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国家社会共同体への参加をアンラーニングする社会科授業の開発

第2章 社会参加とアンラーニングのサイクルによる社会科授業の開発

第5節 国家社会共同体への参加をアンラーニングする社会科授業の開発

1 拡張による学習としてのアンラーニングの必要性

本節の目的は、国家社会共同体への参加をアンラーニングする指導の必要性について明らかにして いくことである。国家社会共同体とは、主権国家のことを意味する。本研究の文脈でいえば、日本国 家を意味することとしたい。

国家社会共同体では様々な課題が山積し、議論されている。消費増税問題、憲法改正問題、地域活 性化問題、少子高齢化問題、年金需給問題など例を挙げればきりがない。その課題を解決するように 社会科教育では、社会形成としての社会科がその存在感を増した1)。方法としては、批判、反省、議 論などが挙げることができよう。それらの社会科授業では、現存の社会制度について批判的に検討し、

それらの改廃について議論したり、考察したりして市民社会に貢献しようとしてきた。これらに対し て、佐長健司は次のように述べる。「しかし、新たに形成しようとする社会は、単なる再生産による それではないだろう。形成するなら、それは新たな社会への発展ともなるだろう。すると、社会形成 ではなく、社会変革ではないか。」2)という。つまり、社会形成によって形成される社会は、発展的 なければならない。すると、社会形成ではなく、社会変革とするべきであるという主張である。

この主張において重要なことは、社会変革という言葉を使いながら、新たな市民社会のあり方につ いて考察できるようにしていく点である。正統的周辺参加で言えば、新たな市民社会を考察していく ことは、周辺的な参加への移行であると考えることができる。すなわち、佐長のいう社会変革は、ア ンラーニングの指導と重なると思える3)。そこで、エンゲストロームの拡張による学習に依拠し、ア ンラーニングの指導を明確にしたい。

拡張による学習はヴィゴツキーの最近接発達領域(Zone of Proximal Development)を発展させ、

個人を超えて、集団レベルでの発展を可能にする学習である。さらに、社会的にも歴史的にも、新た な活動形態を創造することも可能としている。新たな活動形態の創造に至るためには、従来の志向や 行為を棄却することとなろう。それらを棄却するには、やはりアンラーニングとしての指導が不可欠 である。よって、拡張による学習は新たなアンラーニングの指導の原理を導出する可能性を秘めるも のであろう。

これらを基にして、以下では次の3つについて明らかにしたい。第1は、拡張による学習とアンラ ーニングの指導について明らかにすることである。そのことで、拡張による学習に基づくアンラーニ ングの指導原理、及び意義について明確としたい。第2は、拡張による学習による社会科授業モデル の分析である。具体的には、中原朋生が開発した開かれた憲法学習のモデルである。この授業モデル を基に、「開かれた」という憲法学習が、市民社会へと開かれておらず、学校の中に「閉じて」いるこ とを明らかにしたい。第3は、拡張された学習と考えられる社会科授業実践を分析し、その可能性に ついて考察する。具体的には野田英樹の「コンパクトシティの機能充実のために、コンベンションホ ールの建設は必要か。」4)である。その実践をもとに拡張による学習としてのアンラーニング指導を 可能にする授業原理を見いだしたい。第4に、拡張による学習としてのアンラーニングを指導する社

121 会科授業の実際を示したい。

2 拡張による学習としてのアンラーニングの原理的基礎付け

(1)集団的活動システム

エンゲストロームの拡張による学習は、ヴィゴツキー理論の発展となっている。自らは第3世代と し、ヴィゴツキーを第1世代、レオンチェフを第2世代として、文化・歴史的活動理論を継承、発展 していると述べている。ここでの「活動」とは、「環境の中の『対象(object)』、いわば目的や動機に 向かっていく諸行為が連鎖し連関する構造のことである。『活動』とは文化的・歴史的・社会的・制度 的に構築される、人間の行為と実践の形態でのこと」5)とし、「活動理論では、『活動』が人間の社会 生活の統合的単位、目的や対象に動機づけられた人間の社会的な日常行為の単位であると見なされて いる。」6)と述べられている。つまり、活動は対象に向けられた諸行為の連鎖・連関のことである。

ヴィゴツキーは、媒介(mediation)というアイデアを生み出した。それを踏まえて「複合的な、媒 介された行為(mediated act)」という三角形のモデルとして理論化した。その三角形とは一般に、「主 体(subject)、対象(object)、そしてそれらを媒介するアーティファクト(mediating artifact)から なる三つ組」7)で表わされる。そのため、その1つに還元できないことを意味している。一方、第2 世代になると、ヴィゴツキーが行った分析を個人から集団へと拡大していくこととなった。さらに、

それを踏まえたエンゲストロームのモデルが図1である。

活動システムモデルは、「個人を単位にした刺激と反応の図式ではなく、人間の協働的・実践的な『活 動』を表現するもの」8)である。ヴィゴツキーのモデルは、上部の三角形モデルに相当する。主体が 媒介的な道具によって対象に働きかけ、結果を得ることになる。しかし、集団による活動ならば、主 体は分業として対象に関わることことになる。すなわち、主体は分業に媒介されて対象に関わる。さ らに、分業に携わるならば、主体は共同体に参加することとなろう。共同体は無秩序ではなく、一定 のルールが存在する。よって主体は、共同体、ルールを媒介して対象に働きかけることとなる。エン ゲストロームは、このように集団レベルでの活動を分析するモデルとしてのシステムを明らかにして いる。このような「集団的活動システム」について山住勝広は、「活動理論の分析単位であり、人びと のさまざまな組織や仕事の現場(workplace)を分析する点の概念的モデルとして役立つもの」9)と いう。

例えば、学校の場合をこの活動シス テムモデルによって分析してみよう。

主体としての教師は、媒介としての教 科書や発問等を活用し、対象である学 習者に働きかける。一方で教師は一定 のルールに基づき共同体である学級 や学校に参加す

る。さらに、学校は分業であり、教師

図1 集団的活動システムモデル10)

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も分業の1つとして授業や生徒指導を実施し、学習者に働きかけていくことになる。その結果として 学習者はよい成績を得たり、よりよい知識を得たりすることが可能となっていくのである。

(2)拡張による学習におけるダブル・バインド

集団的活動システムの拡張についてエンゲストロームは、ベイトソン(Bateson.G.)のダブル・バ インド理論に依拠する。ダブル・バインドは、「対象レベルのメッセージとメタ・レベルのそれとが食 い違う二重拘束である。学習論としてとらえるなら、ダブル・バインドを超えることによって、高次 の学習が実現する」11)ことである。ベイトソンによれば、「〈ゼロ学習〉とは、試行錯誤には引っ掛か らない(単純または複雑な)一切の行為を含む領域の名、〈学習Ⅰ〉とは、同一選択肢集合内で選択さ れるメンバーが変更されるプロセスの名、〈学習Ⅱ〉とは、選択肢集合、、

自体が変更されているプロセス の名」12)といい、「〈学習Ⅲ〉とは、〈学習Ⅱ、、、

〉の進行プロセス上の変化、、、、、、、、、、

である。代替可能な選択肢群、 がなすシステムそのものが修正されるたぐいの変化である」13)と述べている。

学校現場における文脈で考えよう。〈ゼロ学習〉とは、いわゆる刺激と反応による学習のことである。

「1603 年に江戸に幕府を開いた人は誰か」と問うたら「徳川家康」と答えるようなものである。〈学 習Ⅰ〉になると、「なぜ~か」という学習課題を設定し、それに答えるように授業を進めていく場合が 考えられよう。ゼロ学習とは異なり、複数の解答が考えられるが、一定の選択肢群の中に閉じられて いる。〈学習Ⅱ〉になると、授業の途中で学習課題を変更したり、目的自体を変更したりする場合が考 えられる。1つの選択肢群で考えるのではなく、新たな複数の選択肢群との関係の中で学習を進行さ せるのである。〈学習Ⅲ〉になると、学習課題を作成して授業を進めるという授業そのもののあり方を 問い直していくような場合が考えられる。学習Ⅲの段階にまで高まれば、従来の授業や学習について の知識や経験を棄却することになる。すなわち、それは新たな授業を作るべきという学習の拡張であ る。エンゲストロームが拡張による学習に対応させているのは、学習Ⅲのレベルである。

しかし、ここで注意すべきは、学習のレベルが上がった場合も、そのまま状態を維持することはで きないということである。学習Ⅲの事例で、「従来の授業や学習についての知識や経験を棄却する」と した。当然、その後、学習者は新たな知識や経験を形成していくことになる。一方で、それらが定式 化していくことも考えられよう。すると、学習Ⅲから学習Ⅱへ、あるいは学習Ⅲから学習ゼロへと戻 っていくことも十分考えられる。むしろ、それが自然であろう。そのようであれば、ダブル・バイン ドを契機として学習のレベルを高めた後も、繰り返し、変容させていくことが望まれることになろう。

(3)集団的としての最近接発達領域

前述した集団的活動システムモデルは単一の活動システムを示している。しかし、エンゲストロー ムは、個人から集団への拡張することにとどまらない。すなわち、単一の集団から複数の集団による 協働へと拡張していくのである(図2)。

図2は次のようなことを意味する。ある特定の活動システムで目的である対象1が志向されたとす る。無論、その活動システム内において前述したダブル・バインドを超えることができたならば、単