第 7 章 寛容を基盤においた生命尊重の教育についての
第 3 節 「寛容」と「生命尊重」の道徳的価値に関する児童の意識調査
1 「寛容」に関する意識調査
さて、この研究の前提として 2 年間(2009-10)にわたり、当時の勤務校 6 年生の児童 215名にアンケート*3を実施した。(アンケートの内容は、図26参照)アンケートは、検証 授業を行う前の段階として4月に実施した。また検証授業を終了した後の段階として、7月 に実施した。アンケートのねらいは、「ゆるす」という寛容さと「命を大切にする」という 生命尊重の道徳的価値のあいだに関連性があることを確かめることである。なお、児童に対 するアンケートでは、あえて「赦す」という言葉を用いなかった。「ゆるす」と示し、その 言葉の意味は児童一人ひとりの感じ方の違いを大事にした。
次に、結果の中から特に注目したい点は以下のことである。(図27,図29参照)
自分の家族を事故でなくしたという非常に悲しい場面を想像してなのか、ゆるせないと した項目の合計が 300 以上に及ぶ。ところが、前掲の①の自分の家族を事故でなくしても
「許せる」として○をつけた者が13人いる。これはどういうことなのかを確かめる必要が あると考えた。そして、この13人にはアンケート後に直接面接をして確認した。
「なぜ家族をなくしてもゆるせるのか」と、あらためて尋ねると13名のすべてが、「家族 をなくした事故は人災ではなく、地震や津波のような天災を想定していた」ということが確 認できた。
当然に小学校高学年の児童には生命を大切にする気持ちがある程度育っている。ところ が、この大切な生命を天災という不条理にも失ってしまうことが「赦せない」としている。
生命にかかわることが、児童の判断基準になっていると考えられるのは、上記の4つの選択 肢のうち①と②。③~⑤は自分の心をこめたものである。②は育てているチューリップ。③ は、大切にしている本。④は、自分が描きあげた絵画。
これはどれも同じようだが、②をゆるせない人が多いのは、チューリップという美しい花 を咲かせようと生きている植物だからだととらえられる
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次の質問に答えてください。 6年 組 氏名( ) 質問1 つぎの場合、自分の中で「ゆるせる」と思うのはどれですか。「ゆるせる」と思うものすべてに○をつけてくだ さい。
① ( ) 給食を食べていて、自分で失敗してミートソースをワイシャツやブラウスにこぼした。
② ( ) 宿題をやろうと思ったら、学校に宿題の問題集を忘れてしまった。
③ ( ) 友達と話をしていたら、ふざけて押されてしまい、ころんだ。
④ ( ) ノートにていねいに書こうとしたら隣の席の人が机をゆらして、自分の字がうまく書けなかった。
⑤ ( ) 自分が大切に育てていたチューリップの球根の芽が、誰かにぬかれていた。
⑥ ( ) 自分の作品の絵に、小さいけれども落書きをされていた。
⑦ ( ) ペットと散歩中に、うしろから車にクラクションを鳴らされた。
⑧ ( ) 自分の大切な人形をあやまって落としてこわした。
⑨ ( ) 自分の大切にしている本を貸したら、友達がなくしてしまった。
⑩ ( ) 自分の家族を事故でなくした。
質問2 つぎの質問に答えてください。
① いのちは大切なものだと思いますか。 YES( ) NO( ) 分からない( )
② ①でYESと答えた人にたずねます。 どうしてそう思いますか。
図26 「ゆるす」という寛容さと生命尊重に関するアンケート(2009-2010)
〔質問1〕 つぎの場合、自分の中で「ゆるせる」と思うものはどれですか。「ゆるせ る」と思うものすべてに○をつけなさい。
この質問に対して、「ゆるせると思わない」(○のつかなかった選択肢)ものは、最下位 から次の通りである。
1位 自分の家族を事故でなくした 13人(6%)
2位 自分が大切に育てていたチューリップの球根の芽が、
誰かにぬかれていた 68人
(32%)
3位 自分の大切にしている本を貸したら、友達がなくしてしまった 79人(37%) 4位 自分の作品の絵に、小さいけれども落書きがされていた 90人(42%) 5位 自分の大切な人形をあやまって落としてこわした 127人(58%)
図27 「ゆるせると思えない項目」1~5位
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〔質問1〕 つぎの場合、自分の中で「ゆるせる」と思うものはどれですか。「ゆるせ る」と思うものすべてに○をつけなさい。
この質問に対して、「ゆるせると思う」ものに○をつけた上位5つは次のとおりである。
1位 給食のミートソースをワイシャツにこぼした 176人(82%) 2位 友達と話をしていたら、ふざけて押されてしまいころんだ 161人(75%) 3位 ノートを丁寧に書こうとしたら、
隣の人が机をゆらしうまく書けなかった 159人(74%) 4位 ペットと散歩中にうしろからクラクションを鳴らされた 154人(72%) 5位 宿題をやろうと思ったら学校に問題集を忘れてしまった 131人(61%)
図28 「ゆるせると思える項目」上位1~5位
この意識調査の結果から、次のようなことが考察できる。
第一に、ゆるせる数の最も少ない項目は、とびぬけて家族の生命に関する①である。また 次にゆるせる数の少ないものは、「生命のある植物をぬいてしまう」という項目の②である。
10の項目のうち、生命が喪失する項目には、この2つのみが該当する。ゆえに、「ゆるせな い」ものは、命に関わることが多い。児童は、自分の大切なものを命にかかわる度合いによ ってゆるせるかどうかの基準にして判断しているようである。
次に、自分のあやまちはゆるせるが、他者によって被害が自らに及ぶ場合はゆるせないこ とが多いようである。自分自身の問題なのか、他者とのかかわりのなかで起こった問題なの かの違いで、「ゆるせる」基準が異なることが明らかになってきた。
2 「生命尊重」に関する意識調査
2つの道徳的価値のうち、アンケートの後半は「生命尊重」の価値について、記述式の回 答を含めて調査をした。結果は次のとおりである(図29を参照)。
なお、記述式の回答については、主な代表的な回答のみを紹介する。
〔設問2〕 いのちは大切なものだと思いますか。
YES 207人 NO7人 分からない1人
・言葉では表せないほど大切である ・命がないと生きていけないから
・人に一つしかないし、なくなったら人生が終わる ・命は一つしかなく。失ったらもうリセットがきかない。
・一つしかないから ・ないと生きられない
・二度とかえってこないから ・命がないと終わる
・一人ひとつだから ・死んだら終わり
・人は死ぬようにできている。 ・世界で一つしかないから
・生きている間は思いきり生きた方がよいから。
図29 「生命尊重」の関する回答
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もちろん、YESと答えた207人のなかに、設問1で自分の家族をなくしたことをゆるせな いとする202人は、すべてこの207名に含まれている。注目すべき点は、家族が事故にあっ て亡くなったことを「ゆるせる」とした13 人である(図30 参照)。それは、なぜなのか。
ところが彼ら13人に共通のことが、設問2で分かった。それは13人とも「いのちは大切 なもの」に対して「YES」と回答している。13人が命を大切と考える理由は上記のとおりで ある。個々に13人に調査後に会って尋ねてみた。すると、もしも家族を事故でなくしても、
自分だけ生き残ってしまう。ゆるせるとかゆるせないよりも、一生懸命生きていかなくては と思うからと答えている児童が多い。つまり、事故の加害者ではなくて自分自身が今後どの ように生きていくかに目を向けている。命の大切さに対して軽く見ているから、家族の命が なくなってもゆるせるとしたという論理にはあてはまらない。
「ゆるす」という寛容さと生命尊重に関する アンケート (2009-2010) 合計215人
いのちは大切なものだと思うか
YES NO
自分の家族を事故で 亡くした
ゆるせない 207人 7人
ゆるせる 13人 0人
図30 「ゆるす」と「生命尊重」のクロス集計結果
3 意識調査と授業の仮説検証との関連
2009年および2010年の4月に意識調査をした児童は、当時の6年生で、道徳授業でこ れまで述べてきた仮説検証の授業を実施していない児童である。彼らに対して予備知識も 何の前提もない中で実施した調査だった。調査のねらいは、「ゆるす」という寛容さと「命 を大切にする」という生命尊重の道徳的価値のあいだに、児童にとっては関連性があるかど うかを確かめることだった。
調査結果の考察として特徴的なことは以下の点である。
・児童の「ゆるせない」ものは、命に関わることが多いこと。
・児童は、ゆるせるかどうかの判断基準として、自他の命にかかわる度合いによっている。
・自分のあやまちはゆるせるが、他者によって被害が自らに及ぶことはゆるせないことが多 い。自身の問題なのか他者との関連で起こった問題なのかで「ゆるせる」判断が異なる。
ここから、「寛容」を基盤とした生命尊重の道徳授業を実施する明らかにために、上記の 調査結果が参考となり、「寛容」と「生命尊重」の関係性があることが明らかになった。
また、自分のことなのかもしくは他者のことなのかで、判断基準が全くことなる点につい ては、「寛容」についてその「赦すかどうか」の判断基準に、他者をゆるせる自分がいるか どうかが問題になってくることが明らかになった。
この2 点を6 年生の児童の研究に関わる大前提としてとらえ、授業によって児童の寛容 を基盤とした生命尊重の価値観が高まっていくことを検証するために、その方法となる道 徳授業を計画・立案、実施、見直しした。なお、これらの児童のうち、2年目の108名の6 年生については、4月の調査後に、仮説検証のための道徳授業を終えたあとの7月にも同じ