伝統的自国史カリキュラム開発と教育内容の特徴

‑カリフオルニア州を事例として‑

1 カリフオルニア州社会科カリキュラム開発の変遷史

カリフォルニア州は､米国の各州社会科カリキュラム開発において,常に先駆的役割を 担ってきた州である72｡日本でも､カリフォルニア州の社会科カリキュラム開発に関する 研究も多い｡そこで,まず,カリフォルニア州社会科カリキュラム開発の変遷史を整理し

てみよう73｡

次頁の表2‑7には,カリフォルニア州社会科カリキュラム開発の変遷史を示した｡

同州の社会科カリキュラムでは, 1974年版がもっとも多文化主義的視座を組み込んだ カリキュラムであるといわれるが74､その後の1982年版フレームワークより, ｢社会科｣

という名称に変え, ｢歴史一社会科学｣と教科名を変更している｡しかし, 1982年版の 段階では,その名称の変更にも関わらず,その全体構成には,さほど変更がないことがわ かろう｡この1982年版以降,同州では, ｢歴史一社会科学｣という名称を使用している が, 1988年版の｢歴史一社会科学フレームワーク｣ 75 (以下女｢フレームワーク｣)に至っ て,その名称のごとく,幼稚園段階から中等段階まで一貫した歴史学習を規定した新たな

表2⊥7 カリフォルニア州社会科フレームワークの変遷

19 6 2 年版 フレーム ワーク 1 9 6 8 年版 フレームワーク 1 97 4 年版 フレームワーク 19 8 1 年版 フレームワー ク 19 8 8/9 7 年版 フJt/ ームワーク K 直接 の環境 K 人類 : 人間の明確 な特 徴 ●個人 と集団

●米 国内の諸民族の文化､ 及び 米 国外の諸民族 の文化

●地方､ 州､ 国家

●社会的､ 自然的環境

●アメリカの遺産

K わた した ちの世界 の 自己 と 他者

K 学習 と作業 今 と昔

1 家族､ 学 校､ コミュニティ 1 1 家 と学校の人々 d1 時間 と空 間の 中の子 どもの

場所

2 コミュニティと都市 2 2 集団の一員の人々 2 大切な人々

3 地域社会の成長 と変化の影響 3 人 と土地 ‥人々､ 3 コミュニテ ィーの一員 とし 3 継続 と変化

文化 と地理 の関係 ●世界の文化 と文明

●米国及 び牡界の政治 システム

ての

4 カリフォルニア 4 4 地域の人 々 ‥ 4 カリフォルニア ‥

●米国及 び世界の経済 システム

●現代 の論争問題

カ■リフォルニア 変化す る州

5 合衆国 (1) 5 人類 と人間 ‥新 国家の創設 5 国家の人 々 ‥ 5 合衆国の歴史 と地理 :

相互作用 ､ 多棟 性､ 個性 ●女性､ 多 くの人種 の人々の役 割 と貢献

アメリカ合衆国

6 世界の地理の概観 とラテンア 6 6 我 々 の世 界 ‥そ の 多様 な 6 世界の歴史 と地理 ‥

メリカの生活

< 言鞘田な学年指定はない > 人 々と彼 らの社会 古代文明 7 今 日の世界の生活 7 システム :

経済､ 政治､ 都市環 境

7 変化する州 7 世界 の歴史 と地理 ‥ 中世 と初期近代

8 西欧文明の歴史 8 8 アメリカの経験 8 合衆 国の歴史 と地理 :

成長 と衝突

9 合衆 国と我々の文化遺産 9 9 公民 と公民 科 9 歴史 一社会科学か らの選 択

10 新 国家､ 低 開発国､ 共産主 義 10 歴史的組 合 ‥ 10 世界 の文化 10 世界 の歴史 ､ 文化 と地 理､

な ど (2) 過去 と現 在の関係 近代世界

ll 合衆国 (3) ll ll 合衆 国 :理想､ 伝統 と制度､

20 世紀 の継続 と変化

ll 合衆国の歴史 と地理 12 合衆 国の政治 と民主主義 の諸 12 意思決定 ‥合 衆国 におけ る 12 政治的､ 経済的そ して社会 12 アメリカ民主主義の原理

問題 社会政策の決定 的システムの中の個人 経済学

< 註>

(1)正式には､ [合衆国:その成長と発展;世界の勢力としてとその形態;とカナダとのその関係]となっている

(2)正式には, [新国家とアジア､アフリカとラテンアメリカの経済的低開発国:共産主義国家:と自由世界‑の全体主義の挑戦]となっている なお,溝上泰氏と大森正氏は､その論文において'NEW NATIONS"を[新興民族]と訳しているが､ [新国家]の方が適切であると考える｡

(3)正式には､ [合衆国:その発展世界の勢力としてのその出現現代の実情]となっている

<表2‑7は『1962年版フレームワーク』, 『 1981年版フレームワーク』, 『 1988年版フレームワーク』 , 『 1997年版フレームワーク』,大森正(1976) ｢1970年代後半における米国社会科カ

試みのか)キュラムが開発された.先に検討したように,当時､社会科は,不十分な社 会科学のイミテーションにすぎない､同心円拡大方式という根拠のない方法にしたがって いるなどと批判され,社会科の解体が叫ばれていた｡この動向に拍車をかけるきっかけと もなったのが､この｢フレームワーク｣の開発である｡およそ10･年ごとに改訂を行って きた同州では､ 1997年にも改訂が行われているが, 1997年版では, ｢フレームワーク｣

完成後の約10年間に起こった世界情勢の変化などを解説する若干の｢付則｣が加わる程 度の改訂がなされたのみで,カリキュラムの構成方法や裁定された内容は､ ｢フレームワ ーク｣のそれをそのまま採用している76｡この｢フレームワーク｣は,米国社会科教育界 に与えたインパクトも大きく,さらに,歴史系のナショナル･スタンダード開発と｢フレ ームワーク｣開発メンバーの中で重複するものもいたため,歴史系スタンダード開発にも 影響を与えたといわれている77｡

｢フレームワーク｣は,歴史学習を中心に内容を構成し,そこに地理的見方を加えると いう､歴史と地理の融合をも目指したカリキュラムである｡また,伝統的社会科カリキュ

ラムパターンと比べ,世界史の学習時間を増加させたことにも特徴を見いだせる｡

しかし､このように新しいアプローチ(詳細は,後述)を提唱している｢フレームワー ク｣ではあるが,批判的見解も多く見られた｡ほとんどの学区では､ ｢フレームワーク｣

と同様のカリキュラムを開発しているが,たとえば､カリフオ)I,ニア州の五大都市の一つ に数えられるオークランド市は､ ｢フレームワーク｣に従うことを拒否し,現在,独自のカリ キュラム開発や教科書選定を行っている｡その理由は, ｢フレームワーク｣のめざす目標と内 容規定のあり方,さらには, ｢フレームワーク｣の性格自体が,同市の社会的実態にそぐわな かったからである78｡結論を先取りするならば, ｢フレームワーク｣は,米国社会やその歴史 に<多様性>を認めながらも,最終的に目指されているのは,米国人としての<統一性>を 維持することにあり,そのための｢共通の記憶｣として,歴史内容を規定していることで特 徴づけることができる｡むろん,ここでいう｢共通の記憶｣としての歴史とは,米国民主主 義の展開過程を中心とした,伝統的自国史教育内容である｡ か

それでは､具体的には,どのようなカリキュラム開発がなされたのであろうか｡

2 カリキュラム開発の規準

まず,現行のカリキュラムの開発にあたり,表2‑8に示した17点が強調された｡

表2‑8 カリフォルニア州｢フレームワーク｣開発における強調点 1 この フレーム ワークは歴史の年代史的学習 を中心 にお く

2 この フ レーム ワークは､ 歴 史 ‑ 社会 科学教授 の統合 的､ 相 互 関連 的の両 方 のアプ ローチ を捷 喝 してい る0

3 この フレーム ワー クは､ よ く宙 され る物語 としての歴 史 (H istory as a story w ell told)

の重要性 を強調す る○

4 このフ レーム ワークは､ 時代 の文学 と時代 につ いての文 学 の両方 の文学 を用 いて､ 歴史 学習 を充実す ることを強調 する0

5 この フ レーム ワー■クは､ 低学 年 (幼稚 園 ■第 3 学年 ) で の新 しい カリキュ ラム アブロー チ を導入 してい る0

6 この フ レーム ワー クは､ 膨大 な量 の ものの表面 的な流 し読 みに反 して､ 主要な歴史的 な 出来事 や時代 の深 い学 習の重要 性 を強調 する○

7 この フ レーム ワークは､ 知識 と理解 が幼稚園 か ら第 12 年生 まで慎重 に計画 され ､ シス テム的な形態 (fash ion) をとる連続 的なカ リキュラム を目的 とす る○

8 この フレー ムワー クは､ 歴 史 一社会科学 カ リキ ュラムを通 じて多 文化的見方 を含 んでい る0

9 ■この フレームワー クは､ 年代史 的に構成 された カリキ ュラム内 に3 年 間にわたる (第 6 ､ 7 ､ 10､学 年) 世界 史学習 を増設す る○

1■0 この フレー ムワークは､ 公 的事 象 の倫理的理解 と市民 的美徳の適応 の重要性 を強調 する0 l l この フレー ム ワー クは､ 公民的 (市 民的) 資 質の不 可欠 な要 素 と しての公民的､ 民主 的

な価値の発達 を促す0

12 この フレーム ワ† クは､ 合衆 国憲 法 と (合 衆国) 権利章典 とに具 体化 された基本 的な原 理 につい ての頻繁 な学習 と討論 を支援す る0

13 この フレーム ワー クは､ 教 師がそれ らの歴史的､ また現在の文 脈での論争 問題 を正 しく､

正確 に表 明こ とを促す ○

14 この フレームワークは､ 人類 の歴 史にお ける宗教 の重要性 を認 め七い るO

15 この フ レーム ワーク は､ どの学 年投 階において も批判 的思考技能が含 まれ ることを提案 する0

16 この フ レーム ワー クは､ 学習過 程 においての活発化す る見込み のある数 々の内容 に適 し た教具 を提示 する0

17 この フ レーム ワー クは､ 学校 や コ ミュニテ ィに よつて提 供 されるサ ー ビス プログラムや 活動へ の生徒 の参加機会 を供給 す る○

(california State Department of Education ed.(1988) History‑Social Science Framework, p.4‑8

より作成)

表2‑8にみるように,そこでは,一貫して歴史学習の重要性が強調されている.さらに, 強調点の中には,政治的事象に関わる内容が重視されていることを読みとることができる｡

つまり､伝統的な歴史カリキュラムのように,歴史学習に公民教育の要素を持たせようとf‑

する試みがうかがえる｡さらに,強調点の8みるように, ｢フレームワーク｣においても, 歴史学習における多文化的見方が強調されていることがわかろう｡

3 カリキュラムの構成と内容規定

(1)全体計画.及び目標･カリキュラムの要素

先述の通り｢フレームワーク｣は,一貫した歴史学習を提供するカリキュラムである｡

表2‑9には, ｢フレームワーク｣の全体計画を記した｡