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3. リスク低減戦略

3.3 廃炉プロジェクトの着実な推進

設計したリスク低減戦略を着実に進捗させ、放射性物質によるリスクを継続的かつ速やかに下 げるという基本方針を達成するためには、廃炉プロジェクトの進捗に係るリスクを洗い出し、そ れらの重要度を分析し、重要なリスクに対して対策を講じておく必要がある。技術開発の失敗、

要員及びスペースの不足、コストの増加、安全の考え方が不確かなことによる手戻り発生等を含 めてプロジェクトリスクを広く検討していくことが重要である。

また、福島第一原子力発電所の廃炉の進捗は、避難されている地元住民の方々の帰還に深く関 わり、また軽微なトラブルや環境影響であっても風評被害等を通じて周辺地域の住民の皆様に大 きな影響を与えかねない。したがって、社会に対して廃炉プロジェクトの見通しを明確に伝える とともに、様々なリスクを地域住民の皆様と共有することは極めて重要である。

廃炉の遅延は風評被害等の社会的なリスクを継続させる要因となり、社会的なリスクへの対応 が廃炉を遅延させることもあり得る。したがって、両者を切り離すことはできない。

なお、3.1節及び3.2節では放射性物質による直接的な影響をリスクとしたが、本節では表3-1 の一般的な定義に戻って、廃炉の着実な推進に影響するリスクを広く対象とする。

3.3.1 プロジェクトリスク管理

(1) 戦略プランとプロジェクトリスク管理

燃料デブリ及び廃棄物のリスク低減を達成するためのロジック・ツリーを図3-8及び図3-9に 示す。戦略プランの大半は、これらの技術要件を成立させるための技術検討であり、各々4 章及 び5章で詳しく述べる。

燃料デブリのリスク対応を成功させるための技術要件は、いずれも容易ではないため多面的な 検討が行われている。とりわけ、炉内状況の把握、安全要求への対応及び除染等によるアクセス 性の確保は、成功のための重要な前提条件であるが、放射線量が高くPCVに近付くことも困難な 現状では、十分に達成できない可能性も考慮しておく必要がある。このようなリスク管理は燃料 デブリ取り出し工法選定においても重要であり、単一の工法を選定するだけでなく代替案も検討 しておくべきである。また、一連の廃炉作業において、機材や廃棄物の保管場所や作業エリアの 確保が重要である。一例として、処理水を含む汚染水タンクの増加はサイト内の敷地を圧迫しつ つある。

廃棄物のリスク低減を成功させるための技術要件を達成させるために、長期的な視点に立った 検討が進められている。特に、廃棄物の発生量及び性状の把握は、廃棄物のリスク低減戦略を策 定する上で重要であり、これらを成功させるためにも炉内状況の把握が不可欠である。

また、これらのリスク対応を支える研究開発の着実な推進と人材育成・確保が停滞することも 重要なプロジェクトリスクである。研究開発成功のために IRID、JAEA、大学及び研究機関等に おける基礎基盤研究から現場適用までを一元的に管理する廃炉研究開発連携会議が設置された。

JAEA は大規模な試験施設を擁しており、国内外の研究者が集結して研究開発に取り組むことが できる。人材育成・確保については、大学等を中核とした研究開発の拠点の形成が開始された。

これらについては、6章で詳しく述べる。

(2) プロジェクトリスク管理の方法

以上のように、廃炉プロジェクトの進捗に係るリスクを洗い出し、重要なリスクに対して対策 を講じておくことがプロジェクトリスク管理であり、これは正に戦略プランを通じて具体的な取 組を展開することに他ならない。以下では、より体系的にプロジェクトリスクを管理する手法の 例を示す。今後はこのような手法を参考にして、プロジェクトリスク管理を進めていく必要があ る。なお、リスク管理としては課題を克服するための検討に注力されることが多いが、期待通り の結果が得られない場合の対応の検討も重要である。

一般的なリスク管理手法としてFMEA(Failure Mode and Effects Analysis)がよく知られてい る。この手法では、プロセス又は機能ごとに、想定し得る失敗を列挙し、結果とその大きさ、失 敗の原因とその起こりやすさ、制御又は検知の方法とその実施可能性の 3つの指標について評価 を行い、それらの積をリスクの重要度とする。このうち重要度の大きいリスクに対して対策を計 画し、その結果3つの指標がどのように低減されるかを予測した上で、有効な対策を実行する。

IAEAのDRiMa7(Decommissioning Risk Management)は、廃炉を安全・着実に推進するため

のリスク管理手法を開発するために組織されたものである。FMEAと同等の手法を用いているが、

リスクを不確かさが廃炉の進捗に及ぼす影響(脅威と機会の両方)と捕える。不確かさに対して は何らかの前提を置くことになるが、その前提が成立しない可能性をリスクとする。成立しない 場合の影響が廃炉の進捗を阻む脅威であれば、その影響を最小化するようにあらかじめ対策を講 じる。一方、廃炉を進捗させる機会となる可能性があれば、前提をその方向に修正していく。こ のような対応がリスク管理であるとしている。また、過去の事例を参考にして廃炉に係るリスク 要因の一覧を作成しており、リスクがどこから生じるかを理解する上で有効である。

このようなリスク要因は、NDAのValue FrameWork8でも整理されており、プロジェクトリス クを検討する上で参考になる。Value Frameworkでは3層の階層構造に整理しており、上位層の 要因を以下に示す。中間層の要因の数は24、下位層の要因の数は54に上る。以下に示されるよ うに、SED指標を用いて分析される放射性物質によるリスクの低減は要因の一つに過ぎず、廃炉 プロジェクト全体を考える上では様々な要因を考慮する必要がある。

 廃炉作業中の健康と安全

 核物質等のセキュリティ

 放射性物質や化学物質からの環境保護

 リスク(又はハザード)の低減

 地域の雇用やインフラ等の社会経済への影響

 コストや投資対効果等の財務

 先例構築や能力開発等の廃炉の進捗以外のミッションの達成

7 Risk Management on Strategic and Operational Level during Decommissioning – First Outcomes of the DRiMa Project at IAEA – 14467, WM2014 Conference, March, 2014

8 The NDA Value Framework, January, 2016

(3) 安全確保の基本的考え方

特定原子力施設としての福島第一原子力発電所に対する規制要求は、措置を講ずべき事項とし て制定されている。今後、燃料デブリ取り出し等のリスク低減の実行に向けて、措置を講ずべき 事項にしたがって安全性を確認しながら、設備設計や作業計画を進めていくことになる。しかし ながら、多くの場合先例がないため、具体的にどのように安全を考え、それを確認していけばよ いかという点に対して、様々な想定をせざるを得ない。その結果、想定が十分でない場合には、

設計や計画の長期化又は想定を見直す手戻り等が発生する可能性がある。

これらの事態を避けるために、措置を講ずべき事項の要求事項に則って安全確保の基本的考え 方を策定し、関係者とあらかじめ共有しておくことは有益である。その際、放射性物質によるリ スクを継続的かつ速やかに下げるという基本方針に立ち戻り、福島第一原子力発電所と発電用原 子炉の以下のような相違点を考慮することが重要である。

 福島第一原子力発電所は再稼働することはない。したがって、発電用原子炉のように、一定 出力運転維持等のための高度な技術や設備は必要としない。

 希ガスや揮発性 FP は事故の際に放出されており、また事故後の時間経過に伴う放射能及び 崩壊熱の減少により窒素封入や冷却に万一失敗した場合でも復旧までに時間的余裕がある。

3.3.2 社会との関係

(1) 地域とのリスク認識の共有

廃炉を着実に進める上で、地域住民の皆様とのコミュニケーションの重要性は、国内の有識者 のみならず、廃炉を経験した各国の有識者や国際機関からも指摘されている。その第一歩は正確 でタイムリーな情報発信であり、トラブルはいうに及ばず、作業員の多大な労苦によって廃炉が 進展している状況等も積極的に発信すべきである。

その上で、廃炉工程の各段階において、リスクの状況をその管理の方法とともに説明し、リス クコミュニケーションを通じて、例えば ALARP の考え方に従って達成すべきリスクレベルの目 標像に対する共通理解を得ていく必要がある。このようなリスクレベルの目標像は、安全規制上 及び国際標準で見た安全目標の考え方と整合することが期待され、その目標像に到達することが 地域住民の皆様にとっての有力な安心材料になると考えられる。

特に、多量の放射性物質を内包する燃料デブリは、現在も一定の閉じ込め状態にあり、安全で 確実な取り出し工法が準備されれば重大なトラブルを発生させることなくリスクを低減すること ができる。しかしながら、取り出しを急ぐ余り、周到な準備をしないまま着手すると、予期しな いトラブルが発生する可能性が取り出し完了まで続くことになる。このように、リスク低減戦略 においては、迅速さは慎重さとトレード・オフ関係にあることを認識し、可及的速やかに除去す べきリスクと慎重に取り組むべきリスクを分ける必要があり、この認識を地域住民の皆様とも共 通理解としていくことが重要である。

このようなコミュニケーションは、発信側と受信側との間で情報を共有することだけでは達成 しない。受信側の理解を得るとともに、いただいた意見を尊重しつつ、発信側と受信側のギャッ プを縮小するように相互に努力し、こうした過程を経て意思決定に向かうことが重要である。