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提言実現に向けて-アベノミクスの先にあるもの

ドキュメント内 日本ベンチャー学会制度委員会報告書 (ページ 154-162)

1.日本経済の置かれた現状

世界経済は、2008年のリーマンショックによりもたらされた大幅な景気の後退の淵から 緩やかに回復しつつある。2013年に入り米国では企業収益の回復を軸に雇用情勢に徐々に 改善が及び、中央銀行・連邦準備による資産購入プログラム=超金融緩和政策の「出口」

が議論され始めた。新興国経済は全体としてまだら模様ながら、中国経済には一定の回復 の兆しがみられる。

その中で 2012 年末の総選挙で政権復帰した自公政権の「アベノミクス」の登場により、

日本経済には新たな光が照らされることになった。金融政策の大胆な緩和を選挙で掲げた第 2 次安倍政権は積極的金融緩和論者とされる財務省出身の黒田東彦氏を日銀総裁に任命し、

同氏に率いられた日銀は2%の物価上昇目標を掲げ、大量の国債購入など新たな緩和策を推 進する。物価目標が実現されるプロセスについては今でも論争は続くが、現実の経済は円 安にも助けられ企業収益は13年後半にかけて増加し、リーマンショックのみならず東日本 大震災によって落ち込んだ日本の景気は回復傾向を鮮明にしている。金融緩和を中心とし てロケットスタートを切り、成果を上げてきている「アベノミクス」には、海外からの注 目も高い。しかし同時に経済の専門家からは危うさも指摘される。

まず、財政政策については、「第2の矢」として就任直後に補正予算を組み、公共事業に よる景気刺激という自民党の伝統手法への回帰も見られた。現在の日本経済にとっての最 大のリスクは、先進国中突出して高い水準にある累積公的債務による財政破たんリスクで ある。2014年度から実施予定の消費税率の引き上げはそのリスクを下げるものではあるが、

財政支出増加に依存する景気刺激手法はそれを相殺する動きになりかねない。賛否両論を 生むが政策意図は極めて明快である金融政策に比べ、財政政策については一貫性に欠ける との批判は免れない。

1980年代、日本を除く主要先進国は、軒並み厳しい財政赤字膨張による破たんリスクに さらされた。その中でもカナダなど財政再建に成功した国の事例が示すのは、増税の実施 だけでなく歳出の合理化、制御の強化という「両面作戦」である。歳出抑制も伝統的な個 別予算の査定の厳格化に頼る手法には限界があり、予算の総額管理、手続きの透明性の向 上、さらには財政負担の中でますます大きな度合いを占める社会保障制度の給付面を含め た抜本改革など、予算の構造的問題に政治指導層が本気で取り組まなければ破たんリスク を解消することは困難だ。

総じて財政金融による経済支援は基本的に短期的な景気落ち込みの回避には有効だ。し かし、こうしたマクロ政策は2014年以降、「弾切れ」(金融政策)あるいは「方針変更」(財 政政策)を迫られる情勢にある。

こうした中、ますます重要度を増すのが日本の中長期的な成長率のかさ上げである。短

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期的な景気刺激はともかく、中長期にわたって高めの成長を持続するためには、企業や家 計といった幅広い民間部門が持続的な成長を主導していかなければならない。民間が主役 にならない限り、日本経済の明るい展望は開けない。同時に成長のスピードを高めること は、国民の生活水準の上昇、税収増による財政安定と社会保障制度の持続可能性を高める 上で不可欠だ。

そのためには何をなすべきか。市場への新規参入を制限する不要な規制(経済的規制)を撤 廃し、市場の失敗が存在する場合は経済合理的な制度を設計する規制改革は、民間企業や 家計の選択肢を広げ、その活動範囲を拡大する。雇用形態の自由化などによる労働市場の 機能強化、金融市場による資源の効率的配分は、生産要素である人と資金を衰退部門から 成長部門へと迅速に移動させ、経済全体の成長率を高める。労働市場や金融市場の改革と ともに、企業統治の強化などにより、低収益に停滞する日本の企業部門が資源移動の駆動 力を強め、成長率かさ上げの主役を果たすことが強く期待される。

既存企業の収益性アップに加え、高成長型のベンチャーの創出は、中長期にわたる持続 的な成長を実現する上での大きなカギを握る。かつてはマイクロソフトやアップル、昨今 ではグーグル、アマゾンやフェイスブックなど、米国の産業地図は10年ごとに無名の企業 によって急速に塗り替えられてきた。

10 年後の日本経済に存在感の大きい新たな企業が加わっていなければ、成長率の引上げ は心許ない。バブル崩壊後、恒常的なデフレ症状に悩まされてきた日本経済に今必要なの は、かつてのダイナミズムを取り戻すことである。トヨタ自動車も豊田織機のスピンオフ から創始され、東芝や日立も起源は当時の先端的な技術者が起業したベンチャーであった ことを想起すれば、問題はよく指摘される日本の伝統文化ではないだろう。経済システム の問題であり、あるべき日本の「イノベーション・エコシステム」の構築に向け、各プレ ーヤーのインセンティブ上の障害を一つ一つ丁寧に除去していくことが必要だ。

先端技術に基づく高成長型ベンチャーの育成―これを既存企業の活性化と並ぶ大きな柱 とすることを「大戦略」としてこそ、真の成長戦略といえよう。こうした重点化をせず、

文書の厚さで内容をアピールする成長戦略は、何度作成しても成長率の大きな引上げには 貢献できない。

こうしたベンチャー振興の重点化は、日本経済の成長パターンの変質にも深く関わって いる。つまり、先進国段階に達した日本経済は、基本的な技術やビジネスモデルは世界で 確立された既存のものを採用し、インプットの大幅拡大(大量で急速な労働・資本投入)

によって成長する「キャッチアップ型」から、自ら独自の成長のシーズを創出して生産性 を引上げることにより成長する、「パイオニア型」にシフトしなければ、成長率を高めるこ とは望めない。その担い手こそがベンチャー企業なのである。日本がこれまでに築き上げ てきた科学技術ストックは質量ともに高水準にある。国家としてこれを大いに活用し、国 力の基、国民生活の安心の源である経済成長に今こそ政官民の総力で取り組むべきであろ う。

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2.ベンチャー振興の改革を実行するための課題

日本の経済政策の課題について見れば、「失われた 20 年」の間繰り返し、かつ多面的に 議論された結果、「何を為すべきか」は相当煮詰まってきており、安倍政権下でもそれは変 わらない。経済の専門家の間で優先順位や程度に違いはあれども、課題については大枠で のコンセンサスが存在するのである。ベンチャーの振興という課題についても、総論とし てこれに反対する人は少ない。

今や問題は、「何を為すべきか」よりも、「どうやったら実行できるか」に焦点が絞られ てきていると言える。従って、これまでにも改革の実行を阻んできた根深い要因を正面か ら検証することが不可欠だろう。

① 規制や予算により生じる既得権益と政治行政

新規参入を容易にする規制改革は、ベンチャー企業の活動範囲を拡大する。また、技術 開発の補助金制度などについても、政府との取引実績などを条件とすることなく、それを 受ける資格をより開放的な仕組みにすることで、ベンチャー企業も既存企業とのハンディ キャップを縮小できる。

しかし、なぜ規制改革や歳出抑制は難しいのか。規制や予算支出による既得権益は、特 定の既存事業者の集団に集中して(狭く深く)帰属し、現状維持を図るロビー活動など、様々 な「レントシーキング」活動に投入される。一方、改革の社会的便益は、集計すれば既得 権益を上回るが、一般国民に広く薄く帰属する。こうした構図からは、日常的な政治力の バランスとしては前者が優勢に見える。(ただし、一度国政選挙を迎えれば、改革アジェン ダは幅広い国民の支持を得て勝利につながる可能性が高いのであるが。)

「岩盤規制」といわれる現象の根本にも、規制に携わる官僚にとって、表面はともかく 実質は現状を守ることで最も確実に評価されるという人事上のインセンティブ構造がある。

同様の事情は、予算支出により生まれている既得権益集団を押えて中長期的な財政の安定 を実現する上でも存在する。

② タテ割り官僚制の弊害

国家財政の立て直しや規制改革の推進による成長の回復のためには、広範な政策課題に 亘って、国際的経験にも依拠した、質の高い政策形成が求められる。日本でそれを担うの は霞ヶ関の官僚組織であるはずだ。

成長のために官僚組織のイニシアティブが求められている典型例がイノベーション政策 である。既存産業分野の新陳代謝を加速することに加えて、日本の高い科学技術水準を経 済的ポテンシャルとして活用する新技術ベンチャーの振興に政府が本腰を入れる必要があ る。そのためには、エンジェル税制や大学の知財戦略など、従来のような個別政策のばら ばらな実施では無理である。日本ベンチャー学会を含む 3 団体の緊急提言「高付加価値型 ベンチャー企業の蔟業」においても、各分野における抜本的な新政策が求められている。

ドキュメント内 日本ベンチャー学会制度委員会報告書 (ページ 154-162)