第 5 章 テイナイ形におけるアスペクト仮説の検証
5.2 先行研究
5.2.1 アスペクト仮説とは
アスペクト仮説は、語彙的アスペクトと呼ばれる動詞の意味成分が文法的アスペク トの習得にどう影響するかを論じた仮説である(菅谷 2002:72)。具体的には「動詞 はその語彙的アスペクトに近いテンス・アスペクト形態素と結びつきやすい」という ことである。アスペクト仮説の課題を整理する前に、まず、語彙的アスペクトと文法 的アスペクトについて述べる。
文法的アスペクトとはアスペクト形式(テイル、テアルなど)が動詞に付くことに よって、様々な意味を表すことである。下記の例のような「動作の持続」と「結果の 状態」が中心的な用法とされている(菅谷 2003 等)。
(1)子供たちは公園で遊んでいる。(動作の持続)
(2)子供たちはベンチに座っている。(結果の状態)
語彙的アスペクトとは、動詞自体が持つ意味特徴によって示されるものである(簡、
中村 2009:70)。語彙的アスペクトについては Vendler(1967)の理論が通説である。
Vendler(1967)は、状況が動的か静的かを示す動的性(±dynamic)、必然的な終結点が
あるかないかを示す限界性(±telic)、持続的か瞬間的かを示す瞬間性(±punctual)、
の 3 つの意味要素に基づき、動詞を状態動詞・活動動詞・達成動詞・到達動詞の 4 種 に分類している。具体的には以下のように示す。
Vendler(1967)の動詞の分類(訳語は影山 1996 による)
状態動詞(State verb):――― 動きがない状態を示すもの 活動動詞(Activity verb):~~~~ 動的かつ継続的なもの
達成動詞(Accomplishmet verb):~~~× 動的かつ継続的、それ以上先へ進めない 動作終結点があもの
到達動詞(Achievement verb): × 継続的ではなく、動的で限界性があるもの
表 1 動詞別の意味要素
状態動詞 活動動詞 達成動詞 到達動詞
動的 ― + + +
限界的 ― ― + +
瞬間的 ― ― ― +
(影山 1996、西・白井 2004 により作成)
この通説となった分類を日本語の動詞分類に当てはめると、金田一(1950)の日本 語動詞 4 分類とほぼ重ねることができる(三村 1998、橋本 2006、小山 2004)。状態動 詞は金田一の状態動詞・第四種の動詞、活動動詞は継続動詞、達成動詞は継続動詞の うち終点を持つ動詞、到達動詞は瞬間動詞に相当すると考えられる。具体的な対応関 係をまとめると、表 2 になる。
表 2 Vendler(1967)と金田一(1950)の対応関係 動詞分類
Vendler
(1967) 状態動詞 活動動詞 達成動詞 到達動 詞 金田一
(1950)
状態 動詞
第四種 の動詞
継続動詞 瞬間
終結点を持たない 終結点を持つ 動詞
具体例 ある できる
聳える 優れる
走る、歩く 遊ぶ
椅子を作る 風呂を沸かす
死ぬ 座る (三村 1998 により作成)
語彙的アスペクトがどのように文法的アスペクトの習得に影響するかということ について、具体的には、過去形を表す形態素は[+限界性][+結果性][+瞬間性]
という意味要素を有するため、[+限界性][+瞬間性]という性質を持つ到達動詞と 結びつきやすい。また、進行形を表す形態素は[+動的][-限界性]という意味要素 を有するため、[+動的][-限界性][-瞬間性]という性質を持つ活動動詞、[+動 的][+限界性][-瞬間性]という性質を持つ達成動詞と結びつきやすいということ である(橋本 2006)。日本語で言えば、到達動詞が「過去」を表すタ形と、活動動詞 が「動作の持続」を表すテイル形と結びつきやすいということになっている。
この仮説の検証は第一言語習得に端を発する。例えば Brown(1973)は、英語習得中 の幼児 3 名に対して縦断研究を行い、瞬間的で状態変化を表す動詞は過去形(ed)に 結びつきやすいと報告している。また、Bronckart&Sinclair(1976)がフランス語習得 中の幼児 74 名を対象におもちゃの動作を描写するオーラルテストを行った結果や、
Antinucci& Miler(1976)がイタリア語習得中の幼児 7 名、英語習得中の幼児 1 名の自 然発話を分析した結果でも、Brown(1973)の調査と似たパターンが得られた。さらに Bloom、Lifter& Hafitz(1976)は英語習得中の幼児 4 名の自然発話を分析し、進行形
(ing)は継続的で非完成的な動詞に、過去形(ed)は非継続的で完成的な動詞に多く 使用されていると報告している。その後、アスペクト仮説の検証は第一言語だけでな く、第二言語の習得においても試みられ、仮説と一致した結果が多く、普遍性が高い と言われている(Robinson 1990 等)。