり主体的な歴史理解構 築の過程である。そして物語を構築することは、学習者が各過程で作り上げた歴史理解を さらに発展させた、いわば集大成としてまとめ上げることといえる。したがって、学習者 が歴史理解を主体的に構築するための方法として物語を構成させていることが本章の歴史 学習全体の特質である。
なお、この物語の構築は、後述する「第6章 人物の行為の批判的解釈に基づく歴史学 習の論理」においても同様に行われるが、第6章の物語とは 視点の数においてちがいがあ る。第6章で学習者が理解する視点には 3つのレベルがあり、それらは歴史的人物( ガン ジー)の視点、史資料(伝記など)の著者の視点、学級の学習者の視点である。これに対 して、本章での物語の構築は歴史的人物(リンカーン)の視点のみ、つまり単一の視点の 理解にとどまっている。
第二は、本章の歴史学習は学習者が自らの日常経験・既有の知識と科学的研究の両方を