起業の軌跡(奇跡!?)と農業ビジネスの現状 (株)エムスクエア・ラボ
ケース作成協力
ケースは、2013年度第10回制度委員会(5月10日、秦信行委員長)において、学会事 務局長田村真理子の紹介で講演をしていただいた(株)エムスクエア・ラボ代表取締役加藤百 合子氏のプレゼン資料及び委員会での質疑応答に基づき作成したものである。なお、当該 委員会での情報収集だけでは不足していた内容及び専門用語については、田村・加藤氏の2 者間で情報交換しながら作成した。ご協力いただいた加藤百合子氏及び会社の方々に感謝 いたします。なお、ケースは、(株)エムスクエア・ラボおよび加藤百合子氏の事業の軌道を 整理したものであり、その良否を論じたものではない。
1.(株) エムスクエア・ラボの概要
エムスクエア・ラボは、「農業が楽しくて儲かる産業になること」を目標に掲げ、独自の 解析技術等を駆使して、農業ビジネスの支援事業を手掛けているベンチャー企業である。
図表1の会社概要にあるように代表取締役の加藤百合子氏が、2009年に創業し、本社は 静岡県菊川市、従業員7名、資本金500万円である(2013年5月)。
図表1 (株)エムスクエア・ラボの概要(2013年5月現在)
設立年月日 2009年10月1日
社長及び従業員 加藤百合子、1974年生(39歳)、従業員数7名 所在地 静岡県菊川市堀之内110-1
事業内容 農業事業コンサルティング、青果販売、農業情報システム開発など 資本金 500万円
顧客 農業生産者、食品メーカー、購買者、
農産物は天候などによって収穫量や品質にバラつきが生じる場合が多く、生産者と購買 者の間に入る農産物を扱う卸業界はリスクが高く、利益が少ないのが現状。そこで、農産 物を安定供給できるシステムを構築し、農業を取り巻く流通のリスクを低減することが必 要不可欠と、2012年『ベジプロバイダー』という事業を始めている。
『ベジプロバイダー』とは、エムスクエア・ラボ独自のシステムの総称で、専門知識の あるスタッフが生産者の営業マンとなって、生産者と購買者の間に立ち、現場密着型の営 業代行をはじめ、品質管理保証や生産者の育成やマーケティングなどを行っている。
生産者に対しては、要望に沿った売り先を探し、生産者のために生産管理も行ってリス クを軽減する。何度も生産現場に通いながら、農作物の成長過程など種から出荷までの管 理をトレーサビリティした情報などをもとに、生産者の思いや商品に秘められたストーリ ーなどを織り交ぜて営業を代行する。
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農家としては、加工業者に直接納入するため、市場や卸業者に支払う中間手数料が不要 という利点がある。
食品取扱業者などの購買者に対して も、信頼できる生産者を見つけ、生産現 場管理を代行する。農業の見える化を助 ける“秘密兵器”フィールドサーバ(FS) で、農作物の成長を分析し、その結果や 収穫予測といった情報をインターネッ ト上などで発信する。それによって購買 者は農家の作物の品質や生育状況、収穫 量など、インターネットを使って24時 間チェックすることが可能となる。天候 の悪化などによる急な大量の不良品や
出荷量不足が出るリスクを抑制するために、この仕組みが役立つことを狙う。
フィールドサーバの新バージョンであるAGDS2では、データ蓄積・閲覧機能に加えて、
データ積算、アラーム、日報、グラフ分析等の農業分析に必要な機能各種を搭載している。
例えば、熟練の生産者である肌でメロンと会話するというメロン生産者N氏。通称“海 パンおじさん”と言われている彼の皮膚感覚で水撒きの時間を的確に見つけるなどのメロ ン育成方法を、データで収集し分析することで誰でも可能な形にしている。このようにデ ータに裏打ちされた農業技術を次世代に継承できる方法を推進しているわけである。
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同社は、現在、実際数件の農家さんと契約を結び、データ収集を行いながらデータを蓄 積し分析を始めている。この事業は、農産物が実際に売れた段階でマージン収入となる。
さらに、異業種のバックグラウンドを持ち、かつ農業の発展に強い思いを抱く当社スタ ッフは、農業関連事業の立ち上げや、 行き詰まりを感じている農業事業、例えば、各種農 業支援イベントや農産加工品の開発や販売、 直売所の運営等の再構築を支援する事業も手 掛けている。
2.事業展開
実際に農業の業界に参入してみて未開拓な部分が多いことに気づいた加藤氏。特に農業 は、他の産業や社会との交流がなく孤立しているように感じたという。そこで、農業の情 報を発信し、他の業界との情報交換を行うことを思いつき、農業情報シェアサイト「わい ファーム」を立ち上げたのが、2009年。
情報が農業界の内外を自由に行き来するようになれば、異文化に触れ既存の農業慣習な どを変えられるのではないかと思ったからだ。
事業を軌道に乗せるのは簡単ではなかった。最初に仕事のオファーがあったのが静岡県 の受託事業。2010年に「ふじのくに農業情報ブログ発信プロジェクト」を静岡県から受託 し、「アグリグラフ・ジャパン」という情報サイトの運営管理を開始することになった。こ の県の事業をきっかけに、徐々に仕事が入ってくるようになっていった。
これまで一人で運営していた事業だが、情報システムを構築する上で、生産者である農 家の生の情報が重要であり、その情報収集を行うには人手がいる。そこで、加藤さんは緊 急雇用創出事業を通じてスタッフを 7 人雇用。スタッフは農家を丁寧に取材し、その内容 を自社サイトで発信、オリジナリティ溢れる農家の生の情報を収集して蓄積していった。
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取材をしていく内に分かってきたことは、静岡県内の農家は地域ごとに分かれていて、
それぞれの地域で交流がほとんど行われていないということだった。生産者である農家さ ん同士の情報交換が重要と常日ごろから考えていた当社は、2010年秋、農家を集めてセミ ナーと同時に懇親会を開催した。
これをきっかけに、その後も取材などで知り合った静岡県の農家さんたちが直接交流で きるイベントなどを手がけるようになっていった。
「地域ごとに隔たりがあって、受け入れらないことが多いのではないか」という心配を よそに、ほとんどの参加した県内農家さんたちにとって、同じ農産物を育てていても、地 域によって育つ土の環境や生育の仕方が違っているなど、お互いの情報交換から新しい発 見ができ効果的だった。
その後、2011年、徐々に農家のネットワークを広げ、情報発信システムの構築を手掛け ながら、農家の営業支援や青果取引の手伝いを始めていった。2011年「ふじのくにWorld
Wide Farmプロジェクト」を静岡県から請負い、一気に17 人を採用し、卸のサポート事
業を拡大していった。しかし、気がつけば「売掛金未回収」となり、2011年9月決算はマ イナス900 万円の赤字を出すという苦い経験となった。新米の経営者だった加藤さんは人 をマネージメントする難しさを痛感したという。
実は、この思いがけない苦い経験が現在のエムスクエア・ラボの事業の柱となる『ベジ プロバイダー』事業を立ち上げるきっかけとなる。失敗から何を学ぶかが大事だというこ とだろう。
同社は農家の情報を収集 しながら、それぞれの農家 から出荷した農産物を、卸 の農産物加工農家に回し、
最終的に大手メーカーに販 売する手伝いをしていた中 で、卸の加工農家が倒産し てしまった。そこで、同社 の強みである IT(情報技術) を活用して、売り手の生産 農家と買い手の加工農家や 大手食品メーカーの間に当 社が位置した上で、売り手 と買い手、相互の役割を尊 重できる信頼関係を維持で きるようなサポートを事業
にすることが当社の主要機能だという結論に至ったというわけだ。
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加工農家の倒産をきっかけに、農産物を安定供給できるシステムを構築し、農業を取り 巻く流通のリスクを低減することが必要不可欠と、2012年『ベジプロバイダー』事業を始 め今に至っている。
3.加藤百合子氏の起業
中学生の頃から、環境問題に興味があったという加藤氏。環境関連雑誌や環境白書など を読んでは、「酸性雨が降ってきたらどうなるんだろう」などと生活を取り巻く環境を考え て心配していたという。
将来は生態系関連の仕事に就きたいと考え、東京大学農学部へ進学。学部では、得意の 理系分野で、食糧危機を解決するために農業システムや農業用のロボットの研究などに没 頭する日々が続いた。大学卒業が近づくと、いつかは留学してみたいと思っていた夢をか なえるため、英国大学へ進学することを決めた。1999 年、留学先を英国に選んだのは、1 年で修士号を取得できると知ったのが理由の一つであった。
英国 Cranfield Universityで学んでいる時、植物工場を手がけてみたいとの思いを抱く ようになり、その思いを伝えると周囲の先生方から米国でNew Jersey State Univ. NASA という面白いプロジェクトの存在を教えてもらう。修士号を取得した後、すぐに米国に渡 り、米国でNASAのプロジェクトに携わるという貴重な機会も得ることができた。
NASA では宇宙ステーションに載せる植物生産機器の開発の一部に関わり、どのように すれば食糧生産がうまくできるのかなどの研究に携わっていた。NASA のプロジェクトで
はPaper Awardを受賞するほどの研究成果を挙げることになる。
2000年に帰国。日本の大手メーカーに勤務し、半導体チップ上に必要なシステムを集積 する回路の検証業務に従事するなど仕事は順調で面白かった。
しかし、26歳の時、結婚を機に静岡県へ移住、夫の親族が経営する三共製作所に入社し、
産業用機器の研究開発に従事することになった。減速機の研究などを手掛け、研究開発リ ーダーを務めたものの、2度の出産や子育てを通じて以前から関心の高かった環境問題解決 などへの意欲が再び燃焼した。
「自分のやりたいことは何か」と模索しながら、「確かに工業は社会を豊かにする仕事だ が、自分の代わりにできる人はいる。本来自分がやりたい仕事は、子供たちに直接還元で きる環境問題ではないだろうか」という結論に行きつき、幼いことから興味のあった生態 系や農業に関連した事業を立ち上げようと決心した。
起業へ向けて情報収集してみると、静岡大学で農業ビジネスを目指す人向けの講座が開 設されることを知った。第一期生として入学し、農業という産業の現状と課題に触れ、産 業用機械の研究開発事業との違いなど学ぶことは多かった。
2009年、農業を楽しくて儲かる産業にしたいと考え農業事業の未開発の部分へ参入する ため、農業シンクタンクなどを手掛ける「エムスクエア・ラボ」を設立した。強みである 理系の知識や経験を生かして、農業のイノベーションを起こしたいという思いからだった。