附論2−IT 化の経済分析の事例−
1. 我が国における IT 関連の経済分析と統計データの概観 1 9
(1)IT関連の統計データの現状
IT基本法(高度情報通信ネットワーク社会形成基本法)第14条で、IT関連統計の整備がうたわ れている20。それを踏まえて総務省統計局が『IT 関連統計資料集』を編纂しているが、政府の統計 調査のみが対象であり、民間の調査や加工統計は入っていない。この資料集をみると、IT をいろ いろな側面から捉えようとしているものの、必ずしも体系的な形で調査が行われているわけではな いことがわかる。官邸のホームページにおいても、IT 関連統計のリンク集が掲載され、一部はベン チマーク集という形でデータが公表されている。したがって全体として、制約はあるが、ある程度は 使うことができるというのが現状である。
今後予定されている統計調査の中に、新たにIT 関連の調査項目を追加することが決まっている ものがある。今年の10 月に行われる予定の事業所・企業統計調査では、電子商取引に関する項 目が新たに加わる。商業統計調査でも、今年からeコマースに関する項目が追加される。ユーザー サイドでは、また今年の11 月に行われる予定の社会生活基本調査において、インターネット関係 や携帯電話、パソコンの利用状況等に関する項目が新たに追加される。
(2)これまでのIT関連経済分析の動向について
高度情報化という言葉が使われていた 1982、3 年頃、旧経済企画庁総合計画局の研究会が報 告書を出したのが IT 関連の経済分析の出発点といってよいだろう。その研究会の議論を踏まえ、
1990年に廣松・大平(1990)が産業連関表を用いたマクロ分析を行った。分析の期間は1985年ま でであり、情報産業と考えられる産業をピックアップして産業連関表を組み変えたものを使った。経 済財としての情報を直接生産するような部門を情報産業と考え、それを支援する財やサービスを提 供している産業を情報支援財産業あるいは情報支援サービス産業として分類している。
その後、産業連関表の 95 年表が公表されたタイミングで、経済企画庁経済研究所の吉川・田
丸・山口(1999)が同様の手法を用いて分析している。この研究会の石丸委員も、アメリカとの比較
18 各報告者については参考資料の「研究会の委員と開催状況」を参照されたい。
19 本資料は、平成13年7月25日の第1回研究会における廣松委員の報告を、事務局の責任に おいて本報告書の附論として要約・再編集したものである。報告時の内容とは若干異なる場合もあ る。
20 「(統計等の作成及び公表)第十四条 政府は、高度情報通信ネットワーク社会に関する統計そ の他の高度情報通信ネットワーク社会の形成に資する資料を作成し、インターネットの利用その他 適切な方法により随時公表しなければならない。
を含めて産業連関表に基づいた分析を行っている(湯川・石丸(2000))。
IT は非常に動きが速い分野なので、5 年おきに公表される産業連関表の基本表を使った分析 方法については、有効ではあるが限界があると考えている。また、マクロでの把握とは別に、IT 関 連の動き、特に投資行動は、産業レベル、さらにその中でも企業レベルでかなり差が出てくると考 えられるので、それを捉えることが大変重要である。
そうした中で、アメリカの商務省が『ディジタル・エコノミーⅠ、II、2000』を公表している。このレポ ートでも、マクロレベル、産業レベル、企業レベルの統計データを使って分析しているが、かなりの 部分はまだケース・スタディーであり、先進的とみなされている企業を取り上げて、その動きや効果 を分析しているという段階である。日本では、通産省(現経済産業省)とアンダーセン(現アクセンチ ュア)21等が日本のITに関するレポートを公表しており、産業レベルでeコマースも含めた情報産業 の規模を議論するときの基礎的なデータになっている。計算の根拠等に関しては議論があるが、ア メリカ商務省のレポートにほぼ呼応するような形で公表されているのは今のところこれだけである。
(3)情報装備率を考慮した産業レベルでの分析について
我々が今回行った分析(廣松・坪根他(1998)等)の大きな特徴は、情報装備率というものを考え、
それに基づいて資本を情報関連とその他に分けたうえ、情報装備に関してもハードウェアとソフトウ ェアにかなり大胆な仮定を使って分割した点である。基礎データとしては通産省の情報処理実態 調査等を使用している。この調査を使用した理由は、ある程度時系列的に意味のある期間がとれ、
かつ網羅的な形で行われていること、また、産業レベルのデータが利用可能ということである。ただ し、97年と98年の間で断絶があり、直近の動きに関してはうまく接合することができないので、工夫 を要する。なお、企業レベルのデータに関しては、残念ながら我々のレベルではアクセスすること が難しい状況である。
この加工済みデータを用いて付加価値生産性と情報装備率の関係について分析を行った。さら に、成長会計を用いて、1人当たりの付加価値額を1人当たりの雇用者所得、情報装備(情報ストッ ク)、情報以外の資本ストック、外的要因という形で分割して、情報装備の効果を見た。結果として は、幾つかの産業では、91年ぐらいまでのバブル期には情報装備が急激に伸び、その後は、情報 装備は引き続き拡大する一方で、情報装備の貢献は付加価値生産性にあまり効いていない。その 影響が負になってしまうような産業もある。それを少し大胆に解釈すると、90 年代に入って必ずしも 情報装備を経営に活用し切れていないのではないかと考えることもできる。
2番目の分析事例では、経営学の分野でよく使われているDEA(data envelopment analysis)を 産業ごとの効率性の比較に用いている。先ほどの事例と同じデータを使用して産業別のD効率値 を年ごとに計算し、非効率な産業に関してはさらにスラックを計算した。情報資本のスラックは、卸・
小売業では89年以降、92年を除いて存在している。金融・保険については91年以降かなり大きく 増加している。成長会計による分析結果の解釈のところで、バブルの崩壊以降、情報資本が必ず
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しも有効に使われていないのではないかと申し上げたが、ある程度それと整合的な結果になって いる。
3番目の分析事例としては、生産フロンティアを確率論的なものと決定論的なものの両方につい て計算している。成長会計やDEAの場合と同じような傾向を明確に読み取ることは難しいが、例え ば金融・保険については91年以降、効率値が徐々に下がりつつあるというような点が読み取れる。
以上のほか、篠崎(1998、1999 等)が我が国の情報資本ストック系列を独自に推計し、日米両国 における情報資本ストックと労働生産性との関係を分析している。アメリカでは、Brynjolfsson(1994、
1998等)が企業レベルのデータを用いた一連の分析により、生産性パラドックスは企業レベルでは 見られないこと、IT化の効果は組織や人材等の要因に左右されること等を示している。最後の点は 今後の研究の方向性とも絡んで非常に重要である。また、これらの研究を見てもわかるように、日 本ではマクロ、ミクロの両面でデータが不足している。この研究会の委員の中にも独自の分析を行 っている方がおられるので、今後報告していただきながら、今後の分析手法、データ整備の方向性 について議論していきたい。
研究会では、以上の報告および今後の研究会の検討事項に関して、次のような議論があった。
・ IT 関連の経済分析、データ整備の今後の方向については、新しいテーマ、手法を含めてでき るだけ広く検討すべきである。従来からの生産関数の議論にとらわれず、クリティカル・マス、ス ーパー・モジュラリティ、アカウンティング、著作権等いろいろな問題を考えるのがよい。
・ 分析対象として特に重要なものはネットワーク外部性、インターネットの外部経済効果ではない か。また、ネットワークについて考える場合でも、資本ストックの量よりも実際にどのくらい利用さ れているかを考慮することが重要だろう。
・ 情報の生産、流通については人的な要因が重要であるが、労働関係のデータは最も弱いとこ ろである。IT 化の進展につれて労働のタスクがどう変わってきているのかがわからない。また、
職業がタスクのウェイトづけのような形で定義されていない。さらに、スキル・レベルを表すデー タがない。労働のデータが弱いと、分析面で物量的な資本ストックのデータに頼らざるを得な いことになる。
・ IT は変化の速い分野なので、時系列データがそろうのを待って分析するのでは遅いのではな いか。それよりもクロスセクション・データを使って現在時点の分析をした方がよい。
・ 電子商取引やインターネット関係のデータについては、民間の調査会社がいろいろ調査して いる。それを使うことも考えられるが、かなり値段が高い。
・ 情報処理実態調査はサンプル数が少なく、時系列的にも特異な動きをしているので、その辺 をどう調整していくのかを考える必要がある。同じ経産省のデータでも、企業活動基本調査は
2万2,000社、特定サービス産業実態調査は6,600社と、かなり母集団が大きい。これらのミク
ロデータからソフトウェアの資本ストック系列を作成する作業が研究レベルでは行われている。
また、有価証券報告書のデータを何らかの形で使えないかということも考えられる。