• 検索結果がありません。

ソ連・ロシアと中国の市場経済化の中での地方政府

はじめに 

 本章では、ソ連・ロシアの中央・地方関係や改革がはらんでいた問題と、それが地方政 府の行動に与えた影響に関して、より考察を深めるために、中国との比較を行う。中国の 地方政府が市場経済化、国際化の中でとった行動には、以下のような意味で、ロシアの地 方政府とは対照的な面があった。

 中国とソ連は、基本的には同じ統治構造を持っていた。また、ともに広大な領土を持ち、

各地域の条件が多様な国家としてある。そして、中国では70年代末から、ソ連では80年 代半ばから開始された改革は、中央集権的な党=国家体制と計画経済、アウタルキーに特 徴付けられる従来の体制に対し、市場経済化と分権、国際化を柱とする改革を導入するこ とにおいて、やはり違いはなかった。しかし、前者においてはそれが急速な経済発展を導 いたのに対し、後者ではむしろ経済状況の一層の悪化と政治・社会秩序の混乱、連邦の崩 壊を招くという、およそ対照的な結果をもたらした。

 このため、両改革はしばしば比較の対象とされてきた。両国の改革を比較する上でこれ まで最も焦点が当てられてきたのは、ソ連・ロシアの改革の「急進性」と中国の改革の「漸 進性」という点であろう1。しかし、本章ではこれとはやや角度を変え、前章で述べた、ロ シア連邦制のあり方が地方政府の反「市場拡張的」行動を促すインセンティブの問題をよ り明確にするために、改革の中における中央・地方関係と地方政府2の役割に焦点を当てた

1 これをめぐる文献は数多く挙げられるが、さしあたり邦語文献としては、大野健一『市場移行戦 略』有斐閣、1996年、加藤弘之『中国の経済発展と市場化 改革開放時代の検証』名古屋大学出版 会、1997年(第一章「“漸進”的改革と市場化の到達点」)、中兼和津次「漸進主義的改革の再検討」

中兼和津次編『現代中国の構造変動2 経済―構造変動と市場化』東京大学出版会、2000年、15〜

43頁、などがある。

2 中国の地方行政単位は、基本的には、中央レベルの下に、省・自治区・直轄市のレベル、地区・

自治州・省轄市のレベル、県・自治県・特区のレベル、区・市・郷・鎮のレベルという5レベルか らなる。なお、本論ではロシアのケースでは、連邦構成主体の下位の「地方自治体」は、自律的な アクターとしての役割を果たすケースが多くないため、「地方政府」という言葉で連邦構成主体の単 位を指しているが、中国では、本章で見るように、郷や鎮などの最下位レベルの行政単位の政府に よる自律的な行動が顕著であったため、中央政府を除くその下位のすべての地方行政単位の政府を

80

かたちで両国の比較を行う。

 その際、本章では「地域コーディネーター regional coordinator」という観点から、この 地方政府の行動と機能を考察する。これは、後に触れるように、ジェリー・ハフ(Jerry F.

Hough)が 1969 年の著書において、ソ連の地方党機関の働きを概念化するために用いた

語である。「コーディネーション」という言葉は、すでに述べたように、政治学・経済学に おける新制度学派の中では、あるアクターが、自らの管轄下にある組織構造や財・サービ ス・人の配置を、より効率的な形にアレンジすることを意味する。青木らが定式化した「市 場拡張的」な行動を自らの管轄化の地域において行う地方リーダーの働きを、本章では「地 域コーディネーター」という言葉で表現する。

 改革期の中国における経済発展においては、中央から権限を委譲されることによって、

地方経済の「コーディネーター」として、まさに「市場拡張的」な行動をとった地方政府 の働きが大きく貢献したことが指摘されている。これに対し、ソ連の地方政府はむしろ改 革に抵抗し、地方における既存の構造を維持する傾向が強かった。ソ連崩壊後のロシア連 邦においては、中央の統制力の低下によって地方政府は地元経済に対して大きな影響力を 行使できるようになったが、そこにおける地方政府の行動も、すでに述べたように、地元 経済の効率的な運営ではなく、非効率的なレントシーキングに頼ったものとなっている。

両国の経済パフォーマンスの違いは、両国のこうした地方政府の行動の違いを反映してい る面があると考えられる。

第一章で言及したように、こうした面から両国の比較については、中央・地方関係の制 度的条件とそれによって付与されるインセンティブという観点から分析を試みたワインガ ストやソルニックらの研究がある。本章では、こうした先行研究を参考にしながら、「地域 コーディネーター」としての地方政府の役割と、それを促すような歴史的・制度的条件と いう点を中心に、比較を試みる。

 以下、まず「1」では、両国の分権改革の内容を概説しながら、中国の地方政府がいか に「市場拡張的」な「地域コーディネーター」としての役割を果たすようになったか、そ して、これに対してソ連・ロシアの地方政府の行動がいかに異なっていたかを述べる。そ の上で、「2」において、こうした相違をもたらしている背景について考察する。まず、両

81

「地方政府」として言及する。

国の政治体制の相違、経済・社会構造の相違といった改革の初期条件について論じる。そ れに続いて、中国とソ連において分権が行われた際の地方政府のインセンティブに関する 興味深い考察を行い、これによってなぜ前者では体制が維持され、後者では崩壊したかを 説明したソルニックの研究を紹介する。最後に、再びワインガストの「市場保全型連邦制」

とスライダーの議論を援用しながら、改革の中における両国の中央・地方関係の相違と地 方政府の行動の相違との関係について考察する。

1 中国とソ連・ロシアの地方政府――「地域コーディネーター」の観点から 

(1)中国の分権改革――地方国家コーポラティズムの形成と郷鎮政府の発展  

 中国では、特に 80 年代において、経済的な権限を中心とした多くの重要な権限が地方 政府に委譲されるかたちで、分権の改革が進んだ3。まず、企業管理における分権によって ほとんどの企業に対する管理権が地方政府に移され、企業財政全般に対する直接的な権限 が与えられ、また、大型プロジェクトの投資権、重要な建設プロジェクトに関する決定権、

対外貿易管理権、全国の経済運営に関する政策制定など、経済決定権の一部が省政府に移 された。こうした地方経済の管理・運営に関する権限に加え、より重要なのは財政的な分 権である。これは1980年、1985年、1988年と三回にわたって導入されたが、特に88年 には全面的な「財政請負制」が導入され、大きなインセンティブがもたらされた4。請負制 にはいくつかの形態があるが、共通するのは、地方政府が徴収した租税収入と利潤収入の うち中央へ上納する部分あるいは割合について中央と地方が契約を結び、この残りの税は 地方政府が自主的に処分できるという点である 。また、地方が独自に課することのできる 予算外基金が認められたことも、地方政府の財政的自律性を高めた。さらに、政治的な分 権の試みとして、省レベルの政府にそれ以下の地方政府の幹部に関する人事権が与えられ

3 以下の記述は次の文献に依拠した。呉国光「地方主義の発展と政治統制、制度退行」、天児慧編『現 代中国の構造変動4 政治―中央と地方の構図』東京大学出版会、2000年、42~44頁

82

4 財政請負制については大橋英夫「中央・地方関係の経済的側面 財政・金融を中心に」同上書、

62~66頁を参照

ている。

 こうした分権に呼応して「地域コーディネーター」としての役割を積極的に果たすよう になった地方政府の機能を詳細に観察し、これを概念化した試みの代表的なものとして、

オイ(Jean C. Oi)による「地方国家コーポラティズム Local State Corporatism」の議論 がある5。中国においては、行政的構造自体は毛沢東時代のそれとほとんど変わってはいな いが、それが先述のような改革によるインセンティブを与えられた結果、「地方国家コーポ ラティズム」の出現を促すことになったという。「地方国家コーポラティズム」は、「県」

以下の末端レベルに見られた「多角的なビジネスを営む企業のように、その領土内の諸経 済企業をコーディネートする地方政府の働き」として定義されている。末端の行政単位で ある県・郷・村は、それぞれマルチレベルの構造をもった企業における本社(corporate headquarter)・地域本部(regional headquarter)・子会社(company)に擬せられ、各レ ベル政府は財政的に独立していると同時にハイアラーキーを形成している。各地方政府の 幹部は、自らが保持する行政的権力とネットワークを使って、管轄内の企業のために投資 を募り、市場を開拓し、情報や技術を提供するなど活動をするものとして描かれている。

こうした地方政府の行動が極めて効果的に発揮された例が、中国農村において急速に成 長した郷鎮企業への地方政府の関与であった。郷鎮企業は、1978年から88年の間に、労 働者数を2.3倍、総生産額を12.6倍、納税額を71倍に増加させるという成長を示した。

また、中国では、鄧小平による改革の始まった1979年から88年までの年平均実質成長率

は10%を超えたが、この期間の中国における工業生産額に占めるシェアを企業の所有制別

に見ると、1979 年には国有企業のシェアが約 8 割、集団所有企業(郷鎮企業など、地方 政府が実質的な所有権を持つ企業)のシェアは約2割であったが、これ以後急速にこの差 が縮まってゆく。88 年には前者が 56%、後者が 36%となり、94 年には、ついに前者が

34%、後者が 40%と逆転した。ここからも、70年代末以降の中国の経済発展において地

方政府が大きな役割を果たしたことがわかる6

郷鎮企業は国有企業と違い、福利厚生や雇用契約等についてかなりの自由度を持ってい

l s

it t t

5 Jean C. Oi, “Fiscal Reform and The Economic Foundations of Local State Corporatism in China,” Wor d Politics 45, October 1992, p. 100-101; Jean C. Oi, Rural China Take Off:

Inst u ional Founda ion of Economic Reform, University of California Press, 1999.

83

6 渡辺利夫、加藤弘之、白砂堤津耶、文大宇『図説中国経済』日本評論社、1999年、42〜49頁