第8章 地方財政制度
第 7 節 開発計画及び地方予算の編成
3 地方予算の策定(スラバヤ市の例)
地方政府の予算策定プロセスは大きく 6 つのプロセスに分けられる。 ①地方政府行動 計画概案の作成、②ムシュレンバンの開催、③地方政府行動計画の制定、④予算条例案の 作成、⑤地方議会の審議及び議決、⑥上位政府の評価及び予算の成立・施行である。ここ ではスラバヤ市における実際の事務手順を交えて地方予算の策定プロセスを紹介する。ス ラバヤ市では、この地方政府行動計画概案の作成プロセスに住民からの意見、苦情、政策 提案を取り入れるシステムを整備しており、これを基に作成される地方予算は民主的なも のとなっている。なお、スラバヤ市はインドネシアでも最も先進的な予算策定手法を採っ ており、従ってこの手法は必ずしも他の地方政府に当てはまるものではない71。
(1)地方政府行動計画概案の作成
地方予算の策定プロセスの第一段階として、スラバヤ市開発企画庁(BAPPEKO)は、
地方中期開発計画を基に地方政府行動計画の概案を作成する。インドネシアでは県・市 の行政組織である区や村の中に地域住民のコミュニティ組織である隣組72(RT:Rukun
Tetangga)や町内会73(RW:Rukun Warga)が隈なく組織されているが、スラバヤ市
ではこれらのコミュニティを通じて、住民の日常生活における問題や、自然災害の発生 による公共施設の被害の状況、住民生活の向上に資する事項等の要望や提案が開発企画 庁に報告される体制が構築されている。住民が隣組の長に相談すると、町内会長、区民 諮問委員会(LKMK:Lembaga Ketahanan Masyarakat Kelurahan)74、区長、郡長
71 スラバヤ市以外の地方政府においても、自らが概案を作成した地方政府行動計画を議論するムシュレンバ ンが開催されるが、会議で表明される住民の要望は殆ど却下され、住民の要望は最終的な予算条例にはあまり 採用されていないのが実情のようである(アグス教授からのヒアリングによる。)。
72 RTは日本統治時代に日本の隣組をモデルに導入された近隣住民組織である。スラバヤ市条例によれば、
その役割は ① 住民サービスの提供に関して市の補佐を行うこと、② 住民の利益を守ること、③ 開発の計 画・実施において住民ニーズを報告すること、であり、住民と市の仲介役を務め、架け橋として両方の意思疎 通を図り、地域社会が直面している問題を解決することをその主な任務としている。
73 RWは地域社会のニーズに応じて、区の区域内に設置することができる。スラバヤ市条例によれば、その
役割は ① 地域社会の自立を促すための住民協同作業の実施、及び ② 区の開発事業の実施を補佐すること、
であり、地域内にあるRT間の調整、住民と市の仲介役を務め、架け橋として両方の意思疎通を図り、地域社 会が直面している問題を解決することをその主な任務としている。
74 LKMKはスハルト時代には全国的に地方政府の下に組織されたが、現在ではほとんどの地方で消滅してい
る。スラバヤ市ではコミュニティと行政の連携組織として現在も存続している。行政機構とは別の住民組織で
を通じて開発企画庁に報告される。報告された要望等は官房長、開発企画庁長官、歳入 管理・財政局長、プログラム構築部75部長で構成する予算チーム(Tim Anggaran)及び 問題の発生した分野を所管する事業局・技術機関(例えば貧困問題の場合、失業問題を 所管する労働局、女性の社会進出を所管する社会局、子女教育を所管する教育局が参加)
によって対応策が協議され、緊急の場合は当該年度予算で確保している予備費の支出や 補正予算編成によって対応し、時間的猶予がある場合は翌年度の地方政府行動計画概案 に盛り込むことによって対応している。これらの住民の要望に対しては、①地方中期開 発計画に反している、②提案された事業が不明確である、③他に提案された事業との重 複、④事業の優先度が低い、⑤事業実施の条件に達していない(水道の幹線が未整備の 地域における末端管渠整備の要望等)、⑥本来提案すべき人ではない人からの提出、等 以外であれば何らかの対応が行われている。なお、2009年度の計画の作成に当たっては、
約 9000 件もの事業が住民から提案された。かつては住民からの要望はほぼ 100%がハ ード事業の要望であったが、最近は啓発活動が功を奏し、ソフト事業(職業訓練や社会 扶助等)の要望が全体の約20%を占めている。要望は市開発企画庁が中心となり審査を
行い、約7,000事業まで絞り込まれて計画に盛り込まれている。なお、市のホームペー
ジには住民の要望やムシュレンバンの結果が掲載されており、提案された事業が不採択 の場合は、その理由を記載して住民へのフィードバックに努めている。
予算チーム及び所管の事業局・技術機関による対応策の協議で翌年度の地方政府行動 計画概案に盛り込まれることが決まった場合は、現地調査によって必要な事業量や予算 額の詳細が検討され、例えば道路の整備事業であれば、道幅、メートルあたりの建設単 価、備品、消耗品、作業従事者に支給する弁当代、旅費といった詳細な事業計画が作成 され、計画概案に盛り込まれる。この段階で予算チームによって必要となる金額の算出、
財源の捻出等が行われることにより、地方政府行動計画と地方予算の整合性が図られて いる。このシステムによって、住民側からすると、町内会長や隣組の長に相談すること でスラバヤ市当局に要望が届き、利便性とコミュニティの維持・振興に資することにな り、一方でスラバヤ市側からすると、住民の要望を的確に把握でき、予算を効率的に編 成できるというメリットがある。なお、町内会長、隣組の長、区民諮問委員会の委員に 対してはスラバヤ市から報酬が支給されているため76、住民のニーズを確実にスラバヤ 市へと報告する義務を有している。
(2)ムシュレンバンの開催
ムシュレンバンは、前述のとおり開発計画の作成時に開催される検討会議である。地 方政府行動計画においては地方開発企画庁が作成する計画概案がムシュレンバンの議
あり、RW・RTの長等、地域社会のメンバーで構成される。主要な任務は土地用途の監視、市の開発事業の 進行の補佐、違法営業の露店の監視、住民登録事務の補佐等である。
75 スラバヤ市プログラム構築部は官房局の一組織であり、各事業に係る予算執行の総合調整や進行管理を行 っている。地方歳入歳出予算の編成においては、政策的経費の編成を担当している。
76 RTの長:月5万ルピア、RWの長:月7万5千ルピア、LKMKの委員:月10万ルピア。
題となる。ムシュレンバンは国家開発計画システム法によって、地方政府の場合は前年 度の3月までに、中央政府の場合は前年度の4月までに開催することが定められており、
スラバヤ市においては、区レベルの会議が1月末から2月中旬に、郡レベルの会議が2 月上旬から中旬に、市レベルの会議が3月の末に開催されている。会議では、地方政府 行動計画概案に盛り込まれた事業のうち、住民のイニシアチブで解決できるもの、例え ば、コミュニティで設置している礼拝施設や集会場の整備、小規模な道路の整備等のよ うに、行政ではなく住民の力で解決すべきこと77を選別して計画概案から削除する等の 調整が行われる。なお、スラバヤ市では市レベルのムシュレンバンに地方議会の代表も 参加しており、予算条例案の審議に先立った議会側との調整の場ともなっている。
(3)地方政府行動計画の制定
前項でスラバヤ市における市レベルまでのムシュレンバンの手順を紹介した。市レベ ルの会議の結果や、この後に開催される州レベルのムシュレンバンの議論の結果を受け、
地方政府行動計画概案は修正され地方首長令案が作成される。州レベルの会議では県・
市の開発企画庁、州の事業局・技術機関の代表者や関係者が参加し、県・市レベルの問 題で県・市が単独で解決できないことや、県・市の境界をまたがる事業、州及び県・市 が共同で設置する公共施設整備等に関する議案が議論される。州レベルの会議での議論 の結果、県・市の計画概案を変更する必要が生じた場合は必要な修正を加え、地方首長 令によって前年度の5月頃までに行動計画が制定されている。
(4)予算条例案の作成
地方政府行動計画の制定を受け、市開発企画庁によって予算編成のガイドラインとな る予算編成基本方針(KUA:Kebijakan Umum APBD)及び、優先事業及びシーリング
(PPAS:Prioritas dan Plafon Anggaran Sementara)が8月上旬までに作成される。
次に、これらに基づいて各事業局・技術機関の長によって事業局・技術機関レベルの行 動計画(Renja-SKPD)が作成される。この中には、地方政府行動計画の制定以降に生 じた災害等に対応するための事業や地方政府側のイニシアチブによる事業等も盛り込 まれ、必要があれば地方政府行動計画の変更が随時行なわれる。なお、この作業の間も 予算チームは調整作業を行っており、事業の査定や財源の確保が図られる。この間に歳 入管理・財政局は歳出予算のうち経常経費の、プログラム構築部は政策的経費の取りま とめを行い、さらに歳入管理・財政局によって歳入予算を含め全ての予算が取りまとめ られ、予算条例案、予算説明書及び補足資料が作成される。この後、毎年 10 月上旬に 地方議会へ提出され審議が行われるが、スラバヤ市においては、地方政府行動計画を制 定するためのムシュレンバンに地方議会議員が出席しており、さらに予算編成基本方針 と優先事業及びシーリングの作成時に地方議会側との折衝が行なわれているため、翌年
77 インドネシアの公共事業には ① Swadaya Murni(予算も労働力も住民が提供)、 ② Swadaya Kelola
(予算は地方政府が、労働力は住民が提供)、③ Proyek(予算も労働力も地方政府が提供)の3種類がある。