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第2章   「関ケ原の戦い」の授業設計

第3節  授業設計

 実践単元は,第1章で述べた本研究の立場に基づいている。すなわち,

実践単元を独立単元的に設定し,子どもが個々に「自ら学ぶ意欲や思考 力,判断力,表現力など」を生かして地域認識(関ヶ原の戦いの科学的 認識)を形成していくこと,また,そのなかで今後の歴史学習に転移す るような歴史を見る目を身につけていくことをめざしている。そして,

そのために,そこでは体験的な学習,共感と分析ができる学習を展開し たいと考える。そこで本節では,そのような手法で地域認識や歴史を見 る目を育成するために,本章第1節で述べた授業の4要素に関する筆者 の基本的な立場,第2節で述べた子どもの実態を考慮に入れて,実践単 元の授業設計を行う。そして,本節の最後には,授業設計の集大成とし ての学習指導案を提案する。

1. 実践単元の教育目標と教育内容

(1)現行学習指導要領における目標と内容

 実践単元の教育目標と教育内容を設定するにあたって,現行の学習指 導要領には実践単元に関わる目標や内容がどのように示されているかと いうことをみておくことにする。そこには,第6学年の目標と内容とし て以下のことが示されている1)。

  〈第6学年の「目標」(1)〉

国家・社会の発展に大きな働きをした先人の業績や優れた文化遺産について関 心と理解を深めるようにし,我が国の歴史や伝統を大切にする心情を育てる。

1) 文部省『小学校学習指導要領』 大蔵省印刷局 1989年 pp.33−34  なお,ここにあげた目標や内容 は,地域の歴史学習に関するもののみを抜粋したものである。

〈第6学年の「内容」(1)〉

 我が国の歴史は,大和朝廷による国家統一が行われてから,政治の中心地や 世の中の様子などによって幾つかの時期に分けられることに気付き,それぞれ の時代の歴史上の主な事象について,人物の働きや代表的な文化遺産を中心に 理解できるようにするとともに,我が国の歴史や先人の働きについて関心を深 めるようにする。

ア 身近な地域や国土に残っている遺跡や文化財などを調べて,自分たちの生  活の歴史的背景に関心をもつとともに,我が国の歴史を学ぶ意味について考  えること。

 学習指導要領に示された「目標」(1)は, 「先人の業績」や「文化遺産」

への関心と理解を深めるようにすることと, 「我が国の歴史や伝統を大 切にする心情」を育てることの2っをめざすものである。また,「内容」

(1)のアは,この目標を受けて歴史学習の導入として位置づけられたもの である。そして,そこでは,身近な地域の遺跡や文化財などの学習を通

して,歴史を初めて学ぶ子どもが歴史を身近に感じ,歴史に興味や関心 をもつようにすることが意図されている。このことは,第1章第3節で も述べたように,歴史学習の導入単元の役割を果たすものであり,有益 なことであると考える。

 しかし,その役割はそれだけではないと考える。やはり第1章第3節 で述べたように,その後の歴史学習に転移するような歴史を見る目を育 成することも重要であると考える。したがって,上の「内容」(1)のアの中

にそれにあたる記述が見られないのは疑問である。

 また,「内容」(1)のアには,子どもが調べることが示されている。これ は教師の注入のみによる教育よりも子どもの能動的な学習を重視したも のと考えられ,高く評価したいことである。しかし,子どもが調べるこ とによって獲得すると考えられる知識について全く触れられていないの はどうかと思う。そのような記述がないのは,子どもが調べる対象とな る遺跡や文化財が地域によって異なったり,その遺跡や文化財によって

そこで扱われる時代も様々なものになるからかもしれない。すなわち,

全国同一の学習指導要領であるにもかかわらず,地域によって子どもの 獲得内容(知識)が異なるものになることはよくないと判断されたのか もしれない。しかし,子どもが獲得する知識は地域によって異なるもの になったとしても,その知識によって歴史学習に対する興味・関心がさ らに高まるならば,それはそれでよいと考える。いや,むしろ,その後 の歴史学習に対する興味・関心を高めるためには,そのような知識を重 視した方がよいと考える。それは,たとえ一部分であるにしても,子ど もが自分たちの地域の歴史を認識することによって,歴史を身近に感じ ることができるようになると考えるからである。

 以上のことから,実践単元の教育目標や教育内容を設定するにあたっ ては,前節で述べた子どもの実態を考慮に入れるのはもちろんのこと,

次のことも考慮に入れたいと考える。それは,学習指導要領に示された 目標や内容を基本にしつつ,歴史を見る目を育成すること,また,地域 の歴史を認識することができるようにすることである1)。

(2)教育目標と教育内容の設定

①教育目標と教育内容の実際

 第1章以下これまでに述べてきたことを踏まえて,実践単元の教育目 標(到達目標,方向目標)2)及び指導の中心的内容(教育内容)を次ペ ージに示したように設定した。また,それを受けて授業研究の仮説をそ の後に示したように設定した。

D そのための具体的な教育内容は, 「指導の中心的内容」として次ページ以下に詳しく述べる。

2) 到達目標及び方向目標の概念は,本章第1節で述べた田中の規定に従う。

〈到達目標〉 関ヶ原の戦いを地域性との関わりで理解することができる。

〈方向目標〉 今後の歴史学習への関心を高めるとともに,歴史を見る目を身       につける。

〈指導の輔内容〉{叢叢1

〈授業研究の仮説〉

 地域の歴史的事象である関ヶ原の戦いについて,下の3点を指導の中心的内 容として指導することにより,子どもは関ヶ原の戦いを地域性との関わりで理 解して地域認識を豊かにするであろう。また,歴史を見る目を身につけていく であろう。

〈指導の一撃〉

 指導の中心的内容(教育内容)として,上の3つのことを設定したの は次の理由による。まず1つめの「西軍の計画と陣形」については,下 冷が関ヶ原の地域性(関ヶ原は周囲が山に囲まれた盆地であること。ま た,当時の関ヶ原は東西に中山道,南北に北国街道と伊勢街道が走る交 通の要所であり,人的にも物的にもその通り道として重要な地であった こと)を生かして戦略,配陣を考えたことにその理由がある。すなわち,

西軍は,周囲の山に陣を置いて盆地の中に入ってきた東軍を四方から包 み込む戦略( 袋のねずみの策 )を考えたり,交通の要所に陣を置い て人や物の動きを監視したりしていたことである。これらは,上に述べ たように関ヶ原の地域性を生かしたものであるがゆえに,地域認識を育 成する上で極めて重要なものであると考えたのである。

 次に, 「戦いの進展の様子」については,関ヶ原の戦いについて論じ たり説明する上で欠くことのできないものであると考えたからである。

すなわち,上に述べた「西軍の計画と陣形」からすれば西軍が勝利を収 めても不思議ではないし,実際の戦いでも午前中は寸寸が有利に戦って いたにもかかわらず,結果的には西軍の敗北,東軍の勝利ということで

戦いが終わったからである。下受が敗れた理由は,南宮山に布陣した毛 利秀元らが傍観して 袋のねずみの策 が破れるとともに,小早川秀秋 が東軍についたことにあると考える。中でも小早川が東軍についたこと は,それがきっかけとなって身侭が一気に敗勢にまわったという史実か

ら考えると,東軍勝利の直接的で最大の理由であると考える。したがっ て,このことを「戦いの進展の様子」のキーポイントとして扱い,当日 の戦いの流れ全体を理解することができるようにしたいと考える。

 3つめの「当時の住民の様子」を指導の中心的内容とするのは次の理 由による。それは,地域認識や歴史を見る目を育成するためには,関ヶ 原の戦いを「豊臣政権から徳川政権への橋渡し」というように,為政者 や中央の歴史を軸とした見方をするだけではなく, 「当時の住民の生活

をぶちこわしたもの」というように,民衆を軸とした見方を育てること が重要であると考えたことである。すなわち,戦いが一刻も早く終わる

ことを願って戦場から逃げていた当時の住民の立場を理解し,その角度 から関ヶ原の戦いについて考えるようにしていくことは,地域認識や歴 史を見る目を育成する上で重要なことであると考えたのである。そして,

そのことは,本章第1節で取り上げた安彦の指摘,つまり, 「自分自身 のあり方,生き方,考え方を絶えず吟味できる能力」をも育成すること につながるものであると考えた。

 さらに,これら3つに共通するものとして,子どもの実態がある。す なわち,第2節でも述べたように,子どもは関ヶ原の戦いについて詳し

く知りたい,調べたいという意欲をもっており,その内容として,戦法 や戦いの様子,東軍勝利の理由,武将の名前,当時の住民の様子などが あるということである。このような子どもの実態からみて,これまで述 べた3つのことを指導の中心的内容とするのがよいと考えたのである。