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現代カナダ自国史カリキュラム開発の現状と課題

第3章  多文化社会における自国史カリキュラム開発

第1節 現代カナダ自国史カリキュラム開発の現状と課題

1 現代カナダ各州の社会科カリキュラム開発の4類型 (1 )カナダ社会科教育の略史と近年の動向1

カナダ社会科については,日本の社会科教育研究において検討されることがほとんどな く,その実態把撞もなされていないため,本章の考察に先立ち、まず,カナダ社会科教育 の略史と近年の動向を検討してみよう。

ヵナダは、 10州と3準州2からなる連邦国家であり、世界に先駆けて<多文化主義>を 政策として導入した。新憲法(1982年制定)にも,この多文化主義が明記され,さらに, 1988年には「多文化主義法」が制定されている。

英連邦の一部として発展してきたカナダは、その教育政策においても,英国の影響を大 きく受けてきた。また,世界の多くの教育関係者が常に着目してきた米国と国境を接し, 同じ英語を使用していることから、米国の影響も受けてきたと言える。このように,カナ

ダの教育は,現在に至るまで,主に米国と英国からの影響を受けながら発展してきた。連 邦の教育省やナショナル・カリキュラムは存在せず,各州,準州が独自のかJキュラム開 発を行っている。さらに,教育制度も多様であり,修学年限などについても各州で独自の

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規定がなされている。

周知の通り, <社会科>は、米国で誕生した教科であり,米国との結びつきが深い国々 において導入されてきた。また,主に西欧諸国では,歴史科や地理科というような,分科 型のカ.)キュラムが開発され,当該諸国との関わりの深い国もまた,このパターンの*l) キュラムを開発している。

ヵナダでは,もともと,英国の影響から,社会系教科目は,歴史科と地理科というよう に,いわゆる分科型でのカリキュラム開発がなされることが多く,中でも、歴史科がその 中心であった。米国で社会科が成立すると,まもなく,カナダにも社会科の概念が導入さ れた。米国での社会科成立直後の1920年代に、社会科の名称が西部諸州で使われたこと にカナダ社会科の成立を見ることができる。しかし、米国的な発想による社会科と西欧的 な発想による歴史科という, 2つの形態は,どちらか一方に解消されることはなく,現在

でも,両者が混在しているといえる。

西欧的伝統をもちつつも,カナダの社会科教育は,米国の影響を強く受け,米国の改革 動向と歩調を合わせ展開してきたといえる。本研究の課題を越えるため詳細には検討しな いが,諸州のカリキュラム開発に目をむければ, <カナダ社会科>としての独自の道を探

りながらも,進歩主義教育、 child‑CenterApproach, P. Hanna, J.Bruner, E. Fenton, The High School Geography Project (HSGP), Inquiry Approach, H. Taba, D. Oliverなど,

日本でも多数紹介されている人物の社会科教育論ヤプロジェクトが,米国で発表されるご とに,それぞれにその理念を取り入れてきた。

1960‑70年代になると,社会科という教科名は残しつつも,その内実は,地理,歴史 へ分科する傾向にあった。つまり、各州の社会科カリキュラム開発において, <教科一科

目>の関係構造が生まれるようになったと考えることができる。詳細は,つぎにも検討す るが、現在では,ケベック州を除く諸州で,社会科を教科として設定し、学枚教育での中 心教科(core subject)として位置づけている。また,過去30年以上にわたり, <同心円拡 大法>による社会科カリキュラム開発がなされている。

大学などでは、米国の社会科教育に関する教科書を使用し,各州においては,米国の社 会科研究者による講習会を開くなど,教員養成課程や現職教育においても,米国社会科の 影響を強く受けている。

しかし,その一方で、カナダ独自の社会科(home‑grown projectとしての)を模索する動 きもあった。米国型社会科教育ではなく,カナダ独自の社会科教育の道をさぐる1つの方 策として, 1970‑80年代になると,各州か)キュラムにおいて,カナダに関する内容(国 衣,地域,地方の独特のトピック)が強調され, 「カナダ学習」が科目として設置される ようになる。当時は、多文化主義運動が興隆した時期であり,同時に,カナダ人としての アイデンティティやカナダ人の市民的資質(canadian citizenship)が模索されており,そ の影響を,社会科教育も受けたと考えることができよう。

とくに, 1980年以降は,シティズンシップや技能の育成が再度強調されている。この 時期になると,移民による民族構成の変化や多文化主義運動の興隆によって,伝統的な英

国文化を維持することもできず,また,米国からの文化流入によって,カナダ社会が米国 化することへの懸念も示されるようになる。それは,当時,英国人でもなく,米国人でも

ない,カナダ人としてのシティズンシップとは何かを追求する議論も盛んに起こっていた ことからもわかろう。しかし,その議論は未だに決着しておらず,シティズンシップ育成 の中核を担うであろう社会科カリキュラム開発において,広く説得性のある,カナダ人と しての市民的資質が捷示されるには至っていない。むしろ,そこでは,どちらかといえば, 壁徒に,カナダ人の市民的資質とは何かを追求させることに重点がおかれているといえる。

現在では,多文化教育やグローバル教育も盛んであり,社会科かJキュラムにおいても、

グローバルな見方や多文化的見方が組み込まれている。これは,カナダ社会の変容と多文

化主義の進展とに深く関係した動向であると解釈できよう。また,カリキュラムの開発の みならず,同時に,教材(curriculum material)の開発にも重点が置かれ,州や各地域で開 発される教材の多くは、カナダの多様な民族,女性,先住民に関する学習内容である。

現在の社会科か)キュラム開発の動向として,アルバータ州では,最も統合的社会科カ リキュラムが開発され,また,オンタリオ州では,社会科という教科名を用いながらも, 実質は分科型で,歴史,地理の教授を、ケベック州では,社会科という名称は使用されず, 地理,歴史の教授を中心とするカリキュラムが開発されている。さらに,社会科かノキュ

ラムは,他の教科目やプロジェクトと関係をもたせて開発されることが多く,先述の通り, 学校数育におけるコア教科という性格も強くもっている。

(2) 各州における社会科カリキュラム開発の4類型

それでは,現在のカナダ社会科カリキュラム開発には,どのような傾向を見出すことが できるのであろうか。カナダにおける自国史カリキュラム開発の背景として,まず、その 一般的動向を検討してみよう.

現在のカナダ各州の社会科カリキュラム開発の動向は、表3‑1に示したように, 4つに 整理することができる。

表3‑1カナダ各州社会科カリキュラム開発の4類型

類型 区 分 州 ●準州名

類 型 Ⅰ 西部諸州 と北部準州 ブ リテ ィッシュ ●コロン ビア、 ア ルバ 一 夕、 サ ス カチ ユワ ン、 マニ トバ (以上、 州)

ユ ーコン、 ノースウエス ト (以上、 準州)

類 型 Ⅱ 大西洋諸 州 ニュ ー ファン ドラ ン ド、 ニ ューブ ランズ ウ イツク、 ノバ ス コシア、 プ リンスエ ドワー ドアイ ラン ド (各州)

類型 Ⅲ オン 夕リオ州 オ ン夕リオ州 類型 Ⅳ ケベ ック州 ケベ ック州

この4類型は,カナダの地理的な地域区分と概ね一致する。

それぞれの特徴を簡単に整理してみよう。

類型Ⅰは、現在, 「western canadian Protocol for Collaboration in Basic Education, K‑12」

3という組織のもと,教科の共通カリキュラムの開発を試みている諸州である。数学,請 学(英語)に関しては、すでに共通か)キュラムが完成し、社会科か)キュラムは,現在,

開発過程にある。また,社会科カリキュラムに関して,ユーコン準州では,ブリティッシ ュ・コロンビア州のカリキュラムを使用し、ノースウェスt準州では, K‑6学年用社会科,

Ⅹ‑6学年用公民科, 7‑9学年用公民科のカリキュラムについては,独自に開発しているが、

関係の深いアルバータ州のカリキュラムを部分的に用いている。

厳密にいえば,これらの諸州でも,ロッキー山脈をはさみ,ブリティッシュ・コロンビ ア州と他の大平原諸州とは、経済的、政治的に異なる要素もあるが,おおよそ共通する社 会的・文化的背景をもつといえる。次項で詳細に検討するが,カナダが「二文化主義政策」

から, 「多文化主義政策」 ‑と転換する背景の1つに,西部の「ホワイト・エスニック」

集団からの要求と彼らによる多文化主義運動があげられるように,カナダ多文化主義は, まさにこの西部諸州から始まったといえる。また,民族的にも,英系住民がマジョリティ ではなくなりつつあるという共通の背景をもっている。社会科カリキュラムにおいては, 統合的な社会科を指向する傾向にあり,女性や先住民に関する内容を積極的に組み込んで いることにも共通性を見いだすことができる。

類型Ⅱは,大西洋岸州(Atlantic Provinces),または,大西洋岸カナダと呼ばれる諸州で ある。現在, 「Atlantic Provinces Education Foundation」を中心に,この4州の共通カリ キュラムの開発を目指している。数学と語学(英語)の共通カリキュラムモデルは,すで に完成しているが、西部諸州間のプロジェクトと同様に、社会科かノキュラムは開発の途

にある。民族的には、英系住民がいまだ大多数を占め,ヨーロッパ諸国との関連も深いと いう共通の背景をもつ。

類型Ⅲのオンタリオ州は,政治的,経済的、また人口的にも,最大の州であり,首都オ タ′りや大都市トロントを中心として、カナダの中心的役割を果たしている。近年では,移 民の数も非常に多い。教育では,修学年限4など,教育制度面でも独自の政策がとられて いる。いわゆるEnglish Canadaに属するが、社会科カリキュラム開発に関しては,類型

Ⅰ,類型Ⅱの諸州のような共通か)キュラム開発には参加せず、独自にカリキュラム開発 を行っている。 1998年に小学校用「社会科」と7、 8学年用の「歴史と地理」の新かJ キュラムを完成させている。 「社会科」という名称を使用しつつも,歴史と地理の学習を 重視した内容となっており、その内実は分科型に近いといえる。

ちなみに,同州の社会科カリキュラムの全体構成は,表3‑2に示した。

類型Ⅳのケベック州は,周知の通り, 「仏語」文化圏で着り,州の政治,政策も他のカ ナダ諸州とは異なり,連邦からの独立を模索するなど独自の姿勢をとり,教育も独自の政 策をとっている5。また, French Canadaという用語をもって紹介されるように,他州と は別の文脈で論じられることが多く,独立を模索する動きがあることなどは,周知のこと であろう。社会科カリキュラム開発に関しては, 「社会科」という名称は使用されず,社 会系教科として「歴史」, 「地理」, 「公民(市民)教育」が設定され,さらに, 「道徳・宗 教教育」が初等,中等教育の各学年に一貫して設定されていることに,他州と大きく異な

る点を見いだせる。言語的にも,宗教的にも他州とは異なるため6,ケベック州の社会科 かノキュラム開発の検討には,他州とは違う視点での検討も必要となろうが,カナダから の分離独立を促すといった,極端な政治・思想教育的な試みはなされてはない。ケベック 州の社会科カリキュラムの全体構成は,表3‑3に示した。