第三章 <帝国>の首都における東アジアと東アジア系を取り巻くダイナミクス
9 小括
本章では,感覚・価値観の溝が序列をともなって発生しているケースをいくつかのケース から確認してきた.それは,アジア系アメリカ人とアジアから新たに流入した「FOB」と呼 ばれる人々の間と,それからアジア系全般とメインストリームアメリカ社会との間にあっ た.それらの溝は急増したNew 2nd generation Asian Americansの最初の波が高校生から 大学生あたりの時期に,同じく増加した新規の1世,1.5世のアジアからの若年層の流入と
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当初ぶつかり,それがやがて韓流と技術的に発達したトランスナショナル・メディアに媒介 されて,アメリカ生まれのアジア系と「FOB」の溝は2005~2008年頃に,アジア系全般と メインストリームアメリカ社会との溝は2010年頃を画期に新しい状況を生んだ.
どちらの溝もドミナント社会から程度の違いはあれど,部分的に拒否された体験と認識 が引き起こした境界線であると言える.アメリカ生まれであってもエスニックなアイデン ティティへ回帰する若者たち,特に韓国系にとって(全員ではなくとも),韓流やK-Popは 渡りに船であったし,それらがルーツ国で流行している中国や東南アジア系にとっても比 較的に好んで消費できる対象であり,特定のポップカルチャー消費度が重要なアイデンテ ィティと境界線になっている彼らにとって,1世と2世以降のそれまでの圧倒的距離感は縮 小し,AZNプライド世代や60年代,70年代にも試みられたがあまり成功していなかった アジア系エスニシティ間の距離感も縮小し,K-Pop など韓流を共有している人々の間では 汎アジア的連帯が緩やかながらも形成されつつあると考えられる.
同じくハビトゥスによって,序列の下位に位置付けられた『ハマータウンの野郎ども』と 何が異なったのか.AZN PrYdeの感覚が,いわゆるストリートの日本でいうヤンキー的な 文化特徴を備えていたことが両者のイメージをダブらせる.しかし,後者が人的資本蓄積指 向で,職業選択が経済的な浮揚を目指していたことが最初の相違点であり,また,1世,1.5 世,そしてNew 2nd generation のアジア系アメリカ人にとっては,(両親の)ルーツ国や,
ルーツ文明圏からくるポップカルチャーがエンパワメント効果をもっていたことで,同化 路線以外の道,つまり環太平洋経済圏をまたにかけるような行動範囲をもつことができた.
あえてブルデューになぞらえて言うと,「『学校市場』の規律から自らを解き放そうとしてお こなっている努力の産物であるともいえるだろう.こうして彼らの生みだす別の市場とは,
独自の叙階決定機関をそなえた」(Bourdieu 1979=1990: 151)ということである.本稿で の「学校市場」とは,あくまでもアメリカ的振る舞いを身につけるあらゆる場を指すが,モ デルマイノリティというステレオタイプは経済的浮揚を一定程度までは許容する有徴性で あったことと,また,別の市場が,太平洋を挟んだ向こう側で巨大化していたということだ.
また,同時にモデルマイノリティという有徴性を付与されていたことが,同化路線一色か らの脱却を促したものの,ブルデューがいうような既成のヒエラルキーへの反抗が敗北を 表す,ということは必ずしも当てはまっていない.前提条件である経済浮揚は一定程度達成 されたため,彼らが新たに背負い始めたコンテンポラリーな東アジア的なシニフィエが,<
帝国>内で別の中心を作りうるのか,それともあくまでも「猿真似」のラベルが貼られるの かによって彼らのヒエラルキーも決定づけられるだろう.
別の言い方をすると,韓流そのものについては,グローバル社会からの承認を取り付ける という韓国のナショナル規模な自己実現活動という一面があったが,アメリカ全体におい てその戦略は残念ながらそういった面では大きな成果はあげていないようだ.しかしそれ は,韓国系アメリカ人のエスニックプライドの拠り所となり,その強化に結び付いたばかり でなく,Oh(2012)が言うように,部分的には特に白人層から中傷・拒絶され,韓流メデ
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ィアがメインストリームではなく,どうしようもなくエスニックなものとして扱われた経 験によって彼らとの境界線が明確になった.つまり本稿の主題に照らすならば,第三のカラ ー・ラインを充分には踏み越えきれなかったことで,西洋世界に包摂される方向ではなく,
分裂に作用し,さらに緩やかな汎アジア的連帯を形成したことを確認できたと思う.
また,ひとつ付け加えるならば,韓流が 2 世以降の韓国系米国人に受け入れられる直前 に,すでにアジアの多くの地域でメインストリームになっていたこと,その影響を多大に受 けたアジアからの新移住民の若年層がLAに多く流入したことで,2世以降のアメリカ生ま れの若年層の目にも,ひとつの新たな「普遍的」なものに映ったため,彼らを取り込むこと に一定程度成功したのである.
しかし,一方では,韓流側が外部市場の取り込みを目指しているため,より「ユニバーサ ル」な市場の要求にも答えらえるように,自らをすばやく刷新しながら歩み寄る側面も大き く,韓流の異種混交性は西洋的な感覚にも一部で応えており,市場経済の原理が多分に経済 力という直接的なハードパワー以外の経路でもヒエラルキーに間接的な影響を与えている.
今後,東側から逆流する文化的発信物が威信を高めるような事態になったとき,ロサンジ ェルスがこれまでのようにエンターテインメントの<帝国>首都としての立ち位置を維持 できるかどうかは,そうした新規のポップカルチャーを積極的に取り込んで内部化できる かによるだろう.
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注
1 とはいえども,メディア・コンテンツ産業は複製,転用が低コストで可能なので,一つ のヒットコンテンツがでれば大きな収益につながるOSMU型の高付加価値産業であ り,韓国政府の韓流政策の狙いも最終的にはここにあるとみられている(高橋 2014).
2 Cultural discountは文化的割引と訳されるが,詳しくはFrancis LF. Lee(2009)を参 照.
3 もちろん,背景には政策的な位置づけとして,韓流はいわば韓国の工業生産物を含めた 輸出産業全体の広告塔としての役を担っているため,政府が無償で東南アジア諸国のメ ディアに拡散する際には韓国政府が韓国ドラマをいったん買い上げることがあり,日本 のように製作者や出演者,アーティストの著作権などが絡むとこのような国家的プロジ ェクトを展開しづらかったということがある.
4 もちろん,アジア系人口の中産階級は平均所得が全体平均よりも高いが,貧困層も多い 事実も忘れてはならない(村上 1997).
5 これは模倣する側の主体の属性にもよるが,Cultural appropriationとして批判されか ねないことを補足しておきたい.
6 Google Trendsとは,グーグルが提供している情報.検索結果を最大で2004年元日まで
さかのぼり,任意の検索語が検索された件数の時系列変動を地域別(IPアドレスによ る)に絞って確認できるサービス.AZN内・Google Trendsによる,「AZN」の2004 以降USA内による検索結果 (Retrieved August 20, 2016,
https://www.google.com/trends/explore?date=all&geo=US&q=AZN).
7 言うまでもなくベネディクト・アンダーソン(Anderson 1983=2004)の概念を念頭に おいている.
8 G-Dragonとは,韓国を代表するK-Pop男性グループ,「BIG BANG」の中でも特に人
気の高いメンバーである.個性的な髪型やファッションに身を包んだ風貌が特徴的.
9 Mohawkとはモヒカンのことである.Fohawkとは,Faux(フランス語で偽の意)
hawkの略で,Mohawkほどサイドの髪が短くなく,強力ジェル等でスパイクアップし
ているとMohawkに近いようにも見えるが,サイドの髪を下げていればそうでもな
い.
10 2014年2月にマイクロソフトのCEOに就任したのはインド生まれのアメリカ人Satya
Nadella.エスニシティはおそらくインド系である.また2015年8月,グーグルの
CEOに就任したのもインド生まれのインド系アメリカ人,Sundar Pichaiである.
11 「Situation comedy」の意で,ストーリーに多少の連続性がある,コミカルな状況が描 かれるテレビドラマ.
12 Margaret Choは韓国系2世米国人女性で,著名なスタンドアップ・コメディアン.韓
国系のコミュニティを面白おかしく語り人気を博している.
13 1994年放映.Margaret Cho主演のコメディドラマ.1シーズンのみで終了してしまっ
た.視聴者に受けないと,多くのTVドラマは最初のシーズンで終了するのが通例であ る.逆に,シーズンがいくつも続くということは,視聴者に好評であることを意味する ことが多い.
14 YouTube上にオリジナル動画をアップロードする人々.趣味程度にアップロードする人
も多いが,再生された動画から広告アフィリエイト収入がわずかであるが発生し,幸運 にも人気に火がつけば大きな収入となるため,職業的に動画を製作しつづけて生計を立 ている人もいる.
15 Eddie Huangは,ワシントンD.C.在住の台湾系2世米国人のエンターテイナー.有名
中華レストランBaoHausのオーナーでもある.本章で頻出のTVドラマ,「Fresh Off the Boat」は彼著作の自伝を元にしている.