第3章 出来事の解釈に基づく歴史学習の論理
第3節 出来事の解釈に基づく歴史学習の特質と問題点
本節では出来事の解釈に基づく歴史学習の特質と問題点について述べる。 出来事学習と は、歴史上の出来事に焦点を当て、出来事が当時の社会の動きにどの様に影響し、時代像 を作り出していたかを明らかにして、出来事と時代像の関係を子どもに理解させる学習で ある。
第1節と第2節では、認知構築主義に基づく2つの類型の出来事学習の特質と問題点を 、 アマースト・プロジェクトの単元「レキシントン・グリーンで何が起こったのか」 とホル ト・データバンク・システムのアメリカ史単元「誰がアメリカを発見したのか」の分析を 通して解明してきた。この2つの単元は、その授業構成の特質から、前者は「テキスト解 釈型出来事学習」、後者は「研究方法解釈型出来事学習」と呼ぶことができるものであ る。
前者はアメリカ独立革命初期の戦闘がどの様に解釈され 、意味づけられ、独立戦争全体の 流れに影響を与え独立を実現していったかを、後者はさまざまな民族や人物によるアメリ カ大陸発見の出来事がアメリカの時代像や国家像の形成にどの様に影響 しているかを理解 させている。
分析の結果、2つの単元には次の4つの点で共通した特質が見られることが明らかにな った。
教授-学習の捉え方から見た特質
第一の特質は、「出来事の解釈モデル」という理解の枠組みによって、出来事と時代(社 会)の動きの関係を理解させようとしていることである。本章で取り上げた歴史学習では 、 独立戦争期のレキシントンの闘いやアメリカ大陸の発見といった出来事が学習されていた。
「出来事の解釈モデル」とは、出来事を 3つのレベルで理解できるようにする枠組みであ る。その 3 つのレベルとは、(a)その「目撃者」「報告者」「引用(説明)者」「研究者」
などによる解釈として作られているもの、(b)これらの人々の立場や地位、職業、おかれ
た状況といったさまざまな社会的文化的要素の影響を受けて多様な解釈として作られてい るもの、(c)他の出来事とともにより大きな出来事や時代(社会)の動きを作り出してい るもの、である(下図を参照)。
(b)行為者以外の視点
歴史上の人物による出来事の解釈=複数の出来事の解釈
(c)子どもの視点(場合1)→(a)や(b)を自分の視点として使う場合 「複数の出来事の解釈」を基にした子どもによる出来事の解釈(社会的文脈は大)
→時代像の理解(社会的文脈の読み取りがより大)
図1 出来事の会社ににおける視点の位置(視座)
学習者は「出来事の解釈モデル」にしたがって、歴史上の人々が論題(解決すべき問題)
に対して、どのような背景や状況で、どのような判断をして行為をし、その結果どのよう に出来事を作り出し時代像が形成されていったのかを考えていく。そして出来事と時代像 が因果的連鎖で結ばれていることを理解する。つまり、学習者は、出来事は単なる偶然で 起こるものではなく、出来事は行為によって作られ(行為による出来事の構築性)、さらに 出来事によって時代像が構築される(出来事による時代像の構築性)ことを理解するので ある。
第二の特質は、学習者に出来事と時代(社会)の動きの関係を理解させるために「出来 事の生成原理」を発見させていることである。「出来事の生成原理」とは、時代における見 方や考え方(信念)が出来事を作り出し、複数の出来事が合わさってその時代の社会の仕
①論題:②背景や状況+③人物の判断 → ④人物の行為 = 結果としての出来事 (a)行為者の視点
組みや制度、文化を作り出しているという原理である。
第三の特質は、学習者に物語を構成させていることである。その物語は、出来事が時代
(社会)の仕組みや制度をどの様に形成していったのかを説明する物語である。そして 、 この物語では行為者以外の人物の視点(b)を学習者が自分の視点として借用して出来事 の解釈をする。この点は、後述の第2部の出来事学習で子どもが作る物語においては、学 習者が自ら作り出した視点が用いられているのと大きく異なる。
第四の特質は、社会の仕組みや制度の機能についての原理を発見させ、構成させている ことである。この原理は、出来事の理解を構築する中で、出来事と時代の特色(時代像や 時代の動き)との関係を理解させるための中心的な要素である。
単元「誰がアメリカを発見したのか」では、政治学の概念を学習者に習得させ、しかも その際に社会科学の方法を用いている。社会科学の方法とは仮説を立てそれを検証する方 法であり、この方法を歴史の学習で用いた場合は歴史学や考古学の方法と呼ぶことができ る。本単元では学習者が自分で仮説を立てるのではなく、アメリカの発見者についての 5 つの学説を仮説として用い、その学説の妥当性について史料を通して検証していく。そし てこの方法を用いて「主権者」の条件は何かという社会科学の概念を習得する様になって いるのである。
しかし、社会科学の概念や探究方法の習得にとどまらない点もこの出来事学習の大きな 特徴である。両単元ともに多様な史資料を用いている点で共通している。確かに、単元「レ キシントン」では主として手紙や日記、裁判の証言記録などのテキスト文書が中心に用い られ、単元「誰がアメリカを発見したのか」では考古学的遺物や史書など歴史を知る手が かりとなる多様な史資料が使われていた。しかし、この出来事学習では、さまざまな歴史 的人物の視点(視点(b))を含んだ史資料が提供され、学習者は歴史学の史料批判の方法 を用いてそれらを解釈する。そして行為者以外の人物の視点(視点(b))を読み取り、そ れらを学習者自身の視点へと借用して出来事を再構成している。このように、 両単元とも 学習者が史資料を解釈することで歴史の出来事理解を主体的に構築していることに特徴が
あると言える。
歴史理解の捉え方から見た特質
先述した特質から明らかなように、このような学習は第2章で示した歴史理解の5つの 基本概念(70頁参照)と同じ概念を備えており認知構築主義に基づく出来事学習(研究的 歴史構築学習)であると言える。
子どもと歴史・社会との関係から見た問題点
本章で見た出来事学習は、史資料から他者の視点を読み取り、この視点をさらに子ども の視点から解釈して歴史理解を構築していく「研究的」な学習である。ここでは学習者は、
出来事がさまざまな歴史的人物の立場や地位、職業や社会的状況の影響を受けて多様に解 釈されていることを知り、複数の視点から出来事と時代像や時代の動きの関係を理解でき るようになっている。この点で、第2章で見た人物学習に比べて、より多様な視点からの 歴史理解を保障するものとなっている。
しかしながら問題点もある。第一の問題点として指摘できるのは、子どもと歴史・ 社会 との関係が十分でないことである。ここでの歴史理解は過去や現在の他者の視点を通した 理解にとどまっており、子どもが現在の視点から出来事を理解するという点では不十分で ある。そのため学習者の自律的な歴史理解を保障する上では限界がある。
本章の出来事学習は、学習者に出来事の解釈を行わせて、出来事が時代像や時代(社会)
の動きを作り出していること(時代像や時代(社会の動き)の構築性)を理解させるもの であった。しかし、この学習は出来事を学習対象としているために 、時代を特色づける考 え方や社会問題の構築性を理解させるまでには至っていない。これを可能にするには時代 像を学習対象にした歴史学習が必要となる。
第二の問題点は、2 つの単元で用いられる史資料の数が多過ぎて使いこなすことが困難 なことである。さらに、第1節の単元「レキシントン」で用いられる史資料は中学生にと っては難解であり、精選するにしても数も多い。そして第2節の単元「誰がアメリカを発 見したのか」は小学生にとってはレベルが高すぎるということも問題点である。
第3章では、認知構築主義歴史学習の「歴史理解の内容」による3つの類型(人物の行 為・出来事・時代像)のうち、第 2類型である「出来事」の解釈を行う2つの単元の分析 を行った。史料を媒介とした出来事の解釈学習単元「レキシントン・グリーンで何が起こ ったのか」(アマースト・プロジェクト)、および史料と科学の方法を媒介とした出来事の 解釈学習単元「誰がアメリカを発見したのか」(ホルトデータ・バンクシステム)である。
分析の結果、双方の単元について内容構成原理と学習方法原理を抽出することができた。
第1節で分析した単元「レキシントン・グリーンで何が起こったのか」の内容構成原理 は、(1)「出来事の解釈モデル」を用いた理解、(2)「歴史理解と一般人の歴史理解の類 似」についての理解、(3)現代の出来事の理解にも共通する特性の理解、である。学習 方法原理は(1)「人物学習→出来事学習→出来事学習」相互の理解、(2)2つの歴史理 解の特性の理解、である。
また第2節で分析した単元「誰がアメリカを発見したのか」については、内容構成原理
(1)「出来事の解釈モデル」を用いた理解、(2)社会科学の方法の習得、(3)社会科 学の概念の習得、である。学習方法原理は、(1)社会科学の方法を用いた主権者概念の 獲得、(2)社会科学の方法を用いた出来事および出来事と時代像の関係の理解、(3)社 会科学の方法を用いた社会科学の概念の習得、であった。