第三章 <帝国>の首都における東アジアと東アジア系を取り巻くダイナミクス
2 状況の変化:韓流の先行研究から
第1の要因.GDPで測られるような経済力による力関係の変化は言わずと知れたことで ある.西洋中心であった資本主義世界の拡がりが次第に外部を内部化する程度を高め,その 結果,少なくともナショナルな区分における経済力は西洋世界中心であるとは明言できな くなった.物質的な,タンジブルな商品でいえば日本製品は一昔前ほどの活力はないが,か わってサムソンなどの韓国製,ハイアールなどの中国製の方は世界中の市場を席巻してい ることはやはり誰の目にも明らかである.
もう少し非物質的な商品,その機能性というよりはむしろそのシニフィエの方が消費の 主たる対象となるような性質のものの一つに文化産業が挙げられる.その一つのメディア・
コンテンツだと,日本のアニメ・マンガやポップ音楽コンテンツは国外でも人気を博してい ると一般的に日本においては思われているふしがある.しかしながら,欧米においてはやは り胸をはって J ポップが大好きだと公言してまわれる程の市民権は得ておらず,アニメ・
マンガの普及度は並々ならぬものがあるが,それでも文字通りの下位文化である.加えて,
J ポップと K ポップの区別は欧米においては周知されているわけではなく,それは軽度の ファン層の間においてもそのようである.
海外での売上額だけで判断すればマンガとゲームが最も堅調である(経済産業省商務情 報政策局文化情報関連産業課 2016).メディア・コンテンツではないが,日本発のこうし た文化産業という大きな括りに入るもので元気なものはむしろ日本食である.物質的な商 品ではあるが,同時にエスニック・フードは記号消費の対象としての性格も大きいだろう.
寿司や,近年では特にラーメンは文字通り人気を博している.エスニック・フードのこうし た明確な人気に比べると,J-POPは後発であるK-POPの後塵を拝しているようだ.エスニ ック・ヒエラルキーのような人を対象とするステレオタイプに対して影響が大きいのはフ ード産業なのか,あるいはポップミュージックやドラマなどのメディア・コンテンツ産業な のか,論じるまでもないと思われる.
K ポップ,そしてKドラマと呼ばれる韓国メディア・コンテンツ,それに付随した韓国 ファッションおよび韓国コスメティクス産業は国外市場においても盛況である.韓国の文 化産業でもゲームが圧倒的な外貨稼ぎ手である(韓国文化体育観光部 2013)が,売上額だ
64
けでいえばコンテンツ産業の輸出額はハード産業のまだ1%弱(2012 年時点のコンテンツ 輸出額を貿易輸出総額で割ったもの)であり,現段階において文化産業を語る上では売上額 はまだ重要ではなく1,また本稿においては消費者が形成するステレオタイプに介入できる かの方により重点を置いている.そのためやはり日本版と同様の理由でゲームは分析対象 にはなりにくい.
韓国政府がコンテンツ産業にかける政策予算は全体の1%程度である.手厚い政府支援が 顕著になったのは1997年の経済危機後の1999年である(岡崎他2015).主な狙いは輸出 による経済性向上,幼稚産業保護論,そしてソフト・パワー強化の三つと言われている(日 本貿易振興機構 2011; 高橋 2014; 岡崎他 2015).
一つ目の経済性向上とは,特に中でもメディア・コンテンツ産業は複製,転用が低コスト で可能なので,一つのヒットコンテンツがでれば大きな収益につながる OSMU(One
Source Multi Use)型の高付加価値産業である(高橋 2014).人件費が高騰している先進
諸国において,高付加価値産業を中核産業として育成することは共通してみられ(日本貿易 振興機構 2011),韓国においても通貨危機以来,従来の製造業の限界を補完し,IT産業と 並んで次世代の基幹産業とすべく文化産業育成への取り組みが本格化した.
二つ目の幼稚産業保護論というのは,未成熟だが将来の成長が見込める産業を政策的に 保護し,保護貿易や税制優遇,補助金支給ほかの支援などを講じることである.
三つ目のソフト・パワーとはジョセフ・ナイ(Nye 2004)の言葉として有名であるが,
それまでは韓国製品がその高品質な割に低い評価しか受けない「コリアディスカウント」を 受けることも多く,輸出額の伸び悩みの一因となっていた.また,GDPの高さや世界トッ プクラスの治安の良さにもかかわらず国際的知名度の低さから観光業が低迷していた.つ まり,全般的に韓国という国やそれに関係するものに対するイメージが良くなかったり,知 られていなかった状況から魅力ある国家イメージに変えるという戦略である.
このような一連の「クールコリア」政策は2000~2006年には日本,中国,台湾,東南ア ジア諸国などで韓流ブームとして結実し(イ 2010),後発の「クールジャパン」という日本 の類似政策のモデルにもなった.世界市場へのコンテンポラリーな文化産業商品の流通は 日本関連の方がずいぶんと早かったのであるが,政策的に支援する施策としてはクールジ ャパンの方が後追いである.この日韓のクール+国名(英語)の国家プロジェクトには少し 性格の異なる面がある.クールジャパンの目的はそれを担当している経済産業省の通称ク リエイティブ課が公言するように,日本の魅力を発信し,海外にファンを作る→現地で稼ぐ
→観光業などインバウンドの消費量増加にある.最も重点が置かれているのは観光立国路 線で,従来のハード産業の減少を補うことを期待されている.一方のクールコリアでも大ま かにはすべて重なり,やはり外貨獲得量増加が最終目的ではあるのだが,より強調され,現 時点において重点が置かれているように見受けられるのが韓国という国,人のイメージ向 上であり(高橋 2014),今はイメージ向上の波及効果により,ハード産業製品などの売上
65
増加にまで効果が出てきた段階と思われる.すなわち,ジャパンにしてもコリアにしても,
クール+国名(英語)プロジェクトの趣旨やシークエンス,最終目的は共通しているが,今 どこに重点を置くかの現段階が異なっているとみても良いだろう.クールジャパンについ ては(その認識の正誤はともかくとして)日本ブランドにすでに一定の自信があって,イメ ージ向上の段階はそこそこに,早々と次のマネタイジング(サービスの収益化の意で,IT業 界のマーケティング用語.当初は投資として無償・格安でサービスを提供し,ファン層が確 立された後に収益化に移行する)の段階に入っており,一方のクールコリアは販売促進の段 階からマネタイジングに移行したくらいの時期にあると捉えるのが妥当だろう.2006年時 点では無償やリクープ(ビジネスなり,金融業界の用語で,先行投資元本の回収の意)でき ない程に安価でアジアやアフリカにテレビドラマを支給している(岡崎他 2015;イ 2010)
が,それまでは格安だった価格の大幅値上げや,あるいはドラマやポップ音楽でスターにな った有名人をLGなどの製品の現地CMに出すなどして投資の回収をしている(イ 2010).
さらに性格の異なる点を2つ挙げる必要がある.一つはポップカルチャーと政府・国の距 離感である.日本においてはポップカルチャーに政府やら国やらが介入すること自体に創 造産業従事者や消費者から反発があり,国が入ってくるとクールでなくなるという声が強 い(三原 2014).これはソフト・パワーで著名なジョセフ・ナイ自身もそのように考えてい るようである(Nye 2004).そのためか日本の国からの支援は韓国に比べ手薄であり,例え ば日本のコンテンツ関連予算は2010 年度301億円,2011年度244 億円,2012年度218 億円と下降傾向.韓国のコンテンツ関連予算は円換算で2010年258億円,2011年262億 円と増加傾向(内閣官房知的財産戦略推進事務局 2013).絶対額においては大差ないが,
国家予算全体(支出)の規模が2011年であれば日本は韓国の5倍以上であったことを考慮 すると歴然である.これに加えてクールコリア関連事業(例えばWishTrendなどの化粧品 業界など)は税制が優遇されているが,そのような業界全体がフリーライドに近い状態でも 外貨獲得のためにと国民はおおむね支持している.これはChang Kyung-Sup(1999)が指 摘する圧縮近代化の構図を彷彿とさせる.つまり少数の巨大企業の利潤拡大を最優先する ことで社会福祉政策が手薄になり,そのしわ寄せは家族と個人の自己責任言説に押し付け られている一面である.このように儒教的伝統を自己オリエンタリズム化しながら新自由 主義的な富国政策がそれに乗りかかるかたちで韓国文化の国外への輸出に国を挙げて支援 するような国家プロジェクトという性格が強い.
二つめは,クールジャパン関連にされている日本の文化産業はもともとは内需に向けて 作りこまれているものが多いのにたいし,韓国の文化産業は最初から外国からの需要を主 要な市場とみなして作られていることである.自給自足経済の実現には人口が一億人を超 えている必要があるが,韓国はその意味で内需のみでは経済が動かないため国外市場に打 って出ることが不可避である.内需の弱い国は放送産業の輸出に不利であるというのが通 説であった(Dupagne & Waterman 1998)が,TVドラマの制作費用の回収を内需のみか らはなく,最初から外国市場での売上からの回収を見込んで大きな予算が組まれるという