前節では,社会科教育の固有の課題である社会認識教育について,そ の基本的なあり方を論じた。それは,本研究では,地域認識を育成する ことを意図しつつも,その実践は社会科教育によるという立場で行った ものである。そこで本節では,論点を地域認識教育に絞り,その現状と 課題を明らかにする。そのために,まず学習指導要領や教科書における 地域認識教育の位置づけを探り,次に戦前戦後の郷土教育や地域認識教 育の変遷をたどる。
1. 学習指導要領や教科書における地域認識教育の位置づけ
ここでは,学習指導要領や教科書における地域認識教育の位置づけを,
本研究で行う授業の対象学年,対象領域である第6学年の歴史学習を中 心にみる。特に教科書での位置づけについては,現行の教科書を横断的 に分析したり,東京書籍社の教科書(以下「東書」と略記する)を縦断 的に分析したりすることによって探る1)。
(1)学習指導要領における地域認識教育の位置づけ
地域認識教育は,社会科の誕生と同時に学習指導要領に位置づけられ ている。例えば,昭和22年版学習指導要領では,各学年とも教材として
D 教科書の横断的分析とは,同一年度に出版された各社の教科書を比較分析することである。現行の教科 書は平成8年度から使用されており,その出版社は5社(東京書籍,大阪書籍,教育出版,光村図書,日 本文教出版)ある。一方,教科書の縦断的分析とは,ある会社から出版された歴年の教科書を比較分析す ることである。本研究で東京書籍社の教科書を分析するのは,授業実践校でその教科書を使用しているか らである。なお,本論文では,教科書における地域認識教育の位置づけを探るためにそれに類する記述を 中心に整理し,巻末に資料として収載している。また,例えば,平成8年度から使用されている教科書の 表記は,以下「平成8年度版教科書jあるいは「平成8年度版」というように略記する。
の「問題」がいくつか用意され,問題解決学習ができるようになってい る1)。このことは,社会科は「青少年の現実生活の問題を中心として,
青少年の社会的経験を広め,また深めようとするものである」2)という 考えに立脚するものであり,ここに地域における子どもの経験を学習と して発展させようとする立場,そして,地域を通して社会認識を育成し ようとする地域重視の考え方がみられる。
しかし,この学習指導要領及び昭和26年版学習指導要領の第6学年の 目標や内容は,歴史学習に関する記述が不明瞭なものであり,そこには 地域認識教育に関する記述が見られない。また,第6学年の歴史学習の 内容が明記されるようになった昭和30年版以後の学習指導要領も,しば
らくの間はそこに地域認識教育に関する記述が見られない3)。
歴史学習の内容の中にそれが見られるようになるのは,昭和52年版学 習指導要領からである。その「内容」の(1)には,身近な地域の遺跡や文化 財を取り上げることが示され,それは,平成元年版学習指導要領にも引 き継がれている。そして,そこでは,自分たちの生活の歴史的背景に関 心をもったり我が国の歴史を学ぶ意味について考えることが示されてい る4)。したがって,上のことが学習指導要領に示されたことについては,
1) 例えば第6学年では,次の8つが用意されている。 「仕事を通じて,人々はどのように協力するか」
「社会を発展させるものは何か」 「どうずれば私たちは安全な生活ができるか」 「私たちと私たちの子孫 のために,天然資源を保存するには私たちはどうすればよいか」 「上手な物の買い方には,私たちはどん な知識を必要とするか」 「工場生産はどこにどのように発達するか」 「時間の余裕を作るには,どのよう に文明の施設を使えばよいか,またその時間を有効に使うには私たちはどうすればよいか」「世界じゅう の人々が仲よくするには私たちはどうすればよいか」
2) 文部省r学習指導要領社会科編(試案)』 東京書籍 1947年 p.3 ここには,当時のアメリカ合 衆国の進歩主義的な教育観が反映していると考えられる。
3) 昭和33年版及び昭和43年版学習指導要領には,社会科の全体の目標として「郷土や国土に対する愛情」
を育てることが示されている。しかし,第6学年の歴史学習に関する目標や内容の中には,そのことにつ いての記述が見られない。
4) 昭和52年下学習指導要領には,内容(Dに「身近な地域や国土には,歴史的な遺跡その他の文化財が残っ ていることに気付かせ,自分たちの生活の歴史的背景に関心をもたせるようにする」とある。また,平成 元年版学習指導要領には,内容(1)のアに「身近な地域や国土に残っている遺跡や文化財などを調べて,自 分たちの生活の歴史的背景に関心をもつとともに,我が国の歴史を学ぶ意味について考えること」とある。
次のことがその理由であると考えられる。それは,それまでの学習指導.
要領のもとで, 「テストに追われる子」1)を生み出した「網羅的に歴史 的事項を扱う歴史学習」2)を改めるための1つの方策として,歴史学習 の導入部分に地域の歴史を取り扱うことが考えられたのではないかとい うことである。すなわち,歴史学習の導入部分で地域の歴史を取り扱う ことによって,初めて歴史を学ぶ子どもが,まずは歴史学習に関心をも つことができるようにすることが意図されたと考えるのである。
その点では,ここでは地域認識教育は意図されていないと考えられる。
しかし,地域の歴史として地域の遺跡や文化財を取り上げる以上,子ど もは必然的に地域を認識することになると考える。すなわち,ここに地 域認識教育が位置ついているのである。そして,歴史学習の導入単元で 地域の歴史を扱うことによって,学習指導要領で意図されていることだ けでなく,地域認識を育成することが重要であると考える。
(2)教科書における地域認識教育の位置づけ
①平成8年度版教科書3)の横断的分析
本研究で行う授業は,東書の中単元「わたしたちの町の歴史探検」に 基づくものであり,そこでは地域の歴史素材として関ヶ原の戦いを扱う。
そこで,ここでは①中単元名,②地域の歴史の教材・資料等,③関ヶ原 の戦いに関する記述・資料等の3点について,東書を他社の教科書(以 下「他社」と略記する)と比較する。
1) 中野光『新訂版 戦後の子ども史』 金子書房 1994年 pp.130−146
2) 野村正七・稲葉雄次他編『小学校新学習指導要領の解説と展開 社会編』 教育出版 1977年 p.17 昭粕43年版学習指導要領では,細かな史実になることを避けるため, 「内容の取り扱い」の(3)でr歴史上 の人物や物語などをじゅうぶん活用して・…」と示されていた。しかし,実際にはそれが不十分であった。
3) 平成8年度版教科書は,平成元年版学習指導要領に準拠する教科書として編集,出版された平成4年度 版教科書の第一次改訂版である。
ア 中単元名
昌昌は12の中単元で構成されている。これは,学習指導要領の第6学 年の「内容」の(1)に示された12項目に対応するものである。このことは,
他社にはほとんど見られないものであり1),早書の特徴といえよう。
また,この12の中単元のうち,具体的な人物の名前が書かれていたり それとわかる言葉を使っているものが5っある2)。これは,学習指導要 領の第6学年の「目標」の(1)に「国家・社会の発展に大きな働きをした先 人の業績」,「内容」の(1)に「人物の働き」と記されていること,さらに,
「内容の取扱い」の(Dのアに「児童の興味や関心を重視し,取り上げる人 物や文化遺産を精選して具体的に理解させる」と記されるとともに,(1)
のウに具体的に42名の人物が例示されている3)ことと関連したものと考 えられる。このことは,他社にはほとんど見られないことであり,やは
り砂書の特徴といってよいものであろう。
イ 地域の歴史の教材・資料等
東駅は, 「わたしたちの町の歴史探検」という中単元を設定し,身近 なところにある,歴史を現代に伝えるものを調べる学習が展開されるよ
うになっている。そこでは,福井県小浜市とその周辺地域の「田の神祭 り」という行事を取り上げ,地域の古老に聞いたり歴史民俗資料館で調 べるという学習方法が紹介されている。また,ほかにも, 「町に残る歴 史を伝える古いもの」の写真(貝塚,土器,古墳,国分寺,城跡,人物
1) 東書と同様なものは,日本文教出版社の教科書のみである。教育出版社の教科書も12の中単元があるが,
これは学習指導要領の12項目と対応していない。
2) 5つとは, 「聖武天皇と奈良の大仏」 「藤原道長と貴族のくらし」 「源頼朝と鎌倉武士」 「3人の武将 と全国統一」 「徳川家光と江戸幕府」である。
3) 文部省『小学校学習指導要領』 大蔵省印刷局 1989年 pp.33−36