3. 口語体ビルマ語の指示詞
3.4. 心理的要因によると思われる派生的な用法
どの指示詞が選択されやすいのか、という点に関しては、堀口 (1992)が指摘する「対象に 対する話し手の関わりの気持しだいなのである」(ibid.: 77)という日本語の特徴がビルマ語 にも観察されるように思われる。以下でみるように、ビルマ語の場合、指示詞は単に指示す る機能だけを持つのではなく、指示対象に対する話し手の心理にも関係していると考えら れる場合がある。このような場合には、dì/ dàとʔɛ́dì/ ʔɛ́dàの対立がみられるが、hò/ hòhàは 使われない。これは現場指示、文脈指示いずれにもみられる用法である。以下、話し手の心 理的要因が指示詞の選択にどう反映しているかを観察する。
3.4.1. dì/ dàの現れ
dì/ dàの表現は、馴染みのある事物や事柄、気にかかったこと、心配していること、親し みを込めた話などを述べる場合や、自然に感情が露出した場合によくみられる。例えば、
ဒီလ န ့်ဒီလ /dì lù-nɛ̂ dì lù/「この人とこの人」というような表現では、話し手自身のことを「こ
の人」、聞き手のことも自分のことのように「この人」と指している。意味としては「私と あなた」で、「私はあなたをよく信用している」という気持ちを表したい時によく使われる
表現の一つである。つまり、指示対象に対する話し手自身の関わりが強いと感じられる場合 の感情表現であると考えられる。
(71) ((44)‐再掲)
hmyauʔ pé-yâ-hmà-pɔ̂-kwâ. dà ʔămyód̪áyé.
flatter give-AUX-nc.IRR-FP-FP.M this national.affairs 勧めなきゃ、これは国のためだ。
(MSD2012: 19)
(72) couʔ siʔtaʔ-tʰɛ́ wìɴ-mɛ̀. dà-hmâ myàɴmà pì-mɛ̀.
[1m] military-inside enter-vs.IRR this-the.very NAME.people prefect-vs.IRR
dà-hmâ yauʔcá pì-mɛ̀.
this-the.very man prefect-vs.IRR
俺、軍隊に入る。これこそ、ビルマ人らしい。これこそ、男らしい。
(TPM1998: 140) (71)と(72)は、国のためだという愛国心が強く表されている文脈指示の例である。
3.4.2. ʔɛ́dì/ ʔɛ́dàの現れ
ʔɛ́dì/ ʔɛ́dàが用いられる要因が物理的な距離の基準では説明できない例として(73)と(74)の
ような例がある。これは指示対象に対して心理的距離があると感じられる場合、あるいは、
指示対象との間に距離を置きたいと思う場合など、指示対象に対する話し手自身の関わり が強いと感じられない場合である。
(73) kʰɛʔ-tà-p̬ɛ́-nɔ̀. màuɴcɔ̀-màuɴcɔ̀ lù-yó-k̬ʰălé. míɴ bà-hmâ difficult-nc.RLS-FOC-FP NAME.person- NAME.person person-honest-DIM [2m] what-even mă-t̪î-p̬ʰú. ʔɛ́dà míɴ t̪á-ʔăsiʔ mă-houʔ-pʰú…
not-know-vs.NEG that2 [2m] son-pure not-right-vs.NEG…
困るなあ。マウン・チョー、マウン・チョー、真面目な子。君は何も知っていない。そ れは君の実の息子じゃない…
(TPM1998: 124-125)
(74) ʔɛ́dà-hmâ ŋâ t̪á-kwâ.
that2-the.very [1].OBL son-FP.M
それこそ、俺の息子だ。
(TPM1998: 146)
以上の(73)は現場指示の例であり、(74)は文脈指示の例である。(73)に、Ɂɛ́dàが用いられる のは「実の子ではない」ことを知っているからだと考えられる。そして(74)は、息子に対し ての褒め言葉にもかかわらず、Ɂɛ́dàが用いられているので、一定の距離感があるように思わ れる。
3.4.3. 心理的要因によると思われる派生的な用法のまとめ
3.4.1 と 3.4.2に取り上げた(71)∼(74)でみられるように dì/ dà とʔɛ́dì/ ʔɛ́dà の現れは、堀口
(1992: 77)による「対象に対する話し手の関わりの気持しだい」である。同じ状況の下で全
く同一の対象のことを指す場合であっても、話し手の気持ちによって表現も自然に変わる 場合がある。(75)と(76)は、同じ場面で同じ対象に対する同じ登場人物のせりふであるが、
少しの間で周囲の影響によって感情が湧き、自然に話し手による指示詞の選択が変わった 例である。
(75) ʔɛ́dà-k̬â pyaʔt̪ănà mă-houʔ-pà-p̬ʰú. ʔădîkâ ʔăyécí-t̬à-k̬â
that2-NOM problem not-right-PLT-vs.NEG main importance-nc.RLS-NOM
ʔɛ́dì kʰălé-k̬ò pé-c̬â-mɛ̂ myiʔtà nauʔpí ɡăyûnà-nɛ̂ sèdănà.
that2.DET child-ALL give-mutual-attr.IRR benevolence and.then sympathy-COM goodwill それが問題じゃない。本当に大事なのはその子に与える慈愛、そして思いやりと誠意だ。
(MSD1994: 155)
(76) “dì kʰăle-kò ʔéʔécʰáɴcʰáɴ cíbyíɴ+là-yâ-ʔáuɴ couʔ-tô taʔnàiɴ-mɛ̀
this.DET child-ACC peacefully grow+come-AUX-PURP [1m]-PL able-vs.IRR
tʰìɴ-p̬à-yɛ̂.” {tʰò-t̪̬ô pyɔ́-yíɴ t̪û yìɴ-t̬ʰɛ́-t̬wìɴ tʰîtʰîkʰaiʔkʰaiʔ pʰyiʔ+là-t̪̬ì.}
think-PLT-vs.IRR that-as say-while [2].OBL heart-inside-LOC hurt COP+come-vs.RLS
「この子がのびのびと成長できるように我々がやってあげられると思う。」 そう言って(彼の)心は苦しくなった。
(MSD1994: 155)
(75)と(76)は、大金持ちで、非常に冷たい人間だと言われている人が、何人かの近隣の人 が集まって、拾ってきた生後 6 ヶ月の幼い子を前にその子についての話をしている間に突 然話に割り込んできた場面である。この大金持ちは、大量にお金が余っているが、自分が死 にかかっていることを知っている。その一方、近所の人たちはお金がないが、その子をみん なで何とか頑張って育てようとする。そこで、死ぬ前に余っているお金をその子のために彼 らに少し譲ろうと、最初に(75)に挙げたように、その子に対してɁɛ́dìを使用したせりふを出 して彼らの話に割り込んできた。それから、その場の様子をみて、数十年前に見たことがあ る自分の子供たちのことを思い出し、心が和らぎ、(76)のように、拾ってきたその子に対し
ての表現が自然にdìに変わっている。
(77)は父親が息子を職場の上司に紹介するという場面での例である。父親は息子を近くに まで呼び、息子の肩を掴んで紹介したにもかかわらず、近称の dà ではなく、遠称②のʔɛ́dà が用いられている。物理的距離の基準からは説明し難い例である。
(77) {pʰèpʰè-k̬â cănɔ̂ păkʰóuɴ-k̬ò sʰí-ywê sʰouʔ+kàiɴ-k̬à}
father-NOM [1m].OBL shoulder-ACC toward-SEQ grasp+hold-SEQ
“ʔɛ́dà t̪á-ʔăcízóuɴ-p̬à ʔăkò-c̬í”{-hû tòtò-hyíɴhyíɴ-p̬ìɴ meiʔsʰɛʔ+pé-t̪̬ì.}
that2 son-eldest-PLT brother-AUG-QUOT short-clear-FOC introduce+give-vs.RLS
父がおれの肩を掴んで「それは長男だよ、お兄さん」と手みじかに紹介してくれた。
Ma Sandar (2012: 6)
上記の(71)~(77)の例を観察すると、近称のdì/ dàと遠称②ʔɛ́dì/ ʔɛ́dàには、それぞれ親近と 疎遠の感情的ニュアンスが含まれていると考えられる。親近感、あるいは、疎遠感といった 心理的要因がビルマ語の現場指示の用法に影響していると断言するには、更に詳しい考察 を要する。しかしながら、少なくとも、心理的な問題に深く関係していると考えなければ、
(75)と(77)の説明が難しい。参考までに、ベトナム語の指示詞については、親近感と疎遠感 に関する報告がある(安達2010)。
以上、dì/ dàは場合によって、対象に対する話し手自身の関わりが強いと感じられる場合 の感情的ニュアンスを持つ表現として用いられるのに対し、ʔɛ́dì/ ʔɛ́dà は指示対象に心理的 距離があると感じられる場合、あるいは、距離を置きたいと思う場合に用いられることがあ ると言えよう。話し言葉というのは話し手と聞き手の言語伝達に用いられる媒体であり、以 上(71)~(77)のような物理的距離の基準からは説明できない例も観察される。本論ではこのよ うな現場指示が物理的距離によらない場合を話し手の心理的な要因によるものと考えるこ とにする。