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日本語学習者におけるテイナイ形の習得メカニズム

ドキュメント内 目 次 第一部 序論(問題の所在) (ページ 159-163)

第 9 章 学習者のテイナイ形に関する意識

第三部 総論(日本語教育への提言)

10.2 総合的考察

10.2.2 日本語学習者におけるテイナイ形の習得メカニズム

本研究の最も重要な課題は「学習者におけるテイナイ形の習得メカニズムを究明す る」ことである。そのためには多様な方法を用いて、異なる視点から調査を行ってい る。

Ⅰ テイナイ形とナカッタ形の使い分け

まず、第4章では、「シタ?」の否定回答として、テイナイ形とナカッタ形の区別の 習得状況を考察した。具体的には先行研究に基づいて、「シタ?」に対する否定回答の ナカッタ形とテイナイ形の意味用法を「ナカッタ」、「(まだ)テイナイ」と「(*まだ)

テイナイ」の3種類に規定した。その上で、中国語を母語とする中上級のJFL学習者83 名を対象に、会話完成テストを行ったところ、以下の4点が明らかになった。

(4) 3 種類の回答の難易度は、容易なほうから順に、ナカッタ形>「(まだ)テイ ナイ」>「(*まだ)テイナイ」になっている。この難易度は学年を問わず共通 している。

(5) 「ナカッタ」と「(まだ)テイナイ」の選択は学年が上がるにつれて、習得が 進む傾向を示すが、「(*まだ)テイナイ」の選択は学年が上がっても習得が進 まない。

(6) 「ナカッタ」を使用すべきところに「ナイ」で回答する、「(まだ)テイナイ」

を使用すべきところに「ナカッタ」と「ナイ」で回答する、「(*まだ)テイナ イ」で使用すべきところに「ナイ」と「ナカッタ」で回答するという代用の現 象が多く見られた。特に「(*まだ)テイナイ」項目において、「ナカッタ」の 選択率が著しく高い。

(7) 教科書の扱い方の単純化は学習者の習得に影響する可能性がある。

この調査は日常会話で頻繁に使われる「シタ?」に注目し、その否定回答が学習者 にどのように使い分けられているかを分析した。もちろん、調査は対象者、方法およ び調査の内容が限定されていたため、学習者習得のメカニズムを明らかにするにはま だ検討の余地があるが、学習者にとって、テイナイ形の習得が困難であることと、現 行の教科書に改善すべき点が多いことは結果から確認でき、これ以降の習得研究に重 要なヒントを提示することができた。

Ⅱ アスペクト仮説の検証

次に、第 5 章では、アスペクト習得研究において普遍的であると言われている「ア スペクト仮説」がテイナイ形の習得に一致するかどうかを学習者作文コーパスを用い て検証を行った。具体的には、アスペクト仮説の理論をテイナイ形の習得と結びつけ、

以下の 3 つの仮説を立てて検証を行った。

仮説 1 活動動詞はまずテイナイ形に用いられ、他の動詞タイプへと使用が広がって いく。

仮説 2「動作の持続」を否定するテイナイ形は「結果の状態」を否定するテイナイ形 より先に習得される。

仮説 3 活動動詞は「動作の持続」と結びつきやすく、両者の組み合わせの使用頻度が 最も高い。

検証の結果、以下のようなことが明らかになった。

(8) テイナイ形に用いられる動詞の習得順序について、到達動詞が先にテイナイ形 に用いられ、次第に他の動詞タイプへ使用が広がっていく。

(9) 「動作の持続」と「結果の状態」の習得順序について、「結果の状態」を否定 するテイナイ形は「動作の持続」を否定するテイナイ形より先に習得される。

また、「未完了」という用法も「結果の状態」とともに、早い段階で習得され る。

(10) 活動動詞は「動作の持続」と最も結びつきやすいが、使用頻度が「達成動詞+

結果の状態」と「達成動詞+未完了」より低い。

以上、「活動動詞は『動作の持続の否定』と最も結びつきやすい」という部分がア スペクト仮説と一致することを除いて、いずれもアスペクト仮説を支持しない結果で あった。このような結果は、学習者がテイル形と異なるメカニズムでテイナイ形を習 得する可能性を強く示唆した。ここから、アスペクト習得に関する研究は、テイル形・

テイナイ形を別々に扱うことが必要となることが主張できる。

Ⅲ テイナイ形習得の普遍性

続いて、第 6 章では、横断的な学習者コーパスと縦断的な学習者コーパス両方を用 いて、テイナイ形の諸用法の習得順序を考察した。その結果として、次のようなこと が明らかとなった。

(11) 正用の出現順序については、母語が異なった学習者はすべて、「未完了」と「状 態」の用法を先に使い始め、続いて「属性」、「反復」を使うようになる。それ に対して、「全面否定」はレベルが上がってもその使用率が増えない。

(12) 誤用の消滅順序については、学習者の母語にかかわらず「反復」、「全面否定」

の両用法に関する誤用が最も多く観察された。「全面否定」を表す場合にナイ 形とナカッタ形を使用してしまう誤用、「反復」を表す場合に、ナイ形を使用 してしまうという誤用は最も消滅しにくい誤用パターンであり、学習後期にな っても引き続き多く見られた。

(13) 中国語母語話者において、「全面否定」を表す場合に、【タコトがナイ→テイナ イ】という特徴的な誤用パターンが存在する。

以上のような結果からは、母語が異なった学習者においては、個々の母語体系が何 らかの形でテイナイ形の習得に影響を及ぼすとしても、テイナイ形の習得順序には共 通性があり、図 1 に示すような特徴が見られた。

学習初期

学習中期

学習後期

図 1 発話コーパスに見られたテイナイ形の習得順序 定形表現として「状態」と「未完了」の出現

(ナイ形とテイナイ形の混同)

「状態」、「属性」、「未完了」の多用

「全面否定」、「反復」の出現

(各用法において様々な誤用パターンの存在)

()

「状態」、「属性」、「未完了」の誤用の消滅

(「反復」においてナイ形とテイナイ形の混同)

(「全面否定」において多様な誤用の存在)

この結果を、KY コーパスでテイル形を考察した許(2004:137)に代表される先行 研究の結果と比較すると、テイナイ形とテイル形の習得の相違点を以下のようにまと めることができる。

(14) テイル形の習得においては、「結果の状態」が最も習得が困難であるのに対し て、テイナイ形の習得においては、「状態」を否定する用法が先に習得される。

(15) テイル形の習得においては、「反復」の用法が学習中期に習得されるのに対し て、テイナイ形の習得においては、「反復」を否定する用法の習得が最も困難 である

(16) テイル形の習得においては、学習レベルが上がるにつれて、誤用も消滅してい くのに対して、テイナイ形の習得においては、上級になっても特定の誤用が依 然として存在する。

これらの結果は、学習者がテイナイ形を独自のメカニズムで習得していくことを強 く示唆している。

そして、学習者の母語以外の要因も習得に関わっている可能性を示唆したため、さ らにコーパスにおける母語話者の使用も調査して、インプットが習得に影響する可能 性を指摘した。しかし、具体的に学習環境による習得の差があるかどうかはまだ明ら かになっていない。

一方、この調査で扱った学習者の発話資料の中に「進行」を使用できる文脈が少な く、また、「進行」の使用が要求される文脈においても誤用がほとんどなかったため、

「進行」の習得状況は考察できなかった。

そこで、これまでの研究で究明できなかったことを次の第 7 章で明らかにすること にした。

Ⅳ テイナイ形習得に影響する要因

第 7 章では、中国語を母語とする JFL、JSL 学習者各 35 名を対象に、四択の文法性 判断テストと文完成テストおよびフォローアップインタビューを行い、各用法の習得 の難易度を詳細に探り、習得に影響する要因を考察した。調査の結果は以下のようで ある。

(17) テイナイ形の各用法の習得の難易度については、「進行」、「状態」は習得し やすく、その次に習得しやすいのは「属性」であり、「反復」と「全面否定」

は最も習得しにくいことが分かった。なお、「未完了」は JFL 学習者にとっ て習得の困難な用法であるのに対して、JSL 学習者にとっては習得が容易 な用法であることが分かった。

(18) 学習環境の影響については、学習環境による差が見られた。6 種類全ての用 において JSL 学習者のほうが得点が高かった。学習環境の差が明確に現れた用 法は「未完了」である。JFL 学習者は十分に習得できていなかったのに対し て、JSL 学習者は日常生活のインプットを通して自然に習得が進んでいた。

そこから、少なくとも、テイナイ形の習得について、インプットやアウトプ ットの機会の多い環境での学習は、教室学習より効果的であるという可能性を 示唆している。

(19) 正答数は多少異なっているものの、理解テストと産出テスト両方で似たよ うな結果が見られた。これによって、理解と産出において、習得の難易度 の順序には違いがないということが分かった。

さらに、以上の結果に対して、学習者の中に存在する形と意味のマッピングのメカ ニズムとインプットの頻度から習得に影響する要因を分析した。

習得に影響する要因として、意味と形のマッピングのメカニズムと教室内外の インプットが考えられる。学習者にとって、「進行」は意味を形(テイナイ形)と 一対一でマッピングさせやすいため、習得が進んでいた。それに対して、「全面否 定」の意味と形(テイナイ形)が一対一で対応しにくいため、十分に習得できな いという可能性が考えられる。また、教室内外のインプットも影響して、学習者 が特定の用法や表現を定型表現として覚え、意識的に使用している可能性も考え られる。

ドキュメント内 目 次 第一部 序論(問題の所在) (ページ 159-163)