• 検索結果がありません。

宗教的情操と道徳的情操

第 5 章 学校教育における「宗教的情操」について

第 3節 宗教的情操と道徳的情操

道徳教育を基盤にしてそこに「自然にふさわしい」形で、神といった宗教的な概念を教え てやることだと言えよう。無条件に最初から子どもの柔軟な心に神の概念を教え込むこと は避けなければならないが、一方で成長してから神の概念を教えることも、現実的には無 神論者や狂信的宗教者にさせてしまうがゆえに避けなければならないとしている。

カントは、道徳が宗教に先行する必要があると言う。そうしなければ神が言うからそれ に従うための道徳になってしまう。そのために、人間の道徳性を培う道徳教育を最大の基 盤にしなければならないのである。結局、道徳教育の基盤の上に、宗教的情操にかかわる 内容を教えるということは、人間の道徳性を培う道徳教育を最大の基盤にしながら、自然 にふさわしい形で宗教的な情操を培うことであると考えられる。

第 3節 宗教的情操と道徳的情操

戦後の道徳教育における「宗教的情操」の扱いと、カント哲学における宗教的道徳教育 について検討を加えてきた。そのことを踏まえて、ここでは「宗教的情操」の「情操」に 焦点をあてて「情操教育」の視点から検討を加える。そして、道徳教育から考えれば「道 徳的情操」を培うことによって、宗教的情操から導かれる情操を補うことができることを 明らかにする。

1 情操教育について

(1) 「情操」の定義

ところで、そもそも情操とは何か。片岡徳雄(1989)はその著書『情操の教育』*50の中 で、「かんたんに言えば、それは『価値あるものに接したときに起こる感情』であるとと もに、『そうした感情を起こす態度』つまり準備状態である」としている。また、情操は 全人的・直感的な反応であり、科学や知識のもたらす論理的・分析的なものとは異なる」

としている。

また、銭谷眞美(2014)はその論文「小学校教育における豊かな情操を養うことの大切 さ」*51の中で、「『情操』とは美しいものや優れたものに接して感動する、情感豊かな心 をいいます。似たような言葉である『情緒』などに比べて、さらに複雑な感情を示すもの としています。」としている。

専門的に平凡社の哲学辞典および心理学辞典にあたったところ、「情緒」や「情動」は 示されていたが、「情操」については言葉として取り上げてなかった。

広辞苑*52では「人間の感情のうち、道徳的・芸術的・宗教的など社会的価値をもった複 雑で高次なものを指す」とし、「美しいもの、すぐれたものに接して感動する、情感豊か な心。」として、「道徳的・芸術的・宗教的など、社会的価値をもった複雑な感情」をい

62 うとしている。

辞典では、片岡の言う「情操」について、その人の感情がどんな価値にかかわっている かで、道徳的や芸術的、宗教的などの感情があるとしている。これについて、片岡*53は、

真・善・聖・美の4種類の価値にかかわる領域に、情操は分類されるとした。第一に、知 的価値に関わる知的情操。これは、普遍的な価値をめざす個人的な感情として成り立つと している。第二に、善悪の判断にかかわる倫理的情操。これは、人の好みとして語られる ことがあり、相対的・個人的なものである。第三に、宗教的情操である。聖や神や仏への 信仰であるとしている。そして第四に、美的情操(芸術的情操)である。この美的情操 は、芸術的なものを含みつつ、「表現」に示される美的価値にかかわる情操としている。

「表現」の部分で、知的情操、倫理的情操、宗教的情操と関連する部分もあるとしてい る。つまり道徳教育においては、これまで宗教的情操ばかりが注目されていたが、倫理的 情操(道徳的情操)や芸術的情操について、積極的に取り上げ、指導を具体化することが 求められるのである。

(2) 「情操」と学習指導要領

道徳教育の内容項目をあらためて確認しよう。学習指導要領には、「宗教的情操」とい う言葉は示されていない。また、「情操」という言葉は小学校学習指導要領では解説総則 編*54において多く用いられている。また、教科においては、音楽と図画工作において使用 されている。

音楽科では、「音楽を愛好する心情や音楽に対する感性は、美しいものや崇高なものを 尊重する心につながる。また、音楽による豊かな情操は、道徳性の基盤を養うものであ る。なお、音楽の共通教材は、我が国の伝統や文化、自然や四季の美しさや、夢や希望を もって生きることの大切さなどを含んでおり、道徳的な心情の育成に資するものであ る。」(現行の特別の教科道徳解説編 12p)(傍線は筆者による)と記されており、図 画工作科では、「図画工作科において、つくりだす喜びを味わうようにすることは、美し いものや崇高なものを尊重する心につながるものである。また、造形的な創造による豊か な情操は、道徳性の基盤を養うものである。」(同、12p)(傍線は筆者による)となっ ている。「特別の教科 道徳」も学校の教育活動であり、「特別の教科 道徳」を要とし た道徳教育が目指すものは、特に教育基本法に示された「人格の完成を目指し、平和で民 主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成。」

(第1条)であり、「幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情 操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養う。」(以下省略)(第2条第1項)(同、

16p)(傍線は筆者による)と示されている。

また、「小学校学習指導要領解説 特別の教科 道徳編」の中でも、視点Dの自然愛護の 価値についての説明で、一か所次のようにふれているだけである。「古来日本人は、自然 から受ける様々な恩恵に感謝し、自然との調和を図りながら生活を営んできた。自然に親

63

しみ、動植物が自然の中でたくましく生きてきた知恵や巧みさについて学んできた。そし て、自然と一体になりながら動植物を愛護し、豊かな情操を育んできたのである。」(以 下省略、傍線は筆者による)

中学校の学習指導要領を調べてみると、さらに二つの点が注目される。

一つ目は、「視点D 感動、畏敬の念」に示された文章で、指導の要点として「中学校 の段階では、入学して間もない時期には、すばらしい自然の美や芸術、品格のある気高い 人間の生き方に触れることを通して、豊かな感受性が育ってくる。学年が上がるにつれ て、美的な情操が豊かになり、感動する心が育ち、自然や人間の力を超えたものに対して 美しさや神秘さを感じ、その中で癒される自己に気付くようにもなる。」(傍線は筆者に よる)としている。

二つ目は、「第4章 指導計画の作成と内容の取扱い」の中にある「3-(4)各教科等、

体験活動等との関連的指導を工夫する」で示されていて、「また、生徒自らが成長を実感 でき、これからの課題や目標が見付けられるよう、学校や家庭・地域社会における職場体 験活動やボランティア活動、自然体験活動などの道徳性を養うための体験活動や情操を育 む活動を積極的に活用したり」(以下省略、傍線は筆者による)と書かれている。

このように、学習指導要領において「情操」という言葉が登場する部分では、音楽や図 画工作といった芸術科目に関して、情感豊かに感じる心を培うことの大切さをうたってい る場合が多い。

(3) 「情操教育」と「道徳的情操の教育」

ここでは学習指導要領における「情操教育」について道徳教育の方向から探っていく。

学習指導要領において、情操教育は、「音楽」や「図画工作(美術)」などの芸術教科 の中で強調されている。「特別の教科 道徳」においては、自然愛護や畏敬の念の指導で 用いられることがある。畏敬の念の価値においては、美的な部分で情操が豊かになるとい うように説明されている。

また、学習指導要領には宗教的情操をふくめた「○○的情操」という言葉の使われ方はな いが、音楽や図画工作(美術)で一部「美的な情操」という使われ方をしている。

「中学校学習指導要領解説 道徳編」では「感動、畏敬の念」に関しての解説でも「宗 教的情操」という言葉は書かれていない。小学校低学年から中学校までの解説書において はどの内容項目を調べても、人間の力を超えたものに対して宗教的情操を育てると言った 文言は見当たらない。

すでに第5章で「宗教的情操」という語句が、『期待される人間像』以降は文部省の発 行物から姿を消していき、畏敬の念の対象は「永遠絶対的なもの」や「聖なるもの」から 宗教的意味合いが薄くなっていることを指摘した。「特別の教科 道徳」の解説書を調べ ても「情操教育」や「情操」といった文言もその使用は抑えられている。また、「情操」

という文言は、音楽や美術といった美的な心を豊かに培う場合に「美的情操教育」と使用