第3章 造形教育としての「構成教育』の現代的意味
第3節 現在の造形教育の問題点
美術の教科書
現在の美術の教科書の内容を見ると、題材を系統的にバランスよく 秩序立てて配置し、それに従って学習していくようなものになってい ない。散文的に主題が取り扱ってあり、教科書というよりもガイドブ
ックや見本作品の羅列のようにも見える。
例えば、「自分」をテーマにした主題が設定されたとする。子どもた ちはそれぞれに考え、絵画で自画像を描く、彫刻で自刻像をつくる、
版画で彫る、工芸でなにかに自分を投影したものをあらわす、極端な 話ではコンセプチュアルアートでもよいわけである。
つまり、主題に沿っていればその表現方法はそれぞれの表現したい やり方でいいのである。教室の中に40人の生徒がいれば、40人なり の表現方法があってよいということになる。
そこで、教師は何を教えればいいのか戸惑うことになる。それは、
最近の教科書のつくりが技法の要素を排除した内容になっていること にもあるといえる。
教科書の中に、学ぶべき内容がはっきりと見通せない。表現の内容 だけが重要視され、技能的な内容が軽視されていることの顕れだろう。
美術の教科の特性上、出来上がる作品は、技術よりも内容が評価さ れるべきものもあるとは考えるが、それでも、年齢(発達)に応じた 技術の習得は必須である。それを抜きにして教科としての存在意義は 認められない。
美術の時間の削減
指導要領の改訂の度に、図画工作科・美術科の時間が削減されてい く。平成14年度から現行の教育課程が実施されて、「総合的な学習の 時間」導入にともなう各教科の時間の削減、図画工作科での造形遊び の全学年への拡大が問題となった。
さらに、ゆとり教育が否定され、振子の動きのような揺りもどしに より、知識偏重の教育に加速している。
現行の教育課程では各教科時間数減になったので、図画工作科・美 術科も授業時数は小学校低学年を除き、週2時間を確保できなくなっ た。週2時間未満になっては授業内容・方式を考えた場合、従来のあ り方とは異なる形で美術科教育を行わなければならないと考えている。
そして、内容とその方法を子どもたちの状況にあわせ精選していかな
ければならない。造形教育にかかわる教師としては、嘆かわしい状況
である。
このような制度の変化は、現場にいる教師という立場ではどうする こともできないが、しかし、問題視しなければならないことである。
必須教科として教育課程の中に留まれたことを喜ぶべきであるという 意見もあるが、時間の削減はあきらかに現状からの後退である。
そのことの意味を受け止め、図画工作科・美術科として、どのよう な題材で、どのような力を身につけさせるべきかを考えていかなくて
はならない。
図画工作科・美術科の学力
遠藤友麗はr学力」をr学び取った知識・技術、思考力等の総体」
とし、「能力」を「当面する課題に対して、学んだ知識・技術・経験等 を創造的に生かし具体に解決していく力」として、学力は能力形成の ための基礎条件として必要なものと説明し、定義している。(註78)
さらに、そこで美術科の教科としての二面性についても触れており、
「美衛を逆し七∫4)激育と●「美衛あ∫激喬というキーワードで、それ について説明している。このことは、全国でおこなわれている教師の 研究会でも議論になることもある。多くの場合、小学校ではr美術を 道し七∫ゐ教育が肯定的に語られ、中学校では。「美術ゐ∫教書として
とらえられるという傾向がある。けれども、近頃は中学校においても
「美術を通し七∫あ教育という見方が増えつつある。
このような傾向を支えているのは、後に述べる柴田・金子論争とい われる美術教育にかかわる問題提起があったことが影響したと考える。
また、遠藤はその二面性について、普遍機能と独自機能という言葉 で、両方の見方からの美術教育の役割について解説している。(註79)
普遍的な内容とは、他の教科でも育成しているカであり、人間形成の 上で大きくかかわる資質や能力である。独自性としての内容は、美術 科のみにおいて形成されるカで、造形言語(リテラシー)によって表 現・創造に結びつくとしている。
ただし、基礎的技能(スキル)や知識の指導によって、画一的な表 現や感受に偏ってはいけないとも示唆している。こどもの数だけ答え がある教科としての特性を失わないよう、個々に対応すべきであると も述べている。
r学力』としての明確化
教育課程全体を見渡すと、年問980時間の授業は、「教科」と教科 以外の「総合的な学習の時間、道徳特別活動」によって編成されて いる。r教科jとr教科以外」のちがいは、そこに学力の保証があるか ないかである。教科とは、r学校において系統的・発展的に指導し身に つけさせる内容・能力(その教科としての学力)のまとまりのあるも の」(註80)として、学力の保証を目的としている。「総合的な学習の 時間」では、自らの課題を見つけ自ら学び、学び方やものの考えを身 につけられるよう指導し学んだことを総合的に生かし解決していく能 力を育てることが目的となっている。また、「道徳特別活動」におい ては、教科のように一定の学力を身につけさせる内容ではなく、活動 を通して自分なりに学びとる経験の学習を積み重ねていくものとなっ ている。しかも、「道徳特別活動」の学習は、学力を身につけること を問題としているのではないので、成績評定をつけないように設定さ
れている。
これらの違いをしっかりとふまえた、教科としての美術科のあり方 が問われる。
先にも述べたように、美術の授業では教師自身の独自の自主性が、
他の教師からも認められているような面がある。扱っている内容に偏 りがあろうが、年間に3つ程度の題材しか扱えなくても周囲から不審 の目で見られることはない。だからこそ、美術の教師は、もっと美術 の教科性に着目し、美術で身につけるべきカとは何かを生徒たちに理 解できるように、明確に伝えていかなければならない。
〔表1〕 中学校学習指導要領各教科の目標
教 科 目 標
国 語
国語を適切に表現し、正確に理解する能力を育成し、伝え合うカを めるとともに、思考能力や想像力を養い含語感覚を豊掴こし、国 に対する認識を深め国語を尊重する態度を育てる。
社 会
広い視野に立って、社会に関する関心を高め、諸資料に基づいて多 的・多角的に考察し、わが国の国土と歴史に対する理解と愛情を め、公民としての基礎的教養を養い、国漂社会に生きる民主的、
和的な国家・社会の形成者として必要な公良触責の基礎を養
Q
数量、図形などに関する基礎的な概念や原理・法則の理解を深め、
数 学 数学的な表現や処理の仕方を習得し、事象を数理的に考察する能力 を高めるとともに、数学的活動の楽しさ、数学的な見方や考え方の よさを知り、それらを進んで活用する態度を育てる。
自然に関する関心を高め、目的意識を持って観察、実験などを行い、
理 科 科学的に調べる能力と態度を育てるとともに自然の事物・現象につ いての理解を深め、科学的な見方や考え方を養う。
表現およぴ鑑賞の幅広い活動を通して、音楽を愛好する心情を育て 音 楽 るとともに、音楽に対する感性を豊かにし、音楽活動の基礎的な能
o ■ を伸ばし、豊かな情操を養う。
美 術
表現および鑑賞の幅広い活動を通して、美術の創造活動の喜びを味 o ●
い美術を愛好する心情を育てるとともに、感性を豊掴こし、美術 の基礎的能力を伸ばし、豊かな情操を養う。
心と体を一体としてとらえ、運動や健康・安全についての理解と運 保健・体育 動の合理的な実践を通して、積極的に運動に親しむ資質や能力を育 てるとともに、健康の保持増進のための実践力の育成と体力の向上 を図り、明るく豊かな生活を営む態度を育てる。
生活に必要な基礎的な知識と技術の習得を通して、生活と技術との 技術・家庭 ● oかわりについて理解を深め、進んで生活を工夫し創造する能力と
実践的な態度を育てる。
外国語を通じて、言語や文化に対する理解を深め、積極的にコミュ
外国語
ニケーションを図ろうとする態度の育成を図り、聞くことや話すこ となどの実践的コミュニケーション能力の基礎を養う。現行の学習指導要領には、〔表1〕のような教科の目標が設定されて いる。表に見られるように、どの教科にも人間形成に必要な精神的、
情緒的な面をつかさどる内容の目標が掲げられているのである。特別 に、美術科にのみ人間形成に必要な感性や情操の教育が課せられてい るわけではない。間違っても、美術科という教科だけが人間の心情面・
情操をつかさどる特別な教科であると誤った認識をしてはいけない。
美術科という教科の特性は、美術を学ぶことによって美的技能や美的 知識を習得し、その上にそのことで、さらに豊かな美術的感性や豊か な情操を結果として養うこことなるというようにとらえるべきである。
自由な表現と基礎的な技能
さて、山本鼎の提唱した自由画教育の運動は戦後もかたちを変えな がら、脈々と造形教育の中に受け継がれた感がある。そして、その教 育の結果により、児童生徒たちによるすばらしい作品が多く生まれた。
自由な絵画制作の活動が、こどもの心を自由に解放し、のびのびとし