1)末尾に示した小学校学習指導要領解説(社会編)では、小学校第6学年の内容に関し
て「我が国の歴史上の主な事象について、人物の働きや代表的な文化遺産を中心に遺跡 や文化財、資料などを活用して調べ」る学習を行わせることが書かれている。しかしこ の記述がなされた平成 20(2008)年以前の学習指導要領にもこれ以上の説明はなく、
このような学習が「人物学習」として定式化されているわけではない。またその原理的 説明は皆無である。(文部科学省(2008)、『小学校学習指導要領解説社会編』東洋館出 版、pp.73-75。)
2)小学校学習指導要領が示す人物学習の問題点を克服しようとして行われた研究には、
小原(1987)、今谷(1991)、吉田(2003)、岡崎(2007)などがある。小原、今谷、吉 田の研究は独自の視点での人物学習の原理を示しているが、意思決定力(小原)、新し い問題解決力(今谷)、制度・仕組みを構想する力(吉田)といった能力の育成を中心 目標としており、これらの目標を達成するために人物学習を手段・方法として利用した ものである。また、岡崎の研究は「社会システム」と名づけた制度・しくみにあたる概 念枠を用いて、いわば直接的に時代の特色をとらえる歴史学習の方法原理を解明したも のである。歴史的人物の行為の学習からの積み上げ的な学習ではなく、人物学習の原理 に替わる学習方法原理の解明を目的にしたものである。そのため、本稿で示している社 会 構 築 主 義 の 人 物 学 習 の 定 義 に そ っ た 人 物 学 習 の 原 理 の 研 究 は 行 わ れ て こ な か っ た と 言える。
3)アマースト・プロジェクトの中心的指導者であった R. ブラウン(Brown R. H.) に よれば、このプロジェクトの基本的な考え方は、エール大学やアマースト大学の歴史学 入門コースで1950年代から1960年代に開発されてきたカリキュラム教材の中に既に具 体化されていたとされる(Brown, 1996)。例えば、エール大学では T. マニング(Manning T.)、D. ポッター(Potter D. M.)がアメリカ史用の一連の教材『歴史解釈に関して選 択された諸問題』を、T. メンデンホール(Mendenhall T.)、B. ヘニング(Henning B.
D.)、A. フード(Foord A.)はそのヨーロッパ史用のものを開発していた。またアマー スト大学ではG. テイラー(Taylor G. R.)などが、歴史学方法論を教えることを特徴と
していたシリーズ教材『アメリカ文明における諸問題』を開発していた。どちらも歴史 の批判的探求に焦点を当てて学習者中心の学習を進めようとする特徴を 持っていた。ア マースト・プロジェクトは、これらの教材やそれらの基底にあった 理念の影響を受けた と推測される。また歴史学者であるブラウン自身の考え方も反映していると考えられる。
4)アマースト・プロジェクトでは、アメリカ史のカリキュラムをあらかじめ組織された シリーズ単元として開発するのではなく、組み替えが自由に行えるモジュール方式の単 元群として開発する方法がとられた。モジュール方式が採用された理由は、歴史の教科 課程を計画する際に、この方式で作られた単元を教師が独自の考えでブロックのように 組み合わせることで、より学習者に適した探求的で効果的な歴史学習を設計できると考 えたことによる(Committee on the Study of History, 1969)。
開発された歴史カリキュラムはモジュール方式で単元・教材を作り、既存の歴史学習に 容易に組み込めるようにして、知識の伝達中心の伝統的な歴史学習を内側から変革しよ うとしたものであった(Brown, 1970)。単元の開発は、中・高等学校の歴史教師を中心 として、アマースト・カレッジでの約6週間にわたるサマーキャンプで行われた。中・
高等学校の教師が中心であった点で、社会科学者や心理学者中心で高度に体系的なカリ キュラムを開発した他の新社会科とは大きく異なっている。
5)アディソン・ウェスリー社(Addison-Wesley Publishing Company)から出版された 市販版アマースト・プロジェクトは、プロジェクトですでに開発されていた単元に修正 を加えて 13 冊の単元シリーズとして作られた。このように単元が分冊にされたのは、
単 元 の 組 み 替 え が 可 能 な モ ジ ュ ー ル 方 式 の カ リ キ ュ ラ ム を 開 発 し よ う と し た プ ロ ジ ェ クトの趣旨を生かしたからである。また単元は当初、学習がオープンエンドなものにな るように、単元の中で提供されている教材・資料を選択し、順番を変え て利用できるル ーズリーフ形式で出版される予定であった。しかし販売収益を伸ばすこと、伝統的な流 通・販売方法に従うことを主張した出版社の主張に妥協して、ルーズリーフ版と装丁版 の両方を販売することになった(Committee on the Study of History, 1969)。
6)このシリーズ版アマースト・プロジェクトはアメリカ史以外の教科・コースでも利用 できるようになっている。このシリーズ版の解説書によれば、以下の 表5に示すような 教科・コースで、9個の学習テーマから選択的に利用することが推奨されている(各テ ーマの下で利用される単元は表2と同じ)。
表5 諸教科・コースにおける単元利用の観点 内容選択の観点
教科・コース
1 とリ 意|
思ダ 決|
定シ ッ プ
2 大 統 領 の 職 務
3 公多 共様 政な 策考 のえ 立方 案と
4 民 主 主 義 と 外 交
5 正法 義社 の会 概に 念お け る
6 個 人 と 社 会
7 責自 任由
・ 権 力
・ 8 カ衝 人突 のす 価る 値ア 観メ リ
9 認 知 と 事 実
特 定のテーマを重視したアメリカ史 ● ● ● ● ● ● ● ● ●
アメリカ研究 ● ● ● ● ● ●
人文科学 ● ● ● ● ● ●
社会科 ● ● ● ●
民主主義の諸問題 ● ● ● ● ● ●
政治 ● ●
心理学 ●
(The Amherst Curriculum Development Chart, Addson-Wesley, 1966 をもとに筆者作成。)
7)認知構築主義歴史人物学習の特徴や基本概念の抽出に当たっては、浅野(2001)、バ ーガー & ルックマン(2003)、バー(1997)、ドゥーリトルとヒックス(Doolittle & Hicks, 2003)、森(2002)、中河(1999)、野家(1996、1998)、野口(2001)、シューマン(Scheurman, 1998)、平・中河(2000)、上野(2001)などの文献を参考にした。