第 7 章 寛容を基盤においた生命尊重の教育についての
第 2 節 検証授業のねらいと実際
検証方法で示した2つの授業構想について、それぞれのねらいや指導法などを学習指導 案と授業記録の形を用いて示す。
1 1時間に複数のねらいを設けた道徳授業(2つのねらいがスパイラル的に高まる授業構想)*1 (1) 本時のねらい
人の過ちを許すことの難しさと大切さに気付き、広い心で相手を受け入れようとする心 情を育てる。また自分の過ちを素直に認めて、罪を償おうとする謙虚な態度を身に付ける。
そして、自他の生命を尊重しようとする道徳的実践態度を育てる。
(2) 資料の要旨および資料の価値分析
① 資料の要旨
『青の洞門』(菊池寛『恩讐の彼方に』より) 学研「みんなのどうとく」6年から 主人公、了海は過ちを咎め立てる主人を殺害したことから、放浪の身となった。
その途中では、さらに罪を重ねる日々であった。
けれども、自分の良心に責められ、僧となって諸国を廻りながら修行を積むこととした。
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九州の耶馬渓(大分県)に、毎年何人もが崖から川へ転落して死亡するものがあいついでい ると聞いた。山国川に通行の安全・便利のために、僧侶として入国して死人の亡骸にお経を よんでいた了解が決心する。洞門を掘ろうと巨大な岩壁に一人挑む。村人からも変人扱いさ れるが、最終的には誰もが了海に心を開き、石工を雇う代金を寄付でまかなえるようになっ た。
20 年の歳月が過ぎ、了海を親の仇と狙う実之助が来るが、やがて了海と一緒にのみを打 つようになった。
② 資料の価値分析
資料に登場する登場人物の「了海」と「実之助」、そして「村人」について、ストーリー の流れを追いながら時系列的に整理した。整理の視点は、それぞれの人物の行為とその時の 気持ち、そして、それが道徳的価値のどんな内容項目に該当するかである(表4参照)。
表4 『青の洞門』における資料の価値分析表
了海の行為・気持ち 村人の行為・気持ち 実之助の行為・気持ち 道徳的価値
また人が死んだ 死んだ人への同情
かわいそうなことだ 村人への同情
よし道をつくろう 目標設定と決心
無茶の話だ 不可能という判断
一人でやろう 目標実現への努力
9年間で40m掘る 強い意志
大岩壁が貫けるかも ほのかな希望
また一人でがんばる 己を乗り越える心
全体の半分を掘る 増々強まる意志
了海を手伝おう 了海への尊敬の念
父の敵を発見 了海への憤り あわれな姿の了海だ 同情と尊敬 一緒に掘ろう かたき討ちよりも
目標達成を優先 実之助に討たれても
よい
目標達成後の安堵 自他の生命尊重 了海の手を握る 過去のすべてを忘
れて、ゆるす思い
(3) 板書計画
了海が罪の償いとして洞門を掘り始めたが、その時間的な長さを視覚的にわかるように するために、黒板で示す際には、時系列を黒板の横軸にした。それぞれの場面における登場
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人物の心情を考える発問をこの時系列の表に加え、最終的には発問に対する児童の反応を 黒板に書き加えるような計画を立てた(図21参照)。
図21 『青の洞門』の板書計画図
(4) 指導の展開
(3)で板書計画を立てたが、実際に資料を用いて児童との授業がどのように進むかを シミュレーションしたものが、以下の指導の展開である。あくまでも『青の洞門』を資料 として用いた場合に、どのような教師の発問とそれに対する児童の反応になるかを柱にし て計画をねった。なお、授業のそれぞれの場面で指導する際に留意する点も書き加えた。
学習活動 指導上の留意点 導入 (1) 耶馬溪の写真を見せて、この話が 地図で位置的な確認をする。
菊池寛の『恩讐の彼方に』という作 21年間に185mを掘った 品からのもので、実話に基づいてい ことを確認して関心を高める。
ることを紹介する。
展開 (2) 資料「青の洞門」を読み、了海の行為 ・命をかけて罪をつぐなおうとする
と実之助の気持ちの変化を話し合う。 了海と罪を許す実之助に話合いの
①この話から、どんなことを話し合って ポイントをしぼる方向で進める。
みたいと思ったか。その時の2人を気 持ちを考えてみよう。
・了海はどうして穴を掘ったのか。
・実之助はなぜゆるしたのだろうか。
②なぜ、こうまでして了海は穴を掘った ・了海の行為に共感させて、心情を のだろうか。 読み取らせる。それによって、生 ・村人の命を助けたい。 命の尊さや自分の行為に謙虚に反
青の洞門
鎖渡し(大分県耶馬溪) 毎年命を落とす人がいる。
道をつくろう
一年 三メートル
了海はなぜここまで
三年して穴を掘るのか?
九年 四十メートル自分の罪を 償うような 反省の気持ち
を表す
十八年やっと半分 人の役立つ ことをする
二十年実之助との出会い
どうして父の敵であ る了海と穴を掘るのか ・早く仕事を終せたい ・村人の願いも聞いて からでも遅くない
二十一年完成
了海思い残すことはない 生命のすばらしさ
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・死んだ気落ちになって穴を掘りたい。 省している姿に気付くようにする。
・自分の犯した罪を償いたい。
③なぜ、実之助は了海と一緒に穴を掘っ たのだろうか。
・早く穴が完成すれば早く仇を討てる。 ・了海に対する実之助の憤りにも ・20年間穴を掘ってきたから、完成さ 共感させて考えさせたい。
せてから敵討ちをしても遅くない。 了海の年老いた姿を目の当たり ・村人の願いもあるから完成まで待とう。 にした時の驚きを十分に考えら
④ 穴が完成した時に、どうして実之助は れるようにする。
了海を討たなかったのだろうか。
・もう十分に了海は罪をつぐなっている。 ・了海の悔恨の念の深さとその後
・村人の命を助けようとして自分の命を の謙虚さに、実之助の揺れ動い かけている人を討つことはできない。 ただろう心の葛藤を深く考える ・20年間了海もつらかっただろう。 ような時間を確保する。
・了海も弱い心を乗り越えて目標を達成 ・役割演技で語らせていく指導法 したことで、父もきっと許すだろう。 も可能。
終末 (3) 人間には敵討ちのために相手を殺そうと ・気高さは寛容と生命尊重が昇華 思っていても、生命を尊重した崇高な生 した所に気高く生きる姿として き方に触れることで相手をゆるし、より 現れる点に気付くようにする。
よく生きようとする点をまとめるとする。
(5) 本時の児童の発言から(「授業記録」より)
実際に授業を実施したあと、この授業をふりかえった。特に中心的な発問となった部分に ついて、逐語録の形で、教師と児童の発言を整理した。この部分は、相手の命を奪うよりも 人の生き方の崇高さにふれて、仇討ちを超えた寛容な気持ちに児童が気付く場面である。
* * * * * * * * * 教師「実之助はどんな気持ちから洞窟の穴掘りを手伝ったのでしょうか」
a:早く洞窟の穴を掘らないと、了海を自分が殺す前に年老いて自然に死んでしまうから。
b:了海のことを憎んでいたばかりだったけれども、人々のためになろうと穴掘りをして いる了海が良い人に思えてきて、手伝いたくはなかったけれども手伝ってしまった。
c:早く終わらせて、了海を討ち取りたい。
d:村人のためにがんばっている了海を手伝いたい。
e:仇を早くとりたい。
f:了海ががんばっているのを見て、自分が了海を殺す前にできることは手伝おうと思っ たから。
93 g:一日でも早くかたきを討つため。
h:早く穴が向こう側へと通って、了海を討てるようにするために自分も手伝った。
i:洞窟を掘ったあとに了海を討てるだろうかと悩みながらも、了海が死んでしまう前 に早く穴を掘りたかった。
j:早く殺したい、でも殺していいのだろうかという思いがわきあがってきた。でも、
よく分からないから、まずは穴を掘っている間に考えよう。
k:父の仇とはいえ、僕も一緒に手伝い、村人のためになりたいなあ。でも父の仇は忘れ られない。しかし、完成させてから了海を討てるか分からないなあ。
l:洞窟の穴掘りを完成するのをただ待っているよりも、手伝った方が早くかたき討ちが できるから。
m:早く、この年老いた了海のねがいをかなえてやりたい。
n:早く洞窟を掘り終えれば、了海の夢と自分の夢が同時に達成できて一石二鳥だから。
o:早く父の仇を討ちたいという気持ちから、みんなで一つの事を成し遂げたいと いう気持ちへ変化したから。
p:穴が開くのを待っているよりは、手伝ってしまえば了海を早く討てると思った。
q:もっと悪い奴だったら今でもすぐに殺せるのになあ。
r:こんなにみんなのためにがんばっている人がなぜ父を殺せたのだ。
s:父の仇だが、長い年月をかけて洞窟を掘っているのを見て、了海の願いをかなえたい と思うようになった。
t:「怒り」+「優しさ」⇒? だからとりあえず手伝う。
u:この了海が本当に殺人をおかしたのだろうかと思った。
v:了海が一生懸命に洞窟を掘っているのを見て、憎んだ気持ちを忘れて同情したから。
w:夜みんなが寝ている間も掘っていて、一人で頑張っている姿に感動したから。
x:了海を見て、自分も人のためになることをやろうと思ったから。
y:命を助けようとした了海に感心して洞窟ができてからにしようと思った。
(6) 授業をふりかえって
ねらいの前半である「人の過ちを許すことの難しさと大切さに気付き、広い心で相手を受 け入れようとする心情を育てる。」については、実之助の気持ちにそって、父親の敵討ちに はるばる耶馬渓まで来てそこで敵の了海を討たずに赦すことが簡単にはできないという思 いに気付いたことが、上記の中心発問に対する児童の発言(a~l)から分かる。しかしな がら、悩んだ末にでも広い心をもって相手を受け入れようとする心情が高まってきている ことも、同じ中心発問の児童の発言(m~u)で分かる。
ここで注目されることは、児童の発言が友達の発言を受けて次第に「a~l」が「m~u」
のように、時系列とともに「悩み」から「広い心で受け入れる」という心情に変化してきて いることである。