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市町村

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第3章 災害対応組織

3.3 市町村

3.3.1 調査対象市町の概要

本調査では津波被害の大きかった市町村のうち、岩手県、宮城県、福島県の3県から5市町を抽出しヒ アリングを実施した。5市町の主な被災状況は次表のとおりであり、本庁舎自体が被災し使用できなく なった市町と被災後も使用可能であった市を含め選定した。、2011年8月から11月にかけて、現地に赴き、

市町担当者から、東日本大震災の発生直後から、初動から災害復旧に至る段階の対応等について、聞き取 り調査を行った。本節はこのヒアリング調査をもとに市町村の災害対応の状況を取り纏めたものである。

表3.3-1 ヒアリング対象市町の被災状況

釜石市 陸前高田市 南三陸町 石巻市 相馬市 被災前人口(人) 39,578 23,302 17,429 160,826 37,817 死者行方不明者数

(人)

1,046 1,795 845 3,735 458

割合(%) 2.6 7.7 4.8 2.3 1.2

本庁舎の状況 被災有り 本庁舎(津波によ る浸水)

被災有り 本庁舎

被災有り 防 災 対 策 庁 舎

(津波による損 壊)

被災有り 総合支所・支所

(津波による損 壊)

被災有り 南庁舎(地震に よる損壊)

被災前職員数(人) 422 293 353 1,800 304 職員の犠牲者数

(人)

68 39 48

出典

被災前人口:総務省統計局「平成22年国勢調査」人口等基本集計結果<2011年10月26日公表>

死者行方不明者数:2012年3月13日12時 消防庁災害対策本部消防庁「平成23 年(2011年)東北地方太平洋沖地 震(東日本大震災)について(第145 報)」

本庁舎の被災状況、被災前職員数、職員の犠牲者数:2011年12月 消防庁国民保護・防災部防災課「地域防災 計画における地震・津波対策の充実・強化に関する検討会」報告書

3.3.2 災害対応体制 (1) 最初期の体制構築

地震直後に災害対策本部の立ち上げは地域防災計画どおり遂行されたものの、直後に発生した大規模津 波により、多くの職員が犠牲になった自治体もあり、行政機能の混乱・停滞・喪失等を招いた。このよう な事態の想定が行われていなかったこともあり、ほとんどの自治体で地域防災計画に基づく対応は困難な 状況だった。また、業務継続計画(BCP)については5市町全てで未策定であった。

陸前高田市、南三陸町では庁舎が被災したため、被災後、高台に移動し、災害対策本部を設置している。

しかし、庁舎の被災により、各種データの流出・喪失が発生するとともに、情報システムがダウンし、行 政サービスが困難な状況に陥った。釜石市ではショッピングセンターに一部の災害対策業務を移している。

また、石巻市役所は庁舎が低地にあったため、本部が立ち上がったものの浸水により3日間孤立した。こ のように災害対応の拠点となる庁舎自体が被災したため最初期の対応に著しい支障があった。なお、5市 町では首長等の幹部職員が生存していたため意思決定、指揮命令系統は確保されていた。なお、建設担当 部局に係る災害対応に関しては、当該部局長等の指揮の元に対応した市町がほとんどであった。市町村役 場は災害時の拠点となる施設であり大規模災害の発生を想定し立地箇所の安全性や重要データのバック アップ等について再検討が必要である。

東日本大震災が発生した直後、広域的かつ長期にわたる停電が発生するとともに、防災無線、携帯電話 の使用不能等(衛星携帯の流出も含む)による情報通信手段が途絶した。このような状況において、石巻

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市や南三陸町では、携帯電話の回線が確保されるまでの間は、国土交通省から貸与された衛星携帯電話で 最低限の連絡を確保することができた。

(2) 避難に関する課題

東日本大震災発生直後の津波警報(第1報)が、岩手県での津波高が3mとして発令され、3mの数字 が安心感や危機意識の欠如をもたらした可能性があったとの指摘があった。後に波高6~7mに変更された が、陸前高田市においては停電等の影響で第2報以降の情報が伝わらず、当初情報の認識のままであった 住民も多かった。さらに、水門の閉鎖作業や住民の避難誘導で消防団員が被災したケースもあった。

避難に関する課題としては、停電時の対応、要援護者支援、車での避難が挙げられ、安全な避難の誘導 が今後の課題との意見も聞かれた。また、一定の地震の規模の想定をもとに作成していた津波ハザード マップが有効でなかったなど、情報提供のあり方も課題との意見もあった。

(3) 災害対応業務の状況

市町職員は、発災直後は、道路啓開、ガレキ処理、遺体搬送、物資の確保・配布、捜索活動、孤立地区 の解消、罹災証明・支援金等業務、避難所運営、トイレの確保、仮設住宅業務等(原発関連では住民の不 安解消業務を含む)の業務に忙殺された。市町職員を総動員しても、多くの職員が担当以外の業務を担う こととなり、人員的に全く足りない状況に直面した。

このような状況において、職員の派遣、資機材や物資の提供、業務の代行など他機関からの支援を受け つつも市町職員は長期間にわたり激務が続くこととなった。

なお、がれきの中、徒歩による確認作業による避難住民の状況把握の困難さが露呈したが、石巻市では、

被災状況の把握を担う建設関係の職員や建設業者の情報が早く、豊富な情報を持っており、関係部局への 情報源として有効に機能したとのことであった。

(4) 災害対応の意思決定

相馬市では、災害対策本部長である市長が、全ての課題を解決してから行っていては間に合わなくなる ので、まずは行うことが重要だ、とのスタンスで、何か文句を言われたら市長のせいにすれば良いと言わ れ、部下は大胆に動くことができたとのことであった。一方、想定外の状況の下、次々と新たな対応が求 められ意思決定は市長が行ったが担当部署が不明瞭であったため決定に時間を要した、との自治体もあっ た。

(5) インフラの復旧

道路など国による復旧は早期に実施されているが、被災箇所も多く、災害対応業務に追われていた県の 進捗については十分に確保されていないというコメントもあった。道路の復旧作業は、「大きいところ」

から優先して実施され、また、孤立地区へのアクセス確保、行方不明者捜索、生活上必要な箇所等を優先 し着手した事例があった。

市町の中には、避難住民や仮設住宅への対応等の業務に忙殺され、災害復旧関係業務の人員が確保され なかったこともあり、災害査定に係る設計作業を県に委託した市町もあった。そのような場合であっても、

詳細設計の発注以降の指名もしくは一般競争入札に関する作業は市町で実施の予定であるとのことであっ た。

補助率が平常時のままとなっており、制度が災害対応となっていないとの指摘もあった。また、浸水し ない地区同士を結ぶ道路の整備、地盤沈下した箇所での嵩上げなど、予算的に厳しく対応に苦慮している 自治体もあった。

(6) 建設業者等との連携

被災直後は、石巻市や陸前高田市では、自発的に道路啓開作業が実施された事例があった(例えば、オ ペレータ資格を持っていた消防団員がリースの重機を使用し、自主的に啓開作業を実施するなど)。

陸前高田市を例に紹介すると、陸前高田市内の建設会社が被災し、保有重機の多くが流出し、重機での 稼働範囲が限定される事態に至ったが、道路啓開を自衛隊、消防団、建設業協会、森林組合等で分担し、

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実施された。情報連絡に関しては、建設業者へは建設業協会を通じて連絡を確保するとともに、作業の指 示・連絡の徹底のため、朝夕に市役所で直接打ち合わせ、作業依頼、進捗の確認が行われた。このような 作業を進める中で、重機・オペレータが確保された場合であっても、燃料不足により稼働できない状況が 発生するなどの課題もあった。

3.3.3 他機関による災害対応業務支援について (1) 国土交通省

被災直後の行政機能が停滞、混乱している状況下に、震災翌日の夜には排水ポンプ車や衛星通信車が被 災地に到着した。排水ポンプ車による排水作業は行方不明者捜索のために活躍し、また、通信手段が途絶 していた状況の中での衛星通信車の支援は非常に役立った。また、道路啓開に関しては、国によって直轄 管理区間以外の区間について、県・市町所管を超えて実施されたところもある。

石巻市や南三陸町では、国土交通省からの燃料の提供、調達等の支援、2ケタ国道の道路啓開に感謝し ているとのコメントもあった。さらに、相馬市や陸前高田市からは、市町の物資の要請に対し、東北地方 整備局(以下、地整という。)が市町に派遣したリエゾンを通じ、速やかに物資の調達、提供がなされた ことなど、地整からの支援はタイムリーだったと評価されていた。中には、リエゾンは市町からの依頼が なくとも支援していただいたという意見もあった。

(2) 県

全ての市町で県からの支援が必要とされていた。陸前高田市では県への要請前から支援があった。県自 体も被災していたことから、支援を十分に受けられなかった市町もあった。中には、県へ支援を要請した 場合、県も災害対応業務に追われ、事務的に調整に時間を要したといった意見もあった。

また、被災後の事務手続きに関しては、市町には建築系技術者が少ないため、県から建築確認申請等の ための人材の派遣を受け入れた事例があった。また、建築確認申請の受付範囲の判断に苦慮した事例(浸 水区域外であることを条件に建築確認申請の受付を実施した事例など)があった。

3県とも県管理施設の災害対応業務が増大し、他の都道府県等から職員の派遣を受けるなど自らも支援 を受ける立場でありながら、市町村の災害査定業務等の支援を行っている。県からの支援が市町から見る と十分とは言えない場合があっても人的資源の制約の中でやむを得ない状況であったと思われる。

(3) 他の市町村

災害協定を結んでいた市町村からの支援は迅速だったとの評価もあった。具体的な支援の事例としては、

陸前高田市では近隣市町村や名古屋市から人的支援を受け、釜石市では姉妹都市から人的支援を受けた。

これら人的支援による貢献は評価されていた。特に、陸前高田市の場合、名古屋市から多くの水道担当職 員が派遣され、派遣職員により、給水車の派遣、復旧計画の策定等の支援を受けた。

また、相馬市では、物的な支援として、給水車(オペレータ付き)の提供やバス、車、バイクなどの車 両関係の提供も受けた。

なお、人的支援に関しては、派遣期間が短いと引き継ぎが大変であることなどから、長期間の派遣が望 ましいとの意見もあった。

このように、市町村の実務に関し精通している市町村間の支援体制は、有効に機能したことからも、今 後ともこのような市町村間の協力関係・支援体制の確保・強化が必要である。

(4) 自衛隊

自衛隊が活動するためには緊急性、公共性、非代替性の3つの要件を満たすことが必要とされていた。

自衛隊が実施したガレキ処理については、人命救助・行方不明者の捜索活動の一環として官地・民地問わ ず実施した事例があった。その際には、消防、警察が立会い対応した。

自衛隊の応援部隊到着後には給水、支援物資の配布で支援を受けるとともに、燃料供給が安定するまで の間、燃料の提供を受けた事例もあった。

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