第3章 社会参加とアンラーニングのサイクルによる社会科学習評価の開発
第1節 社会参加としての学習評価開発
1 公民的資質を直接的に評価するパフォーマンス評価
本節では、社会参加としての社会科学習評価の開発を行うことを目的とする。従来の社会科授業で は、公民的資質の育成を直接的に評価できないという指摘があった1)。このような現状を改善するた め、本節では、ウィギンズ(Wiggins,G.)による真正の評価論(Authentic Assessment)2)を手がかり としたパフォーマンス評価(Performance Assessment)3)を社会科学習評価に導入したい。
公民的資質とは、佐長健司の言葉を借りれば、「民主的な市民としての知識や能力、態度を総合的に 適切に有する状態」4)を意味する。例えば、市民社会において社会的な論争が起きていた場合、そこ に参加し適切に意見を述べ、よりよい解決に向けて他者とともに行動していく場合がそれに当たる。
このように、市民社会において討論し、解決に向けて行動するところに公民的資質を認めることがで きるのである。そのため、このような民主的な市民として、社会的に価値がある行動を市民的パフォ ーマンスと呼ぶこととする。社会科授業においても市民的パフォーマンスを求め、それを対象として 評価を行う。このような評価を社会科学習評価としてのパフォーマンス評価と呼ぶこととする。
市民的パフォーマンスを評価していく社会科学習評価は従来のそれとは異なる。そのため、本小論 では真正の評価論を手がかりに社会科学習評価について論じていくこととする。真正の評価の主眼は、
評価がなされる文脈を現実の市民社会に近づけることである。そのため、社会科学習評価の文脈につ いても現実の社会に近いものを想定していくことが重要である。そのように考察していくことは必然 的に授業についても現実の文脈に基づき開発していくことを可能とする。すなわち、授業と学習評価 の原理的な統一を目指すことが可能となるのである。さらに、緻密に授業及び学習評価を開発するた めに「逆向き設計」論5)から展開していきたい。そうすることで前述した原理的統一はさらに徹底さ れるであろう。このような社会科授業と学習評価の開発は、学習者にとっても有意義なものであると 考えられる。
これらの問題意識から以下では第 1 に、真正の評価論に基づいた社会科習評価について論じる。第 2は、パフォーマンス評価を取り入れた社会科授業の実践を取り上げ、批判的に検討する。そうする ことで、先行実践の不十分な点を明らかとしたい。第3は、「逆向き設計」論を手順として社会科授業 と学習評価の実際を示し、従来のそれとの差異化を図りたい。単元は小学校第6学年「長崎新幹線建 設問題」6)である。第4は、実践の考察を行い、それらの有効性について検討していくこととしたい。
2 市民的パフォーマンスを高める社会科学習評価の基礎付け
(1)真正の評価論
現実の社会を授業や学習評価において想定していく手がかりとして真正の評価論がある。真正の評 価論は、1980 年代後半以降にアメリカの「標準テスト(standardized tests)」に対する批判として
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開発されてきた。日本においても受験勉強のような知識や理解を中心に評価することに対して批判が 存在することを考えれば、その考え方は容易に首肯できよう。
真正の評価とは、現実の市民社会においてある行為を行うことができるかどうかを評価していくこ とである。遠藤貴広によれば、「学校の中で行われる学習やテストは、学校の文化や文脈を反映したも のであるため、学校内でうまくやれるからといって、それが学校外でうまくやれることを保証するわ けではない。現実世界でうまくやれるかどうかを見ようと思えば、当然、現実世界の文脈が必要なの である。」7)という論じ方がなされる。
さらに、遠藤はウィギンズの「真正性」概念の特質を次の3つとして挙げている8)。第1に、現実 的な文脈、第2に、文脈の妥当性、第3に、理解の文脈依存性である。現実的な文脈とは、授業、評 価の文脈を現実の市民社会に近づけていくことを重視することである。文脈の妥当性とは、学習者へ の課題が現実の市民社会の文脈において妥当であるかを検証していくことが重要であることを述べて いる。理解の文脈依存性とは、習得された知識や理論を理解したかどうかは文脈次第であることを指 摘する。
このようなウィギンズの真正の評価は、従来の学校で行われてきた学習評価に対して大きな疑問を 呈する。特に、学校的な文脈において大きな価値を見出してきた従来の授業及び学習評価に対するア ンチテーゼは傾聴すべきである。そのため、この原理に基づけば、授業及び学習評価を現実の社会に おいても価値を有するものと転換できるはずである。
(2)市民的パフォーマンス
真正の評価論では、現実の市民社会において価値を有する授業や評価を設計すべきことを述べた。
では現実の市民社会と何かについて明らかにしよう。市民社会をどのように規定すべきかについては 様々な議論があるが、ここでの市民社会は民主主義社会であり、政治的決定に誰もが参加するとみな す政治的市民社会としたい9)。政治的な決定に参加するのは、社会的な政策や制度、システムの改廃 に関して論争的な場合である。論争的ではないならば、あえて参加していくことはない。しかし主張 が対立するならば、市民が積極的にそれに参加していくこととなる。すなわち、市民は社会的な論争 に参加するのである。
このように考えるならば、政治的市民社会において真正性を有する社会科学習評価を設計していく ことが重要となる。例えば、学習評価の目標、内容、方法は政治的市民社会の状況を反映しているか どうかについて検討しなければならない。その検討結果に基づいて学習評価計画を作成していくので ある。
では、何を評価対象とすべきなのかについて言及しよう。本小論では、評価対象は、政治的市民社 会において真正性を有する行動である市民的パフォーマンスとする。政治的市民社会において、より よい市民的パフォーマンスを行うことで市民へと成長できるのである。そのため、個別の知識を問う 一問一答のような、いわゆるペーパーテストで求められる解答の行為は市民的パフォーマンスと呼ぶ ことはできない。このように考えるならば、社会科授業における市民的パフォーマンスは政治的市民
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社会に認められる内容で作成された意見表明(レポート)、討論への参加などの行動としなければなら ないのである。
これらのことから、社会科学習評価の目標、内容、方法さらには評価対象である市民的パフォーマ ンスについても政治的市民社会において真正性を有するものとすべきことが明確となる。
(3)社会科学習評価としてのパフォーマンス評価
政治的市民社会における真正性を有する市民的パフォーマンスを評価対象とすべきであることが明 らかとなった。では、市民的パフォーマンスを高めるにはどのように評価法が適しているのか。パフ ォーマンス評価を手がかりにしてみよう。
パフォーマンス評価は伝統的な択一式の標準テストから脱却したいという要望から開発されてきた。
特に注目すべきは、「話したり書いたりしてコミュニケーションする技能、問題解決活動など、私たち が生徒に取り組んで欲しいと願っている現実の学習活動をモデルにして評価しようとするものであり、
択一式テストのようにこれらを分断して評価することではない」10)ということである。また「その目 的は、評価によって学習指導を歪めないこと」11)であるとする。パフォーマンス評価では、現実の状 況を重視する。現実の状況では、様々な要因、原因から判断を下さなければならない。よってパフォ ーマンス課題も分断的な知識ではなく、総合的な知識や能力を求めることとなる。
さらにパフォーマンス評価にはルーブリックの活用も重要となる。ルーブリックとは、「成功の度合 いを示す数値的な尺度(scale)と、それぞれの尺度に見られるパフォーマンスの特徴を示した記述語
(descriptor)から成る評価基準表のこと」12)である。それらをもとに評価の目標規準と達成基準を 組み合わせて、マトリックスを作成する。何を対象として評価するのか、あるいはどのような規準で 評価していくのかについても明らかにしていくのである。そうすることで、パフォーマンス評価の信 頼性を高めていくことが可能となるのである。
さらに、パフォーマンス課題の作成も重要である。パフォーマンス課題とは、「学んだ知識やスキル をリアルな文脈の中で使いこなすこと(総合して応用して、表現したり実践したりすること)を求め る課題」13)である。そのため、パフォーマンス課題では、リアルな文脈を描出できるかが重要となっ てくる。例えば、課題において社会的論争に対する意見文を作成することを求めたとしよう。そのた め課題には、社会的論争が埋め込まれている文脈を具体的に描出することとなる。そのことで学習者 は政治的市民社会の文脈に近づくことが可能となっていくのである。つまり、パフォーマンス課題に ついても政治的市民社会の文脈から切り離すことはできないのである。
以上のことから、パフォーマンス評価は、ルーブリックを活用し、パフォーマンス課題についても 豊かな文脈を描いていくことが重要であることが明らかとなった。それらを社会科授業に導入してい くことで、市民的パフォーマンスを測定していくことが可能となるであろう。
(4)「逆向き設計」論に基づく社会科学習評価の設計
では実際どのように社会科学習評価を開発していくべきか。開発の手順を明らかにしたい。そこで