本
」 の 表 象 は 錯 綜 を 極 め て い く こ と に な る
。 だ が
、 連 載 当 初 に 構 想 さ れ て い た
「 日 本
」 に こ そ そ の 後 の
「 い か が わ し い
〈 日 本
〉」 を 解 読 す る 手 掛 か り が あ り
、 こ こ に
「 旅 愁
」を 一 九 三 七 年 の 時 空 間 に 引 き 戻 す こ と の 意 義 が 掬 い 上 げ ら れ な け れ ば な ら な い
1 5
。 六
節 お わ り に か
つ て 廣 松 渉
1 6
は「 日 本 へ の 回 帰 と い わ れ る も の の 多 く が
、実 は 回 帰 で も な ん で も な く て
、 近 代 主 義 か ら の 単 な る 横 す べ り に よ う に 思 え な く も な い
」 と 述 べ
、「 日 本 的 な る も の と は 何 か
」を 問 う の で は な く そ の 問 い 自 体 を 問 い な お す こ と の 有 効 性 を 問 題 と し て い た が
、 横 光 こ そ「 日 本 的 な も の
」の 同 時 代 に お い て そ れ を も っ と も 自 覚 し て い た 一 人 だ っ た の で は な い か
。 横 光 の 言 う
「 日 本
」と は
、 二
・ 二 六 事 件 以 降 の フ ァ シ ズ ム 化 に と も な っ て 見 出 さ れ た 日 本 と は 対 置 さ れ る も の と し て 書 き 出 さ れ た
。そ れ は
、同 時 代 に 見 ら れ る よ う な 万 葉 や 記 紀
( 古 典
)、 明 治
( 歴 史
) な ど と い っ た 対 象 と し て の 日 本 を 持 た ず
、 そ う し た 種 々 の シ ニ フ ィ エ を 生 産 す る 認 識 の 形 式 的 体 系( 認 識 そ の も の
)と し て の「 日 本
」 で あ る こ と に よ っ て
、同 時 代 の ロ マ ン 主 義 的 思 潮 に 対 し て も そ の 形 式 自 体 を 反 問 さ せ る よ う な 命 題 を 突 き つ け て い た の で あ る
。そ こ で 問 わ れ て い る
「 先 験
」自 体 が 歴 史 的 だ と い う 指 摘 は 容 易 だ ろ う が
、 そ の よ う に 問 わ ざ る を え な い ア ポ リ ア こ そ が
「 日 本 的 な も の
」 の 現 代 性( モ ダ ニ テ ィ) に 対 す る 一 つ の 回 答 で あ っ た こ と に 重 要 な 意 義 が あ る
。 そ し て そ の 共 有 し 得 な い 認 識
= 民 族 の 一 致 が 互 い に 生 み 出 す「 断 層
」を 描 出 し な が ら
、危 機 の ヨ ー ロ ッ パ を 舞 台 と し て「 日 本
」を 仮 構 す る 一 人 の 日 本 人 の 造 形 か ら そ の ア ポ リ ア の 彼 方 を 見 据 え よ う と す る
―
「 日 本 的 な も の」を め ぐ る 一 九 三 七 年 に 内 省 を 齎 し う る こ の よ う な 虚 構 の 実 践 こ そ が
、 横 光 が「 旅 愁
」に お い て 試 み た 日 中 戦 争 前 夜 の 日 本 に 対 す る「 血 戦
」1 7
だ っ た の で は な い だ ろ う か
。
注
1
河 田 和 子『 戦 時 下 の 文 学 と〈 日 本 的 な も の
〉
―
横 光 利 一 と 保 田 與 重 郎
―
』、 花 書 院
、 二
〇
〇 九 年 三 月
2
河 田 和 子 が 前 掲 著 書 の 巻 末 に 当 時 の「 日 本 的 な も の
」の 文 献 を 列 挙 さ れ て い る の で 参 照 さ れ た い
。
3
宮 本 百 合 子 も「 文 学 に お け る 日 本 的 な も の の 主 観 的 な 横 溢 の 流 行 は
、フ ラ ン ス か ら 帰 朝 し て そ の 第 一 作『 厨 房 日 記
』を 発 表 し た 横 光 氏 の 作 品 が 拍 車 と な つ て 作 用 し た
」 と 見 て い た
(「 今 日 文 学 の 展 望
」、
『 発 達 史 日 本 講 座 第 一
〇 巻 現 代 研 究
』 三 笠 書 房
、 一 九 三 七
95
年 一 二 月
)。
4
こ の 改 稿 過 程 の 詳 細
、お よ び 日 中 戦 争 下 の 文 脈 に お い て ど の よ う な 意 義 を も つ か に つ い て は
、 本 論 第 三 部 第 一 章 で 検 討 し て い る
。
5
桶 谷 秀 昭 は 朔 太 郎 と 保 田 に つ い て
、「 ふ た ま は り も 年 齢 の ち が ふ
、 生 れ た 風 土 も ち が ふ 二 人 の 文 学 者 が 共 有 し た 意 識 は
、 近 代 日 本 に た い す る 浪 曼 的 反 抗 で あ る
」 と 指 摘 す る
(「 浪 曼 的 反 抗
―
萩 原 朔 太 郎
『 日 本 へ の 回 帰
』」
、『 解 釈 と 鑑 賞
』、 二
〇
〇 二 年 八 月
)。
6
二
・ 二 六 事 件 と ス ペ イ ン 内 戦 と の 同 時 代 性 に 着 目 し た 論 に
、小 田 桐 弘 子『 横 光 利 一
―
比 較 文 化 的 研 究
―
』( 南 窓 社
、 二
〇
〇
〇 年 四 月
) が あ る
。
7
中 島 健 蔵
「 人 間 横 光 利 一
」、
『 文 芸 横 光 利 一 読 本
』 一 九 五 五 年 五 月
8
舘 下 徹 志
「 横 光 利 一
『 旅 愁
』 に お け る 現 代 性( モ ダ ニ テ ィ) と し て の
〈 非 合 理
〉
―
他 者 化 と い う 方 法 の 互 換 性
―
」、
『 横 光 利 一 研 究
』、 二
〇 一 一 年 三 月
9
松 本 道 介 も 日 本 浪 曼 派 と 横 光 と の 差 異 を 析 出 し
、「 回 帰 が い か に 困 難 に 見 え よ う と も
、 む し ろ そ の 困 難 故 に 激 し い 憧 憬 に つ つ ま れ て
、帰 る べ き「 日 本
」 な る 観 念 は
「 日 本 浪 曼 派
」の 人 た ち の 心 情 の 中 に 確 か に 存 在 し
」、
「 横 光 の 場 合 の や う に
、 回 帰 す べ き 日 本 を 探 し あ ぐ ね て
、「 落 ち つ く 土 も な い
、 漂 ふ 人 の 旅 の 愁 ひ の 増 す ば か り
」 と 云 ふ 言 葉 の と び 出 す や う な 感 傷 的 な 気 分 は
、「 日 本 浪 曼 派
」 の 人 た ち に は 無 縁 だ つ た ら う
」 と 述 べ て い る
(「 日 本 回 帰 の 内 実
―
横 光 と 三 島 の 場 合
―
」、
『 新 潮
』、 一 九 七 三 年 一 二 月
)。
1 0
山 本 亮 介
『 横 光 利 一 と 小 説 の 論 理
』、 笠 間 書 院
、 二
〇
〇 八 年 二 月
1 1
石 田 仁 志「
『 旅 愁
』の 身 体 表 象
―
パ リ の 中 の「 匂 ひ
」」
、『 解 釈 と 鑑 賞
』、 二
〇 一
〇 年 六 月
1 2
日 置 俊 次 は
「 西 洋 的
( と 思 わ れ て い る
) 思 想 や 芸 術 に 幻 惑 さ れ る 日 本 の 知 識 人 を 開 放 し て く れ る 可 能 性
、 あ る い は
、 西 洋 と 日 本 と
、 ど ち ら が 優 れ て い る か と い う よ う な 単 純 な 二 項 対 立 を く ぐ り ぬ け て い く 可 能 性 を 秘 め た 世 界 と し て
、 俳 句 に 期 待 す る も の が あ っ た の で は な い か
」 と 考 察 す る
(「 横 光 利 一 試 論
―
「 旅 愁
」 に お け る 俳 句
―
」、
『 東 京 医 科 歯 科 大 学 教 養 学 部 研 究 紀 要
』、 二
〇
〇 一 年 三 月
)。
1 3
中 村 三 春
『 修 辞 的 モ ダ ニ ズ ム
』、 ひ つ じ 書 房
、 二
〇
〇 六 年 五 月
1 4
田 口 律 男
「 い か が わ し い
『 旅 愁
』 の
〈 日 本
〉」
、『 早 稲 田 文 学
』、 一 九 九 九 年 一 一 月
1 5
福 田 和 也 は「 虚 無 で あ る 日 本 に
、「 伊 勢 の 大 鳥 居
」や
「 言 霊
」、
「 幣 帛
」そ し て「 古 神 道
」 と い っ た 内 容 物 を 注 ぎ 込 ん だ
」 と 評 し て い た が
(『 日 本 の 家 郷
』、 新 潮 社
、 一 九 九 三 年 二 月
)、 本 稿 で の 考 察 か ら 古 神 道 も ま た 形 式 論 的 な 問 い で あ る こ と
、す な わ ち 認 識 論 的 な 命 題 と し て 再 検 討 し な け れ ば な ら な い だ ろ う
。
1 6
廣 松 渉
「 そ の さ ま ざ ま な 試 み に つ い て
」、
『 全 集 現 代 文 学 の 発 見 第 11 巻 日 本 的 な る も の を め ぐ っ て
』、 学 芸 書 林
、 一 九 六 八 年 一 二 月
1 7
『 書 方 草 紙
』( 白 水 社
、 一 九 三 六 年 一 一 月
) の
「 序
」 で
、 横 光 は
、「 国 語 と の 不 逞 極 る
96
血 戦 時 代
」 か ら
「 国 語 へ の 服 従 時 代
」 へ
、 と い う 言 葉 で 自 身 の 文 学 活 動 を 説 明 し て い る
。 本 稿 で 考 察 し た「 日 本 的 な も の
」 に 対 す る 認 識 論 的 な 発 想 も
、こ の よ う な「 国 語
」 に 対 す る 意 識 に 見 ら れ る よ う な ナ シ ョ ナ ル な 意 味 で の
「 日 本
」 を 言 語 形 式 に お い て 問 う 姿 勢 の 延 長 に あ る と 考 え ら れ る
。