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(ケース5)

ドキュメント内 日本ベンチャー学会制度委員会報告書 (ページ 76-89)

大学発ものづくりベンチャー イービーエム(株)~世界への挑戦~

ケース作成協力

ケースは、2012年度第6回制度委員会(9月21日、秦信行委員長)において、学会理事 一柳良雄の紹介で講演をしていただいたイービーエム(株)代表取締役朴栄光(パク・ヨンガ ン)氏のプレゼン資料及び委員会での質疑応答に基づき作成したものである。なお、当該 委員会での情報収集だけでは不足していた内容及び専門用語については、一柳・朴の 2 者 間で情報交換しながら作成した。ご協力いただいた朴栄光氏及び会社の方々に感謝いたし ます。なお、ケースは、イービーエム(株)および朴栄光氏の事業の軌道を整理したものであ り、その良否を論じたものではない。

1.イービーエム(株)の概要

イービーエムは、早稲田大学工学部・梅津光生教授の指導のもと、人工筋肉で心臓の拍 動を再現した冠動脈バイパス手術訓練装置を開発、さらに訓練結果(手術の“腕前”)を工 学的視点でシミュレートし数値化する評価ソフトも開発し、国内外の病院や医師個人に提 供している産学連携・医工連携のベンチャー企業である。

第7期(2013年7月期)の売上は約1.3億円。経常利益約500万円。社員2名、理系大 学院生アルバイト4名の他に、顧問2名に報酬を支払っている。人件費が約3,000万円。

株主構成は、朴栄光氏が 100%。大田区の工場アパートに入居している(180m2。家賃 24 万円/月)。2013年6月、福島復興事業の一環である「ふくしま医療福祉機器開発事業」に 採択。シミュレータと血流解析技術による効率的心臓外科手術トレーニングカリキュラム の世界展開を目指している。10月15日には駅ビルにて、同社の福島研究開発センター並び に、オープンユースな手術トレーニング施設 FIST(Fukushima Institute of Surgical Technologies)を開設した。

図表1 イービーエム(株)の概要(2013年12月現在)

設立年月日 2006年8月9日

社長及び従業員 朴栄光、1981年生(32歳)、従業員数2名、顧問2名

所在地 東京都大田区大森南四丁目6番15号 テクノFRONT森ヶ崎508号 事業内容 心臓の冠動脈バイパス手術訓練装置の開発・販売、手術スキルの評価サ

ービス

経営業績 売上:約1.3億円、経常利益:約500万円(2013年7月)

顧客 国内外の病院、国内外の心臓外科医、大手医療機器メーカー

75 2.朴栄光氏の起業

朴栄光氏は、東京・月島の生まれである。幼い頃から築地市場の一坪店舗が身近に存在し た。一坪店舗はいつでも活気があり、顧客の行列で賑わっていた。そうした光景を見て育 つ中で、「ビジネスで重要なのは規模ではない。高効率で独立したミニマムなシステム

(Minimum Business Unit)が重要である」という経営哲学がいつの間にか構築されてい

たという。

早稲田大学理工学部修士課程に進学後、恩師である梅津光生教授(現 早稲田大学先端 生命医科学センター(TWIns)センター長)と出会い、医療と工学を結びつける研究手法(医 工連携)を学びながら手術訓練シミュレータの開発に取り組み始めた。

そうした中で、現在の冠動脈バイパス手術訓練装置の原型となる装置を開発し、2005年、

経済産業省や文部科学省が後援するキャンパスベンチャーグランプリに応募、2006年3月 に開催された全国大会において、テクノロジー部門大賞と文部科学大臣賞を受賞、賞金100 万円を獲得する。これをキッカケに、様々なビジネスプラン・コンテストで「賞金稼ぎ」

をし、それを起業資金として、早稲田大学大学院在学中の2006年8月にイービーエム㈱を 設立した。産学連携・医工連携の学生ベンチャーの誕生である。

3.冠動脈バイパス手術訓練装置の開発

(1)我が国の心臓の冠動脈バイパス手術の現状

2003 年の胸部外科学会のアンケートによると、我が国の大学卒後 10 年以内の心臓血管 外科医の約 80%は、心臓の冠動脈バイパス手術を執刀した経験がないという。冠動脈バイ パス手術は 2 ミリほどの血管を短時間に精密に吻合する難易度の高い技術だが、訓練の機 会が少なく、若手医師は自身の技術向上がままならない。

現在の我が国の心臓血管外科医の主力は 40~50 歳が中心で、20~30 歳台の医師の経験 が特に乏しく、“外科医としての生き甲斐”を持ちづらい環境にあるそうだ。このままでは、

10年後には冠動脈バイパス手術を行える医師の数が極端に少なくなってしまう恐れがある という。

従来の冠動脈バイパス手術の訓練には、肉用のブタ心臓や 100 万円ほどの海外製シミュ レータが使用されていた。豚の心臓に関しては、準備・保管する手間や後片付け等があり、

医師が日常的に訓練を行えるという状況にはなかった。また、シミュレータに関しても、

大型かつ煩雑であり、血管の感触も実際とはほど遠い状態であった。

こうした背景を知り、朴氏は、手軽に使える訓練装置を提供することによって、若い外 科医に“外科医としての生き甲斐”を持ってもらいたいと考え、装置の開発に乗り出した。

(2)吻合手技訓練用冠動脈モデル YOUCAN と、心拍動下冠動脈バイパス手術訓練装置 BEAT

まず朴氏が開発したのは、冠動脈の拍動を再現する装置「BEAT」と、冠動脈をモデリン

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グした「YOUCAN(ようかん)」である。「BEAT」に「YOUCAN」を設置して手技訓練を 行なう。

図表2 「BEAT(写真左)」と「YOUCAN(写真右)」

「BEAT」は、特殊な形状記憶合金 Bimetal®(人工筋肉)を使用することで、非常にスム ーズかつ静かな拍動を再現する装置で、任意の拍動数、拍動パターン、振幅をダイヤルひ とつでリアルタイムに調節ができる。また、特殊なフレキシブルジョイントにより、心臓 表面に存在する全ての冠動脈の位置、姿勢を調整・再現することができる。

「YOUCAN」は、実際の冠動脈に近い感触のリアリティーさ、さらに手術手技において

重要な冠動脈の物性が充分に再現されることを重要視して開発され、高度なモデル成型技 術によって作り出されている。冠動脈の吻合練習に適した物性を再現するために、早稲田 大学において基礎実験を繰り返してデータを収集し、基礎データに基づいた工学的アプロ ーチによって開発された。「YOUCAN」は、開発当初、「見た目は羊羹(ようかん)、使えば

You can」という朴氏のシャレから名付けられた。

「YOUCAN」は消耗品であるため、ビジネス面においては、イービーエムに安定的な売

上をもたらす重要な商材となっている。

(3)開発コンセプト

イービーエムの冠動脈バイパス手術訓練装置は、「いつでも・どこでも・何度でも」、「自 宅のリビングにも置きたくなる」、「Simple but Enough」という、これまでにないコンセプ トで開発されている。前述の心臓外科医を取り巻く状況を踏まえ、心臓外科医が、好きな ときに手軽に練習を行える環境をつくりだすことが重要と朴氏は考えたからである。

「BEAT」は工具なしで分解、組み立てが簡単にでき、構成部品一式はすべて付属の A4 サイズのキャリーバッグに入るため、持ち運びも可能で、「いつでも・どこでも」吻合練習 ができる。スイッチひとつで稼働するシンプルな設計も特長で、コントローラの電源スイ ッチを入れ、スタートボタンを押すだけで拍動を始める。組立て開始から拍動させるまで

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には5分とかからないという。また、デザインにもこだわり、「いかにも手術訓練」という デザインではなく、自宅のリビングにも置けるデザインとなっている。

朴氏は航空機の操縦資格を持っているが、「Simple but Enough」というコンセプトは、

米国でのパイロット訓練の際に航空機操縦シミュレータに触れたことがきっかけになった という。安全管理において先端的な航空システムを学ぶため、自ら2006年には自家用飛行 機の操縦免許を取得し、シミュレータの設計に活用している。

朴氏が訓練で使用したシミュレータは、実にシンプルな構造で余計なものが一切ついて いない木製のものだったそうである。しかし、そのシミュレータで、操縦の基本操作は全 て学ぶことができるのだという。さらに、シンプルな構造であることが、持ち運びを可能 にしている。その木製の航空機操縦シミュレータは、持ち運んで「いつでも、どこでも」、

操縦訓練ができるものであった。航空機操縦と外科手術には、「命の現場」、という共通点 がある。責任の重い技術であるがゆえに、訓練は非常に重要となる。

こうした経験が、「YOUCAN」と「BEAT」の開発に活かされた。

(4)現場通いと信頼関係の構築

朴氏はエンジニアであって医師ではない。医師が血管を針糸で縫う感覚や開胸の際の様 子など、手術の感覚をよりリアルに再現するために、朴氏は、3千人以上の医師からアドバ イスをもらってきたという。話を聞くだけでなく、自ら米国の心臓外科の現場に飛び込み、

実際の手術を見学するなど、意欲的に現場に出向き医療の現場を体感、国内外の多くの外 科医と親交を深めた。

モノづくりの面では、大田区の町工場に教えを乞うた。大田区の町工場は世界に通用す るモノづくりの技術が集積することで知られる。イービーエムの拠点は、大学内ではなく 大田区の工場アパートに置いた。朴氏は近所の町工場に飛び込んで旋盤の使い方等を習い、

自ら旋盤を操作して試作品作りを重ねた。ここで出会った人々から、モノづくりの様々な 知恵を吸収し、製品化に必要な数多くの支援をとりつけてきたという。

(5)医工連携

「YOUCAN」「BEAT」は、医療と工学の両面の視点を持って開発されている。

例えば「YOUCAN」は、実際の血管の物性を充分に再現するため、工学的アプローチの

引っ張り試験を 2,000 回以上実施した。これにより、吻合が上手くいかない場合に血管が 破けてしまう強度を、限りなく実際の血管に近づけている。

また、吻合訓練をした後の「YOUCAN」を工業用CTで撮影し、コンピュータを用いて 血流を解析することで、手術手技の向上を確認できるシステムの開発も行なっている。

「YOUCAN」「BEAT」を用いた訓練を開始した初期段階と、100~300 回の訓練を実施し た段階では、明らかな手術手技の向上がみられるという。

同じ医師が「YOUCAN」を吻合し続けることで、手技の微細な変化を捉えることができ、

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