はじめに
本章では、第一章において提示した視点を踏まえて、ロシアの連邦制と地域政策、およ びロシア極東地域の特徴、条件を検討し、それが持つ条件がいかに地方政府の非合理的な 行動を促す効果を持つかを明らかにする。
「1」では、まずロシアにおける連邦制が形成された経緯を踏まえた上で、、ロシアの連 邦制が持つ特徴として、①中央の「弱さ」と政治的取り引きに依存した中央・地方関係の 問題、②連邦の法的・経済的統一性の喪失という問題、③地方政府が「事実上の」自律性 を保有しているという問題、④不合理な税制と財政システムの非制度性がもたらす問題、
という4つの側面を指摘する。そして、第一章で示したワインガスト、スライダーの枠組 みを援用し、改めてこれらの特徴について検討する。
次に「2」において、中央の地域政策を、「地域発展連邦プログラム」と「経済特区」の 二つに焦点を当てて見てゆく。こうした地域政策は、本来、市場経済化と国際化への対応 を各地域に促すものとなるはずだが、そうした性格が「1」で見たロシア連邦制の条件に よって歪曲され、むしろ市場経済化と国際化を阻害する効果さえもったことを見てゆく。
そして「3」では、ロシア極東地域の概況とその特徴を見てゆく。ここでは、特に同地 域が、ロシアの連邦制のもたらす問題点を一層助長する条件をもった地域であることを明 らかにする。
1 ロシアにおける連邦的秩序の形成とその特徴
(1)ロシアにおける連邦制形成の経緯
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現在のロシア連邦を構成する89の連邦構成主体は、かつてのソ連邦を構成したロシア共 和国の地方行政単位をほぼそのまま受け継いだものであり、その名残として現在でも、民 族 の 自 治 単 位 で あ る 「 共 和 国 республика」( ソ 連 時 代 は 「 自 治 共 和 国 автономная республика」)と、単なる領土的行政単位である「州 область」や「地方 край」などと が、異なった構成原理のまま並存している。ソ連時代には多分に名目的なものでしかなか ったこの差異は、ソ連末期からの政治的展開の中で活性化され、連邦の遠心力と分離主義 の傾向を高めてゆく効果をもつこととなる。
ソ連末期は、ソ連邦大統領のゴルバチョフと、ソ連邦からの独立性を高めた諸連邦共和 国勢力、とりわけロシア共和国のリーダーであるエリツィンとの、激しい権力闘争に特徴 づけられる時期であった。90年からゴルバチョフは、連邦維持のための「新連邦条約」の 締結を模索していたが、その際、連邦共和国だけでなく、連邦共和国の下位単位であった 自治共和国をも、同「条約」の締結対象とした。ゴルバチョフとしては、それをもって連 邦共和国勢力へのカウンターバランスとする意図があったのである。他方でエリツィンも、
90年8月、ロシア共和国内の各地方を歴訪し、有力な自治共和国に対してできるだけ多く の自律性を獲得するよう促した1。こうして、ロシア共和国内の諸自治共和国は、この対立 する両者から独立的な権利意識を促された。そして、ロシア共和国最高会議が「主権宣言」
を採択し、ソ連邦政府が直接管理してきた資源と生産力に関する主権を主張したことに触 発され、この諸自治共和国も次々と「主権宣言」を行い、域内資源の所有権などを宣言し た。これが、「主権のパレード」と呼ばれた状況である2。
こうした経緯があったため、91年末のソ連崩壊後に成立したロシア連邦政府は、その内 部の諸地方の遠心力を統合する困難に直面した。とりわけ、すでに「主権」を宣言してい た諸自治共和国は中央政府にとって厄介な存在となった。新たなロシア連邦の連邦的関係 を最初に法的に規定した文書は92年3月の「連邦条約」であった3。これは、以下の三つの カテゴリー別に三つの文書として策定され、中央との間で締結された(ただしタタールス
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1 上野俊彦『ポスト共産主義ロシアの政治――エリツィンからプーチンへ――』日本国際問題研究所、
2001年、121〜124頁。
2 Jeff Kahn, “The Parade of Sovereignties: Establishing the Vocabulary of the New Russian Federalism,” Post-Sov e Affairs, 2000, 16,1, pp.58-89.
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3 連邦条約の邦訳は、ロシア東欧貿易会ロシア東欧経済研究所編『ロシアにおける中央・地方関係 と財政連邦主義(資料編1)』、ロシア東欧貿易会、2000年、1〜16頁
タ ン 共 和 国 と チ ェ チ ェ ン ・ イ ン グ ー シ 共 和 国 は 締 結 を 拒 否 し た )。 (1) 「 共 和 国 республика」(旧「自治共和国」)、(2) 「州 область」、「地方 край」、「連邦的意義を持つ 都市 город федерального значения(モスクワ市、サンクトペテルブルク市のみ)」、(3)
「自治管区 автономный округ」、「自治州 автономная область」。ここで、(1)の共和国 と結んだ連邦条約においては、共和国の地位は「ロシア連邦内の主権共和国」という表現 で定義され、また、共和国に対してのみ、土地や地下資源などが当該共和国の「民族の財 産」であると明記されなど、共和国には特に特権的な地位が与えられている。すなわち、
ここで連邦構成主体は地位、権限の差別を伴った形で3つのカテゴリーに分類された。
その後の新憲法制定の過程でも、大統領と最高会議勢力との間で、大統領の権力と議会 権力のどちらに重きを置くかという点に加え、中央と地方との関係のあり方が問題となり、
とりわけ、共和国の州・地方などに対する特権的な地位を認めるかどうかという点が鋭い 対立をもたらした4。共和国の特権的な地位に対しては、同じ連邦構成主体である州・地方 は強い不満を持ち、スヴェルドロフスク州などのウラル諸州・地方や沿海地方などが中央 の意向を全く無視して一方的に「共和国」の形成を表明する試みを行うなど、連邦の動揺 は新たな形で波及した。
憲法採択をめぐってエリツィンら大統領勢力と最高会議勢力との対立が深まる中、93年 9月、エリツィンは最高会議の機能停止と新憲法の国民投票での採択、新議会の選挙を求 める大統領令を発した。そして翌10月、これに激しく反発して街頭での闘争に出た最高会 議勢力に対し、武力をもって制圧し、厳しい対立関係に終止符を打った。この「10月事件」
による勢いを得て、エリツィンは連邦構成主体間の差別の解消を試みる。この12月に成立 した新憲法では、全連邦構成主体が同権とされ、また自然資源の利用・処分等は連邦と連 邦構成主体との共同管轄とされるなど、連邦条約で認められた共和国の特権が否定された5。 しかし、当然のことながら諸共和国はこれに反発し、特にタタールスタン共和国は実質 的にこの憲法を否認した。このため、連邦政府は、94年3月、タタールスタン共和国との 間に「権限分割条約」を結び、同共和国に天然資源の独占的な処分の権利など、憲法の規定
4 これについては、下斗米伸夫「ロシア政治と地域主義」木戸蓊、皆川修吾編『スラブの政治(講 座スラブの世界5)』弘文堂、1994年、105〜115頁を参照
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5 ただし、共和国にのみ「憲法」の制定が許され(第5条)、また、独自の公用語を制定する権利が 与えられている(第68条)。(同憲法の邦訳は『ロシア研究別冊2』日本国際問題研究所、1994年 7月、2〜31頁)
を超えた権限を認ることとなった6。成立したばかりのロシア連邦政府としては、国家の一 体性の確保を最優先せざるを得ず、特にチェチェン問題が深刻化する中で、国家にとって 重要な資源を保有し分離主義をちらつかせる地方に対しては必然的にその立場は弱くなっ た。当時の民族問題・地域政策相であったセルゲイ・シャフライによれば、中央としては タタールスタンとの権限分割条約を他地方との関係の「前例」とするつもりはなかったと いう。しかし、これが他の共和国、さらには他の州・地方による権限要求の圧力を誘発し、
結局、98年の半ばまでに89の連邦構成主体のうち46が「権限分割条約」を締結するに至っ た7。「権限分割条約」は、法的には、連邦憲法第11条第3項の「ロシア連邦の国家権力機 関とロシア連邦構成主体の国家権力機関の間の管轄事項および権限の区分は、本憲法、管 轄事項および権限の区分に関する連邦条約とその他の条約によって行われる」という条文 の「その他の条約」の部分にその根拠を持っている。また多くの場合、この「権限分割条 約」とともに、より詳細な権限・管轄分野の分割を定めたものとして「権限分割協定」が 結ばれている。しかしながら「権限分割条約」は、特に有力な共和国との間に結ばれたも のに関して、憲法や連邦法との矛盾が見られ、また連邦議会の批准を経ていないなど、法 的な正統性について非常に問題の多いものであった8。
また、この新憲法によって連邦議会は上院(連邦会議 Совет Федерации)と下院(国 家会議 Государственная Дума)の二院制となり、上院は各連邦構成主体から立法府と行 政府のから一人ずつ、二名の代表者を出して構成されることとなった。第一期の上院議員 は連邦構成主体単位に行われた選挙で選出されたが、第二期からは各地方政府の行政府の 首長と地方議会の議長がそのまま上院議員となる形で構成された9。これによって地方リー ダーたちは、中央における政策形成に直接影響力を行使し、ロビーイングを行うチャネル を確保したのである。
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6 タタールスタンとの権限分割条約の邦訳は、ロシア東欧経済研究所編『ロシアにおける中央・地 方関係と財政連邦主義. 資料編 1』ロシア東欧貿易会、2000年、51〜59頁
7 Kathryn Stoner-Weiss, "Central Weakness and Provincial Autonomy: Observations on the Devolution Process in Russia," Pos Soviet Affai s, 1999,15, 1, pp.89-90.
8 この連邦憲法と権限分割条約との矛盾については、次の文献で詳しく検討されている。中居孝文
「ロシアにおける中央・地方関係の変遷」『ロシアにおける中央・地方関係と財政連邦主義』、ロシ ア東欧貿易会、14〜17頁。
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9 第十章で触れるように、プーチン政権において再び上院の構成方法は改められた。地方の首長と 地方議会議長が上院議員になるのではなく、それぞれが自らの代表者を任命する形となった。