第 5 章 テイナイ形におけるアスペクト仮説の検証
5.2 先行研究
5.2.2 日本語におけるアスペクト仮説の検証
<「動作の持続」と「結果の状態」の習得の順序>
黒野
(1995)
縦断 文法性判 断テスト
初級 17 名
母語:中国語、ベンガル 語等
期間:来日 3 ヶ月―9 ヶ月
「結果の状態」の用法は、「動作の持続」
の用法より習得が困難である。 ○
Shirai&Kuron o (1998)
縦断 文法性判 断テスト
初級 17 名の JSL 学習者 母語:中国語、英語等 期間:来日 3 ケ月~9 ヶ月
テイル、テイタいずれも、「動作の持続」
より、「結果の状態」の習得が困難である。 ○
菅谷
(2003)
縦断 発話デー
タ
初級の JSL 学習者 2 名 母語:テルグ語、ロシア 語
回数:33 回、27 回 総時間:530 分、430 分
①教室習得中心の学習者には、「動作の持 続」が「結果の状態」より出現が早く、
使用頻度も高い。
②自然習得中心の学習者には、「結果の状 態」と「動作の持続」の両方が多く用 いられている。
△
Ishida (2004)
縦断 発話デー
タ
JFL 学習者 4 名 母語:英語 中国語 期間:4 週間 計 8 回
テイルの正用率では、「結果の状態」は「動
作の持続」より高い
×
小山
(2004)
横断 文法テス
ト
初級後半から中級後半 母 語 : 韓 国 語 中 国 語 その他 それぞれ 25 名
動作の持続>結果の状態という習得順序 が学習者の母語や日本語の熟達度の違い にかかわらず共通している。
○
松井
(2008)
横断 口頭産出
実験 文法テス
ト
16 名の JSL 学習者 母語:ロシア語
①「動作の持続」はロシア母語話者にと って習得が容易である。
②「結果の状態」には習得しやすいもの と、習得しにくいものがある。
③全体を比べると、「結果の状態」は「動 作の持続」より習得が困難である。
○
<「動詞タイプ+テイル形の用法」の習得の難易度>
簡・中村
(2009)
横断 ストーリ ーテリン グ実験
JFL 学習者 2 年生と 4 年 生それぞれ 35 名 母語:
中国語
日本語母語話者 35 名
①「活動動詞+動作の持続」は 2 年生と 3 年生のどちらにとっても最も習得の 易しい用法である。
②2 年生には「状態動詞+動作の持続」、
4 年生には「到達動詞+動作の持続」
という結びつきが特徴的に見られる。
○
注:○・△・×はそれぞれアスペクト仮説を支持・部分的支持・支持しないことを示す
5.2.3 先行研究のまとめと問題点
以 上 で 示 し た よ う に 、 調 査 の 結 果 が ア ス ペ ク ト 仮 説 と 反 対 で あ っ た の は Shibata(1998)と Ishida(1998)のみである。
Shibata(1998)はポルトガル語を母語とする就労者を対象に行ったインタビューを 分析し、テイル(名古屋方言のトル)には到達動詞が用いられていることを明らかに した。 Shibata はそれがアスペクト仮説とは一致しなかったと述べている。しかし、
Shibata の動詞の分類は従来の分類基準には厳密に一致しない部分があり、調査対象 者がテイル形に使用した動詞を再分類したところ、全てが活動動詞であることが指摘 されている(菅谷 2002:74)。Ishida(2004)はハワイ大学で日本語を学ぶ学習者との 会話データを分析したところ、調査期間を通じて常に「結果の状態」は「動作の持続」
より正用が多く、アスペクト仮説と一致しない結果が得られた。この結果について、
Ishida(2004)は学習者が使用した教科書では、定型表現としての「結果の状態」が先 に導入ることが影響する可能性を指摘している。
これ以外の研究は、データ種類、方法、対象者が様々であるが、アスペクト仮説と ほぼ一致している。主な結論を整理すると、アスペクト仮説に基づいたテイル形の習 得パターンに関して、以下の 3 点にまとめることができる。
① テイル形と動詞の結びつきについては、「活動動詞」が先にテイル形に使用され、
後に他の動詞タイプへ使用が広がっていく(Shibata1999、橋本 2006、塩川 2007、
簡・中村 2009、陳 2014 等)。
② テイル形(テイタ形)の用法別の習得については、「動作の持続」を表すテイル形 が 先 に 使 用 さ れ 、 後 に 「 結 果 の 状 態 」 へ 使 用 が 広 が っ て い く ( 黒 野 1995 、 Shirai&Kurono1998、菅谷 2002、小山 2004、松井 2008、簡・中村 2009 等)。
③ テイル形の習得パターンの普遍性については、「動作の持続」がテイル形のプロト タイプ用法であるため、習得の初期にそれと意味の近い活動動詞に結びつく。そ の後、徐々に他の非プロトタイプ用法と結びつくようになるというプロトタイプ 的な要因が左右していると指摘されている(橋本 2006 等)。ただし、普遍的な要 因が働く中で、学習者の母語、学習環境、文法項目の導入順序なども影響して、
習得が遅れたり、早まったり、特定の誤用パターンを示したりするという特徴的 な現象も現れている(菅谷 2002、Ishida2004、小山 2004、松井 2008、簡・中村 2009)。
以上、日本語におけるアスペクト仮説の検証は、様々な視点で盛んに行われている が、いくつかの課題はまだ残っている。詳細な課題を以下の通りにまとめる。
まず、以上の研究は全てテイル形のみに注目し、テイナイ形とテイル形の習得が同 様であることを前提として行われている。仮に、アスペクト仮説で指摘されている「動 作の持続」と活動動詞の結びつきや、「結果の状態」と到達動詞の結びつきが否定のテ イナイ形においても、肯定のテイル形と同様の習得プロセスを示せば、学習者がテイ ナイ形をテイル形と同様のものとして捉える可能性が考えられる。そこで、テイナイ 形を独自の文法項目として扱う必要性があるかどうかを明らかにするには、動詞とテ イナイ形の結びつきが普遍性の高いアスペクト仮説と同様の傾向を示すのか、あるい は異なる傾向を示すのかを検証する必要があるだろう。
次に、分析の観点については、簡・中村(2009)以外の研究は、テイル形に使用さ れる動詞タイプ別の習得か、あるいは「動作の持続」と「結果の状態」というテイル 形の用法別の習得のどちらかのみに注目している。しかし、「動詞の語彙的アスペクト が文法的アスペクトの習得にどの程度影響するか」を究明するには、このような研究 だけでは不十分である(菅谷2005)。実際に、活動動詞がテイル形と結びついても、常 に「動作の持続」の意味になるわけではなく、(3)(4)(5)のように「習慣」、「経験」
などを表すこともあるからである。同様に、状態動詞でも、テイル形に使われると、
(6)のように動作や現象が持続中であることを示すことも可能である。つまり、「動 詞+テイル形」という結びつきは、動詞タイプとテイル形両方の多義性により、意味 用法も複雑となっている。そのため、アスペクト仮説を徹底的に検証するには、動詞 タイプやテイル形のどちらかのみに注目するだけでなく、それぞれの動詞タイプを「動 作の持続」や「結果の状態」のどの用法で用いているかも調査する必要がある。
(3)今新聞を読んでいる。(動作の持続)
(4)毎日新聞を読んでいる。(習慣)
(5)その本、もう読んでいる。(経験)
(6)富士山がきれいに見えている。(動作の持続) (菅谷:2005:45)
また、データ種類や調査対象については、これまで、発話データや文法テストなど を利用した研究や、初級・中級の学習者のみを対象とした研究が多いが、学習者の習 熟度の推移や産出能力を示すためには、上級レベルの学習者の書き言葉も含む産出デ ータを考察することも求められる。