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検証授業後の児童の変容

第 7 章 寛容を基盤においた生命尊重の教育についての

第4節 検証授業後の児童の変容

こうした複数時間扱いの道徳授業では、数回の授業を実施する前(4 月)と、実施後(7 月)に同じアンケート調査を行い、彼らの道徳的実践力の高まりが見られたかどうかを児童 と教師の評価の一つの目安としている。以下に授業実践後の調査結果を掲載する。

2010年度6年生108名(09年と10年のうち2年目の108名)については、一連の授業 後に再度アンケート*4を実施した。

設問は複数時間扱いの道徳授業の前に実施したものと同じである。

〔質問1〕 つぎの場合、自分の中で「ゆるせる」と思うものはどれですか。「ゆるせ る」と思うものすべてに○をつけなさい。

「ゆるせると思う」に○をつけた下位および上位の各5つは、図31,図32のとおりである。

(下位1~5位)

1位 自分の家族を事故でなくした 6人(3%) 2位 自分が大切に育てていたチューリップの球根の芽が、

誰かにぬかれていた 38人(17%) 3位 自分の大切にしている本を貸したら、友達がなくしてしまった 58人(27%) 4位 自分の作品の絵に、小さいけれども落書きがされていた 64人(30%) 5位 ペットと散歩中に、うしろから車にクラクションを鳴らされた 79人(35%)

31 授業後の「ゆるせると思うかどうか」に関する回答

(上位1~5位)

1位 給食のミートソースをワイシャツにこぼした 96人(45%) 2位 ノートを丁寧に書こうとしたら

隣の人が机をゆらしうまく書けなかった 93人(43%) 3位 友達と話をしていたら、ふざけて押されてしまいころんだ 87人(41%) 4位 宿題をやろうと思ったら学校に問題集を忘れてしまった 87人(41%) 5位 自分の大切な人形をあやまって落としてこわした 84人(39%)

32 授業後の「ゆるせると思うかどうか」に関する回答

「生命尊重」に関する価値についての設問とその回答は、「いのちは大切なものだと思 いますか」との問いに、YES 103人 NO 0人 という結果だった。

次に、複数時間扱いの道徳授業を実施する前と後との回答結果を比較してみた。その 結果は以下の図33,図34のとおりである。

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(下位1~5位)

1位 自分の家族を事故でなくした 4人⇒ 6人 (4%⇒6%)

2位 自分が大切に育てていたチューリップの球根の芽が、 35人⇒38人 誰かにぬかれていた (32%⇒35%)

3位 自分の大切にしている本を貸したら、友達がなくしてしまった 48人⇒58人 (44%⇒54%)

4位 自分の作品の絵に、小さいけれども落書きがされていた 48人⇒64人 (44%⇒59%) 5位 ペットと散歩中に、うしろから車にクラクションを鳴らされた 78人⇒79人 (72%⇒73%)

33 授業の前後での「ゆるせると思うかどうか」に関する回答 下位1~5

(上位1~5位)

1位 給食のミートソースをワイシャツにこぼした 91人⇒96人 (84%⇒89%) 2位 ノートを丁寧に書こうとしたら隣の人が机をゆらし、うまく 81人⇒93人

書けなかった (75%⇒86%) 3位 友達と話をしていたら、ふざけて押されてしまいころんだ 82人⇒87人 (76%⇒81%) 4位 宿題をやろうと思ったら学校に問題集を忘れてしまった 71人⇒87人 (66%⇒81%) 5位 自分の大切な人形をあやまって落としてこわした 67人⇒84人

(62%⇒78%)

34 授業の前後での「ゆるせると思うかどうか」に関する回答 上位1~5

授業を実践して、児童の「ゆるせる」対象に順位の大きな違いは見られなかった。

また「ゆるせない」対象にも順位について大きな違いは見られなかった。生命にかかわる 対象をなくした場合や自らの過失ではなく相手から被害を受けた場合に「ゆるせない」と回 答する者が多い傾向があった。しかしすべてのアンケート項目で、ゆるせるという児童が増 加している。これは10項目のすべてにおいてそうだった。

生命は大切なものかどうかについては、どの子も当然のように「YES」に回答した。生命 に対する教育を直接的にしなくても、今回の授業実践のように視点3の「生命尊重」の点に ついて道徳的心情が深まっていることが理解できた。

2010年度6年生の卒業時の卒業文集を見ると、以下のようなタイトルとその内容から、

一人ひとりの児童の道徳性が6年生の1学期(6月下旬)に実施した一連の検証授業のあと もしっかりと培われており、「相互理解・寛容」や「生命尊重」の内容項目に関する道徳性 のねらいが達成できていることが検証できた。

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「心の成長」 (6年1組女児)

私は、小学校でとても大切な事を学んだ。それは、「心の成長」だ。

小学校低学年で学習した「はしのうえのおおかみ」を読んで、小さいころの私は、くまさ んはえらいなあとしか思っていなかった。最近、本の整理をしていた私は、ふと「みんなの どうとく」(1 ねん)の副読本を読み返した。すると、おおかみはわるいやつだと思ったの はもちろん、なんだか弱い者にいばっているおおかみに似ている自分がいるとか、くまさん のような大きな者に対してだけ威張れないおおかみのような自分がいる、など、1年生の時 には思わなかったことも考えられるようになっていた。

時間の経過とともに背は伸びるし、体重も増える。これから先もまだ成長する。でも、そ れと同時に、「心」も成長していく。ただ、心は自然には伸びないし、増えない。では、心 はどう成長していくのだろう。

心は、感動や喜び、悲しみや悔しさを経験することで成長していくのだと私は思う。楽し さや喜びは、もっとやりたい、したいなどのやる気を高めてくれる。また、悲しみやにくし みやくやしさは、ゆるせるかどうかのように次にどういう風につなげていくかを考えて、次 に生かす。初等部6年間の経験を生かし、これからも心を成長させていきたい。

「何より強いもの」 (6年2組男児)

ぼくは、この初等部6年間で何より強いものを見つけた。それは、力でもなく、おどしで もなく、「つながり」である。

ぼくは、今までつながりとは?と聞かれたら、きっと「喜びを2倍にし、悲しみを分け合 う存在」と答えていただろう。でも、今ならこう答える。「出会えたこと」。

目線が合っただけでも、今ならつながりと感じる。それは、学校生活でより深く感じた。

同じ学校に来たこと、同じクラスになったこと、友達になれたこと、いっしょに生きてき たこと。これは、つながりであり、かけがえのないものである。毎日の学校生活がこんなに 楽しいには、みんながいるから、つながりがあるから。何でもない校舎がここまで素晴らし い場所になるのだから、こんなにも強い味方はいないだろう。強く、たくましい、つながり という味方が…。

ぼくは、これからたくさんの人とであり、つながりを持っていくだろう。また、別れもあ る。手を取り合うこともあれば、ぶつかることもある。いろいろな壁がぼくにはたちはだか るだろう。でも、ぼくは、夢も希望も決してあきらめない。お互いにゆるしあい、わかりあ えるように自分から歩んでいく。人とひととのつながりは、何より強いものだから。

(2011年3月早稲田実業学校初等部卒業文集より)

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