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第3章  BC級戦犯裁判を取り上げた授業モデルの開発

第1節  獲得させたい知識の構造

 従来の戦犯裁判の内容は、BC級戦犯裁判の地域における違いを 教えられてこなかった。そのため、A級戦犯裁判とBC級戦犯裁判 が戦犯裁判という大きなひと括りで見られていたために、戦犯裁判 の本質を理解することが難しかった。本単元においては、戦犯裁判 の本質を理解させるために、以下の内容を獲得させていく。

1、戦犯裁判とは、どのようなものだったのか。

2、なぜ、戦犯裁判において事後法や人権上の問題が生じたのだろ

  うか。

3、BC級戦犯裁判には、どのような地域性があったのだろうか。

4、戦犯裁判の成果はどのように生かされたのだろうか。

 以上のような内容を獲得させていくために、次頁以降にて獲得さ せていく知識の構造を示す。

単元「戦犯裁判を考える一BC級戦犯裁判を中心に一」の単元構想

【単元全体】

【単元を貫く問い】なぜ、戦犯裁判は必要だったのか。

【説明的知識】戦犯裁判には、大きく分けて2種類の裁 判があった。1つが、いわゆる東京裁判と呼ばれているA

級戦犯裁判と、もう1つがBC級戦犯裁判である。前者

は、国家や軍の最高指導者を裁いた裁判で、後者は、国 際法違反などに問われた軍及び行政機関の現場責任者な どを裁いたものであった。A級戦犯裁判のように全世界 から注目されたものもあった一方で、BC級戦犯裁判のよ うに関係諸国の中で粛々と行われた裁判もあった。また、

BC級戦犯裁判には、地域性に富んだ各国の思惑が色濃く 反映されるものであった。両者ともに、戦中戦後にかけ て急遽制定された法令や、関係国の判断により既存の国 内法に改正を加えて整備がなされた。そのため、事後法 であるとの批判や人権を考えていないなどの様々な批判 があったのも事実である。しかし、そのような批判はあ ったが、戦後の新しい秩序形成や、国際刑事裁判所、国 際司法裁判所などの整備にも活用されることになったの

である。

【第1時】

一中核の問

い一

戦犯裁判と は、どのよ うなものだ ったのか。

【記述的知識】戦犯裁判には、大きく分

けて2種類の裁判があった。1つが、い

わゆる東京裁判と呼ばれているA級動画

裁判と、もう1つがBC級戦犯裁判であ

る。前者は、国家や軍の最高指導者を裁 いた裁判で、後者は、国際法違反などに 問われた軍及び行政機関の現場責任者な どを裁いたものであった。A級戦犯裁判 のように全世界から注目されたものもあ った一方で、BC級戦犯裁判のように関係

諸国の中で粛々と行われた裁判もあっ

た。また、BC級戦犯裁判には、地域性に 富んだ各国の思惑が色濃く反映されるも のであった。両者ともに、戦中戦後にか けて急遽制定された法令や、関係国の判 断により既存の国内法に改正を加えて整

備がなされた。

【第2時】

一中核の問

い一

なぜ、戦犯 裁判におい て特有の問 題が生じた

の だ ろ う か。

【第3時】

一中核の問

い一

戦犯裁判に は、なぜ地 域による違 いが出てき たのだろう

か。

【説明的知識】戦犯裁判は、一般的な司 法裁判とはまた違った裁判であった。第 二次世界大戦以前には、そもそも戦犯裁 判という概念自体がなかった。そのため、

具体的な関連法令やルール作りなどの整 備があまりなされていなかった。そのた め、欧米諸国を中心とする連合国各国は、

戦時中の戦争犯罪の捜査によって関連法

令やルール整備を行わざるを得なかっ

た。誰しもが想像し得ない事例が多数存 在していたからだ。ゆえに、戦犯裁判は

事後法という批判を浴びることになっ

た。また、裁判を受ける被告人たちには 人権上の配慮はなかった。平時と戦時で は、個人に対する人権の取り扱いに差が 出てしまうためだ。そのような様々な問 題を孕んでいた戦犯裁判であるが、裁判 は行われ、刑が執行されていった。

【分析的知識】BC級戦犯裁判は、A級戦 犯裁判とは違い、アジア・太平洋地域の

関係諸国が設置した49箇所の法廷で裁

かれることになった。そのため、BC級戦 犯裁判は特に、関係諸国の影響が色濃く 残るものとなった。中国や満州における 戦犯裁判は、日本人戦犯も裁かれている が、美好と呼ばれる日本側に組していた 中国人も裁かれている。また、フランス・

オランダ法廷においては、終戦と同時に 独立運動が起こったこともあり、独立運 動側で戦った日本人「戦犯も裁かれてい

る。このように、BC級戦犯裁判は、各裁 判地によって様々な様相を呈する裁判と なっていたのである。

【第4時】

一中核の問

い一

戦犯裁判の 批判・反省 はどのよう に生かされ たのだろう

か。

【分析的知識】様々な批判があった中行 われた戦犯裁判であったが、戦犯裁判の 実施は、戦後の新しい秩序形成や、国際 刑事裁判所、国際司法裁判所設置へと動 くなどの成果を出し、発展的成長を遂げ た。これらは、事後法と批判された戦犯 裁判の反省を踏まえ、国際条約やルール の制定を新たに行った結果でもある。国 際的な取り組みがなされる一方で、現在 でも世界各地では、戦争や紛争、民族問 題が絶えることはない。21世紀に入り、

国際問題は多様を極めている。新たな時 代に対応した、新秩序、国際条約などの ルール作りも現在では必要になってきて いる。今、これからの世の中を理解する ために、歴史から何を学び、何を生かし ていくのかが重要な視点となってきてい

る。

単元「戦犯裁判を考える一BC級戦犯裁判を中心に一」の単元構想

【各時間の構造】

【第1時】

【中核の問い】戦犯裁判とは、どのようなものだったのか。

【分析的知識】戦犯裁判には、大きく分けて2種類の裁判があ った。1つが、いわゆる東京裁判と呼ばれているA級戦犯裁判

と、もう1つがBC級戦犯裁判である。前者は、国家や軍の最

高指導者を裁いた裁判で、後者は、国際法違反などに問われた 軍及び行政機関の現場責任者などを裁いたものであった。A級 戦犯裁判のように全世界から注目されたものもあった一方で、

BC級戦犯裁判のように関係諸国の中で粛々と行われた裁判も あった。また・、BC級戦犯裁判には、地域性に富んだ各国の思惑 が色濃く反映されるものであった。両者ともに、戦中戦後にか けて急遽制定された法令や、関係国の判断により既存の国内法 に改正を加えて整備がなされた。

【記述的知識A】戦争犯罪

 19世紀末から20世紀前半にかけて多数の戦争が発生した。

近現代における戦争は、兵器の能力も大きく向上し、威力が増 した。また、軍隊も大規模;化され、各国独自のルール策定は難 しいものとなったため、国際的なルール作りが急務とされた。

また、戦争が大規模化するに従い、降伏した敵国軍人たちの取 り扱い(捕虜取り扱い)についても、画一的なルー一一一ル作りが必 要となってきた。そこで、それらの内容を含んだ国際条約とし て結ばれたのが、陸戦法規慣例条約とその附属書壇約附属書陸 戦ノ法規慣例二関スル規則(いわゆるハーグ条約)と俘虜の待 遇に関する条約(いわゆるジュネーヴ条約)である。

(A一 1]

 戦犯裁判の根拠法令となった国際条約には、①陸戦法 規慣例条約とその附属書条約附属書陸戦ノ法規慣例二関

スル規則(いわゆるハL・一一一グ条約)、②俘虜の待遇に関する

条約(いわゆるジュネーヴ条約)があった。

(A一 2]

 戦犯裁判の根拠となった国際宣言には、1945年7月に 冷せられたポツダム宣言の条項も根拠となった。

(A一 3]

・BC級戦犯裁判は、国際条約・ポツダム宣言の条項以外 に、各国が制定した法令や、既存の国内法を改正する形 で適用され、また、それらに記載されている犯罪事実が 根拠となった。

【分析的知識B】戦争犯罪人

 戦争犯罪人は、戦犯裁判にかけられた被告を総称する名称で ある。戦争犯罪人には、国家や軍の最高指導者たちであるA級 戦犯と、国際法違反などに問われた軍及び行政機関の現場責任 者などを裁いたBC級戦犯とに分類がなされた。日本の場合は、

ドイツの場合と違い明確にA級、B級、 C級と分類がなされて いた訳ではないので、A級とBC級となっている。これら、A級

とBC級は罪の軽重や上官と部下だからという単純な理由付け で分類がなされたものではなかった。また、A級戦犯裁判は世 界中から注目された裁判であったが、BC級戦犯裁判は、アジ ア・太平洋地域の各地で関係諸国によって粛々と裁かれた裁判

となった。

・[B一 1]

 A級戦犯とは、国家や軍の最高指導者を裁いた裁判であ った。裁かれた犯罪事実としては、国際条約違反などであ った。東京の市ヶ谷1箇所で行われた。国家や軍の最高責 任者を裁く裁判であったため、世界中から注目を浴びた。

( B一 2]

 BC級戦犯とは、軍や行政機関の現場責任者を裁いた裁判 であった。裁かれた犯罪事実としては、国際条約違反や、

関係諸国の国内法違反、停戦協定違反などであった。アジ ア・太平洋各地で裁判が関係諸国によって開催された。し かし、各地で開催されたため、注目を浴びることなく粛々

と裁判が進行し、刑が執行されていった。

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