はじめに
本章では、本論の分析における基本的な視点について論じる。まず、市場経済化と国際 化という移行期の社会の中で、地方政府の果たすべき役割がいかなるものであるかを論じ る。ここでは、青木昌彦らが東アジア諸国の経済発展の解釈として提示した「市場拡張的 見解」が議論の出発点となる。とはいえ、分権され自律性を付与された地方政府が、必ず しも市場経済化や国際化を促す方向で行動するわけではなく、逆にそれを阻害するような 行動をとる可能性もあり、それがロシア極東地域の地方リーダーの行動に見られたことは、
序章でも述べたとおりである。そこで、ここでは分権、市場経済化、国際化という三者の 関係について改めて検討する。すなわち、分権は「市場拡張的」な行動を促す場合もあれ ば、市場的な合理性に反する行動を促す場合もある。また、国際化が分権を促し、分権さ れた地方政府が国際化の効果に積極的に反応する場合もあれば、国際化の効果に否定的な 反応を示す場合もあり、また国際化が集権を促すという場合もある。
では、分権され自律性を付与された地方政府が、市場経済化や国際化に対して積極的な 行動をとるか、あるいはそうしたものを阻害するような行動をとるかは、いかなる条件に よって左右されるのか。この問題について、ワインガストの提示した「市場保全型連邦制」
を出発点とし、またワインガストの議論を批判的に検討したスライダーの議論などを検討 しながら考えていきたい。
さらに、本論のもうひとつのテーマである、中露国境画定問題をめぐる国際政治と国内 政治のリンケージという点を見る上での、基本的な視点を最後に示すこととする。
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1 「市場と政府」の関係について――「市場拡張的見解」に即して
まず、ロシアのような国家が市場経済化、国際化を進める上でなぜ地方政府が重要なの か、どのような役割を果たすのかという問題について、「比較制度分析」の代表的な論者で ある青木昌彦らの議論に依拠する形で論じておきたい1。青木らは、まず東アジアの経済発 展を説明する代表的な二つの見解として「市場友好的見解」(market-friendly view)と「開 発志向国家的見解」(developmental-state view)とを挙げる2。市場経済が機能するための制 度・規範が十分発達していない途上国経済においては、市場に任せていただけでは経済的 アクター・組織の行動が資源配分の効率性を実現するという意味における「合理的」なも のにはならないという、いわゆる「市場の失敗」が特に問題となる。では「失敗」する市 場において、経済的アクターの行動や資源配分などをいかに適切にアレンジするか(これ を以下では「コーディネーション」と呼ぶ)ということが問題となる。これに関して前者 の見解は、効率性を実現するためのコーディネーションを、あくまで市場や民間の企業組 織内部に託すべきだと考える。政府の役割は、市場取り引きのための法的なインフラの整 備や、極端な市場の失敗に服している財の供給など、市場がより健全に機能するような環 境の整備を間接的に行うことに限定される。この見解に従えば、東アジアで急速な経済発 展が実現した主たる要因は、「投資と貯蓄ならびに高い人的資本の蓄積に適切なインセンテ ィブを与えたマクロ経済の安定」であるとされる。
これに対して後者の見解は、逆に市場のコーディネーションに「代替」する政府の介入 の役割を重視する。この見解によれば、「資源動員、投資配分、発展段階での技術キャッチ アップのコーディネーションに伴う市場の失敗は極めて広範であるため、この失敗を是正 するために政府の介入が必要とされる」。そして、東アジア諸国の経済発展は、国家戦略上 重要とみなされた特定の産業を発展させるという目的において、財の配分の効率性を犠牲 にしてでも、資源動員、投資配分、発展段階での技術キャッチアップなどを通じて政府が 直接的に介入したことが、その成功の鍵であったことを強調する。
1 青木昌彦、Kevin Murdock、奥野(藤原)正寛「『東アジアの奇跡』を超えて 市場拡張的見解序 説」青木昌彦、金瀅基、奥野(藤原)正寛編、白鳥正喜監訳『東アジアの経済発展と政府の役割 比 較制度分析アプローチ』日本経済新聞社、1997年、11~12頁。
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2 以下、青木昌彦、金瀅基、奥野(藤原)正寛「序章」、同上書、1〜4頁。
こうした対照的な両見解に対し、青木らは「市場拡張的見解」(market-enhancing view) という第三の見解を提示する。この見解は、市場の失敗に対しては基本的に民間部門のコ ーディネーションが望ましいと認めながらも、発展の初期段階にあって民間部門の能力の 低い経済においては、「コーディネーション問題を解決したり市場の不完全性を克服すると いう民間部門の能力を改善するために、政府の政策が発動されるメカニズム」が必要であ ることを強調する。ここで重要なことは、この見解においては、「政府と市場」は、上の二 つの見解に見られるような相互に排他的、代替的なものではなく、「補完」的なものだとい うことである。すなわち、「民間部門によるコーディネーションを促進し補完するという政 府の政策が果たす役割」が注目されているのである。
ロシアの場合、「ショック療法」と呼ばれた、ソ連崩壊直後の92年初頭からガイダル副 首相の指導の下で進められた急進的な市場経済化の改革のイメージは、第一の「市場友好 的見解」に近いものであったと考えられる。すなわち、価格自由化と私有化を速やかに進 め、同時にマクロ経済安定化を目的とした金融・財政政策を維持することが、市場原理の 適切な働きを促し、おのずから経済発展を導くものと考えられていたのである。しかし、
市場経済の歴史も経験もなく、法制度や司法システム、金融システムが発達しておらず、
また重要産業が独占されているようなロシアにおいて、こうした想定は非現実的であるこ とが明らかになった。そうした市場では「政府の役割」は重要である。イェーガー(Timothy
J. Yeager)は、ロシアの市場経済化にあたって必要なこととして「ロシア政府は、経済の
混乱に秩序をもたらすように、フォーマルな制度と執行メカニズムを発展させなければな らない。すべてのレベルの政府に、強い、公正な、そして有効な指導力が必要である。犯 罪と汚職を大きく減少させなければならない。政府は、よく機能する商取引規制と執行メ カニズムを確立しなければならない」と、未成熟な市場を健全に機能させるために、政府 が制度形成を含むより強いイニシアチブを発揮する必要があることを指摘している3。こう した意味で、青木らが示したこの「市場拡張的見解」は、ロシアの体制移行を見るにあた って有効な視点を提供していると考えられる。
とはいえ、青木らは、以上のように未成熟な市場経済における政府の「市場拡張」的役
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3 ティモシー・J・イェーガー『新制度派経済学入門:制度・移行経済・経済開発』(青山繁訳)東 洋経済新報社、2001年、139頁
割の重要性を強調しながらも、「政府は市場の失敗、組織の失敗(organizational failure)
を是正する万能な中立的主体ではない」と認めており、そこにおける次の二つの問題を挙 げている。第一に、「政府の行動は情報処理能力の限界という制約を受けて」いる、すなわ ち、「適切なインセンティブの提供や局所的に利用可能な情報の処理に関する能力」につい ては政府より民間部門のほうが比較優位を持っている、ということである。第二に指摘さ れている点は、「政府のインセンティブは、制度や民間部門との相互作用に関する政治経済 的要素によって影響を受けて」おり、「政府は民間のコーディネーションの失敗を是正する ために外生的に経済システムに付けられた中立的仲裁者ではなく」「内生的なプレーヤー」
とみなすべきだということである。すなわち、政府が上述のような「市場拡張的」な行動 をとるか、それともいわゆるレントシーキングのような非合理的な行動をとるかどうかは 所与のものでなく、政治経済的な文脈によって決定されるということである4。以下では、
これらの問題を考察することを通じて、本論の分析枠組みについて論じてゆきたい。
2 市場経済化と分権・国際化
(1)市場経済化と分権
・市場経済化が分権を促す側面
まず、青木らが指摘している第一の点、すなわち政府の「情報処理能力の限界」という 問題について考えてみたい。一般に、組織においてはその下位単位が現場におけるより多 くの情報を保持している。こうした情報を最上位の決定主体にまで伝達し、それを分析し、
政策を実行するというコストは、管轄領域が大きいほど大きくなり、またそれは各地の状 況や住民の選好が多様であるほど大きくなる。その伝達が行われなければ、現場における 重要な情報を欠いたまま不合理な決定が下されることになる5。ソ連や中国のように領土も 人口も膨大な国家において、基本的に全ての意思決定を中央で行う体制が存在したことは、
4 青木他、前掲論文、「序章」3頁。
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5 ポール・ミルグロム、ジョン・ロバーツ『組織の経済学』NTT出版、1997年、121頁。