• 検索結果がありません。

第2章 社会参加とアンラーニングのサイクルによる社会科授業の開発

第2節 地域社会共同体への参加としての社会科授業の開発

1 社会的論争が埋め込まれた状況を自覚する必要性

本節の目的は、地域社会共同体への参加としての社会科授業を開発することである。地域社会共同 体への参加とは、地域の社会的な論争を教材として議論していくことでそこに参加していく程度を高 めるということを意味する。それは、社会科論争問題授業とも呼ばれる。それらの授業の多くは論争 やその主張の構造をトゥールミンの議論のレイアウト1)を援用して分析、討論するものであった。

学習内容として取り扱う社会的論争は特定の状況に埋め込まれている2)

状況とは、「社会的論争で明示されておらず、言葉や行為に意味や価値を与える性質がある文脈的情 報が集合したもの」である。つまり、状況は社会的論争のメタレベルの情報となる。状況を構成して いる文脈的情報は社会的論争で明示されていないので言葉によってのみ捉えることができる。

しかし、従来の社会科論争問題授業は社会的論争が埋め込まれた状況を明示的に取り扱わない。状況 論の立場では、「行為は状況に埋め込まれているので、特定の行為は特定の状況においてのみ意味や価 値を持つと見る。状況が異なれば、同じ行為であってもその意味や価値は異なり、状況と切り離して それらは決定できない」とする3)。つまり、状況を明示的に取り扱わなければ、言葉や行為の意味や 価値は明らかにならないのである。

従来の社会科論争問題授業は社会的論争が埋め込まれている状況を描出しない。そのため、社会的 論争の意味や価値を確定することができていない。つまり、社会的論争が埋め込まれている状況に対 して無自覚であると指摘できる。社会的論争が埋め込まれた状況に対して無自覚であることは様々な 限界を生じさせる。その限界を社会科論争問題授業で多く取り扱われてきたトゥールミンの議論のレ イアウトによって明らかにする。すなわち、議論のレイアウトは個々の言葉の意味や価値を明らかに しないため、それ全体の意味や価値が曖昧となるという限界である。

このような社会科論争問題授業の改善が本小論の目的である。そこで本節は状況論的アプローチに注 目し、論じていく。そうすることによって新たな社会科論争問題授業のあり方を明らかにしたいから である。

あらゆる行為は状況に埋め込まれている。状況によって行為が始められ、その意味や価値が与えら れる。一方、行為が状況を構成する。行為と状況は相互構成的である。このようにして言葉や行為に 意味や価値が与えられる。そのため、言葉や行為がどのような状況に埋め込まれ、どのような意味や 価値を持つのか明確にする必要がある。

以上のように状況が意味や価値を決定するとの立場から考えれば、状況論的アプローチとは次のよ うになる。すなわち、行為の意味や価値を確定するには、行為だけを考察対象とするのではなく、そ れが埋め込まれている状況を含めたものを考察対象とすることである。よって、社会科論争問題授業 における状況論的アプローチとは、社会的論争だけでなく、それが埋め込まれている状況も含めて学 習対象として学習を展開することである。

62

以上から本節は次のことについて論じる。すなわち、第1に、これまでの社会科論争問題授業は社 会的論争が埋め込まれた状況に対して無自覚であったことについて論じること。第2に、状況論的ア プローチの方法である「社会的論争が埋め込まれている状況の分析」について論じること。第3に、

状況論的アプローチによる中学校公民的分野単元「長崎新幹線建設問題」の開発を行い、従来の社会 科論争問題授業との差異化を図ることによって新たな授業原理を見出すことである。そうすることで、

地域社会共同体への参加としての社会科授業の具体を提案することとしたい。

2 社会的論争が埋め込まれた状況に対して無自覚な社会科論争問題授業

社会科論争問題授業がどのように行われてきたかについて素描する。社会科論争問題授業では主張 の構造を明らかにしたり、その妥当性を検討したりする際にトゥールミンの議論のレイアウトを援用 するものが多い4)

しかし、議論のレイアウトの諸要素は意味や価値を特定できず、曖昧なものとなっている。例えば、

吉村功太郎の授業を取り上げる5)。この授業では「内部告発に対する社会的保障への是非」をテーマ として賛否両論の主張構造をレイアウトに当てはめ、構造化している。その後、相互批判と相互調整 による修正を行い、賛否両論の主張構造を完成させる(図1)という授業過程を経る。

図 1 内部告発を法的に保護することに賛成する側の主張構造6)(一部修正を加えている)

これにより社会的論争の主張構造は明らかになっている。しかし、この議論のレイアウトは社会的 論争が埋め込まれている状況に対しては無自覚である。例えば、データの「社会全体への不利益」で ある。データ内の企業を数人規模の小企業としよう。それだけで社会全体への不利益は小さなもので あると判断できる。逆であれば、不利益は大きなものとなろう。また不正行為の内容も議論のレイア

D 企業などの不正行為を告発すること で、社会全体への不利益を回避するこ とが可能となっている。

C 内部告発は法的に保護するべ きである。

W 内部告発によって社会全体の不利益を回 避することは、社会全体に利益をもたらす ことになるから。

B 社会全体の利益をはかることはよいこと であるから。

63

ウト内では確定できない。食品偽装標示、決算報告偽装など不正行為の内容によって不利益の量や質 は全く異なる。さらに、数人規模の小企業であれば、社会全体への影響は極めて小さい。そのことは 内部告発の法的保護の是非以前である内部告発自体をすべきかどうかの問題ともなっていく。つまり、

不正行為の主体や内容が明確にならなければ、内部告発を法的に保護すべきかどうかについての妥当 性の高い判断はできない。このように状況が明確でなければ、社会的論争の妥当性も変化するのであ る。

以上のような限界を生じさせたのは一般的知識に大きな意味や価値を与えていたからである。一般 的知識とは脱状況・脱文脈と考えられる科学的な概念や法則であり、それらはどのような状況でも適 用可能であるとされる。しかし、状況論では一般的知識も特定の状況に埋め込まれているとする。佐 長によれば、「一般的知識が一般化されたものとして意味や価値が与えられるのは、学問的研究者が構 成する学問的共同体に認められるような、学問的状況に埋め込まれている」7)からである。そのため、

それとは異なる現実の特定の状況においては、その意味や価値を失うこととなる。

したがって、本節では、一般化と具体化というレベルの違いではなく、異なった状況におけるもの ととらえるのである。

3 社会的論争が埋め込まれている状況分析の指導

議論のレイアウトは社会的論争が埋め込まれている状況に対して無自覚であるので諸要素の言葉の 意味や価値を明確にできない。そのため、状況論的アプローチの方法である「社会的論争が埋め込ま れている状況の分析」を行う。状況の分析とは社会的論争が埋め込まれている状況を描出し、論争の 意味や価値を明らかにしていくことである。

社会的論争は特定の状況に埋め込まれている。状況は様々な文脈的情報からなる。ではどのように 状況を描出するか。それは確定すべき言葉との関係が強い文脈的情報を選び取ることである。ベイト ソン(Beteson,G)は「関係とはメッセージが帯びる(そのなかに内在的にこもる)ものである」8)

と言う。そうであれば、関係の強弱はメッセージ(言葉)が何であるかによって決定される。

例えば「佐賀県の経済の活性化」という確定すべき言葉について考えてみる。この言葉自体だけで は意味や価値は理解できない。そこで文脈的情報が必要となる。この言葉と強く結びつく文脈的情報 は「佐賀県の財政」や「佐賀県の産業構造」などであろう。なぜそれらが導かれたのか。それは確定 すべき言葉に内在している関係が強いからである。では「佐賀県の言葉」という文脈的情報はどうか。

その文脈的情報は、「佐賀県の経済の活性化」と関係が弱いと判断できるであろう。よってこのような 文脈的情報は排除されていく。

以上から様々な文脈的情報から何を取捨選択すべきかの基準は次のとおりである。すなわち、社会 的論争が表す言葉に内在する関係の強弱である。その後、言葉と文脈的情報の相互構成的解釈によっ て社会的論争の意味や価値を確定していく。以上が状況の分析のプロセスである(表1)。

状況の分析は、社会的論争が埋め込まれている状況を描出し、社会的論争の言葉の意味や価値を確 定する。それらのことで学習者は社会的論争をより正確に分析を行うことができる。