• 検索結果がありません。

 1−1一ア 1900年建造の旧第百三十銀行長浜支店は市民から黒壁として親しまれていた。

 1−1一イ 市は「新博物館都市構想」の一環として,黒壁を取り壊す計画を発表した。

 1−1一ウ 黒壁の取り壊しに対して,市民から反対運動が起こった。

1−2黒壁の取り壊し計画を中止し,歴史を生かしたまちづくりを進めるようになった。

 1−2一ア 市民の反対を受けた市は,取り壊し計画の中止を発表した。

 1−2一イ 市は保全していこうとしたが,財政面の問題により難しくなった。

 1−2一ウ 市単独によるまちづくりの限界を認識し,市民参画のまちづくりを模索するようになった。

J−1市は市民や企業との協働で第3セクターの株式会社黒壁を設立し,黒壁を中心とし  たまちづくりを始めた。

 J−1一ア 市は市民や企業に呼びかけ,会社設立の資金を集めた。

 」一1一イ 第3セクターの株式会社黒壁を設立し,全国の先進的なまちづくりを参考にした。

 J−1一ウ 黒壁をガラス工房の店として保全し,それを中心にしたまちづくりを始めた。

J−2黒壁を中心に,コミュニティビジネスとしてのまちづくりを始めた。

 J−2一ア 北国街道沿いに残る古い蔵や商店を買収したり,借り上げたりした。

 J−2一イ 地元の商店街との協力関係を築き,観光客を増やすための事業を進めた。

 J−2一ウ 黒壁を中心に歴史的まちなみを生かした商店街を築き,観光客の取り込みに成功した。

」一3高齢者の雇用対策として,市民の共同出資でプラチナプラザを設立し,ビジネスを  展開した。

 J−3一ア これからの高齢者増加問題に対応して,市民の共同出資によるプラチナプラザを設立した。

 J−3一イ 中心市街地に高齢者が出店することで,雇用問題の解消にっながった。

 」一3一ウ 中心市街地に観光客だけでなく,地元客を取り込むことにも成功した。

  (3) 問いの構造

 以上のように示した習得させる知識は,問いの答えとして示されている。したがって,

知識の構造は問いの構造に転換できる。この問いの構造は,【図IV−2−2】の「視点H」に

あたる。

 岩田氏は,「構造化された知識が問いの構造に転換できれば,社会科授業過程の設計がで

きる(理論6)7」と述べている。そして,以下のように問いと習得される知識の関係につ

いて示している。

第W章第2節

問いの種類

①情報を求める問い(W)

  When,Where,Who,Wh

①②の中間に位置する問い(

  How

②情報間の関係を求める問

  Why

③価値判断を求める問い(V)

  Which

習得される知識 記述的知識

分析的知識

説明的知識

(概念的知識)

規範的知識

       【図W−2−4】問いと習得される知識の関係

      (岩田一彦『社会科授業研究の理論』,明治図書,1994,p.128)

 以上のような岩田氏の論を基にして,授業モデルにおける知識の構造に対する問いの構 造を明らかにする。

①概念探究過程1における問いの構造

【中核となる問い1】(説明的知識1に対応)

産業中心の大都市として発展してきた名古屋は,なぜそれまでのまちづくりによって,

市民にとって住みよいまち,特色あるまちとならなかったのだろうか。

【中核となる問いを解くための問い】(下位の説明的知識A〜Dに対応)

A なぜ戦国時代に名古屋の城下町には人々が集まったことでまちが発展し,現在のまち の基盤が形成されたのだろうか。

B なぜ江戸時代に城下町の形成が進み,名古屋がこの地方の中心地として発展したのだ

 ろうか。

C なぜ戦後の画期的なまちづくりによって,名古屋は市民から人通りの少ない活気のな いまち,特色のないまちと批判されるようになったのだろうか。

D なぜ名古屋は中京工業地帯の中心地として,産業中心の大都市へと発展してきた反

面,生活環境の悪化が進んだのだろうか。

第W章第2節

【問いA〜Dを解くための問い】(分析的知識・記述的知識に対応)

一﹃一﹃一一一一一﹃一一 名古屋にはいつごろから人々が集まるようになったのだろうか。

戦国時代にはどのような人物が登場し,まちづくりがどのように進んだのだろうか。

戦国時代にはまちがどのように発展したのだろうか。

江戸時代にはどのような人物が登場し,まちづくりがどのように進んだのだろうか。

清洲越しとはどのようなまちづくりだったのだろうか。

江戸時代にはまちがどのように発展したのだろうか。

太平洋戦争によってまちはどのようになったのだろうか。

戦後に行われたまちづくりはどのようなものだったのだろうか。

戦後に行われたまちづくりは市民からどのように評価されたのだろうか。

いっごろから産業が発展してきたのだろうか。

どのように産業中心のまちとなってきたのだろうか。

産業中心のまちになって,どのような問題が出てきたのだろうか。

② 概念探究過程皿における問いの構造

【中核となる問い1】(説明的知識IIに対応)

 なぜ名古屋では行政主導によるまちづくりの限界を認識し,市民参画のまちづくりを進 めるようになったのだろうか。

【中核となる問いを解くための問い】(下位の説明的知識E〜Gに対応)

E なぜ世界デザイン博によるまちづくりが,市民生活と直結した住みよいまちづくりに なっていないと批判されたのだろうか。

F なぜ藤前干潟を埋め立てることによってごみ処分場を建設することに市民が反対し,

市は計画の中止を決定したのだろうか。

G なぜ市は行政主導によるまちづくりの限界を認識し,市民参画によるまちづくりを進  めるようになったのだろうか。

【問いE〜Gを解くための問い】(分析的知識・記述的知識に対応)

E−1まちづくりを進めるために,市議会はどのような働きをしているのだろうか。

第N章第2節

一一一一一一一︸ 世界デザイン博によるまちづくりとはどのようなものだったのだろうか。

行政主導のまちづくりの問題点とはどのようなものであったのだろうか。

ごみ処分場の建設問題とはどのようなものであったのだろうか。

藤前干潟とはどのような場所なのだろうか。

ごみ処分場建設問題に対して,市民はどのような活動を起こしたのだろうか。

名古屋都市センターとはどのような施設だろうか。

まちづくり基金制度とはどのような制度なのだろうか。

名古屋で見られるようになった市民参画のまちづくりとはどのようなものだろうか。

③ 概念探究過程皿における問いの構造

【中核となる問い皿】(説明的知識皿に対応)

なぜ滋賀県長浜市では市民参画のまちづくりを進め,経済面における問題も解決するこ とができたのだろうか。

【中核となる問いを解くための問い】(説明的知識H〜Jに対応)

H なぜ戦後の長浜では,行政主導による歴史遺産を生かしたまちづくりが進められたの

 だろうか。

1 なぜ長浜では行政単独によるまちづくりの限界を認識し,市民参画のまちづくりを模 索するようになったのだろうか。

J なぜ長浜のまちづくりは,コミュニティビジネスによって,観光客だけでなく地元客 の取り込みにも成功し,高齢者問題も解決することができたのだろうか。

【問いH〜Jを解くための問い】(分析的知識・記述的知識に対応)

H−1

H−2

卜1 1−2

」一l J−2

長浜のまちはどのように発展してきたのだろうか。

長浜では歴史を生かしたまちづくりをどのように進めてきたのだろうか。

黒壁の取り壊し問題とはどのようなものであったのだろうか。

取り壊し中止により,どのような取り組みが見られるようになったのだろうか。

第3セクターの株式会社黒壁とはどのように始められたのだろうか。

コミュニティビジネスによるまちづくりをどのように進めたのだろうか。

第IV章第2節

J−3 どのような高齢者問題への対策をとったのだろうか。

【註】

1岩田一彦『社会科固有の授業理論30の提言』,明治図書,2001,p。31 2同上書,p,40

3同上書,p,52 4同上書,p.63 5同上書,p.141 6同上書,p.45 7同上書,p.49

第四章第2節

(4)授業モデル

①小単元「みんなの願いを実現する政治一名古屋のまちづくり一」

② 指導計画(全10時間)

 第1次 名古屋のまちづくりの歴史  第2次市民参画のまちづくり  第3次長浜のまちづくり  第4次 これからのまちづくり

… 3時間

… 3時間

… 2時間

… 2時間

過程 時 段階 主な問い

目標

主な資料等

概 1

情報の収集 ○ この図を見て, O まちの様子の変化を見て,そ 【1】まちの変北 気が付いたことを の要因について考える。

A忍

〜 発表しよう。

0 まちはどのよう

探 3

に変化してきてい

るだろう。

究 情報の分

○ 名古屋のまちも O 名古屋のまちも大きく変化 【2】繊の変遷 類・比較 これまでどのよう していることをつかみ,その要 【3】人口の掬多

に変化してきたの 因を考える。

だろうか。

○ 今の名古屋のま 0 これまでの学習や知ってい 【4】名古屋の風上 ちの特徴とはなん ることから,名古屋のまちの特 と特性

1

だろうか。 徴を考える。

学習問題の

見・把握         【中核となる問い1】

業中心の大都市として発展してきた名古屋は,なぜそれまでのまち づくりによって, 市民にとって住みよいまち,特色あるまちとならなか ったのだろうか。

予想の提示 ○ 理由を予想して ○ 学習問題に対して各自がそ

みよう。 の理由を予測する。

仮説の設定 ○ 出された予想を分析して,仮

説を設定する。

仮設の根拠

○ なぜ戦国時代に ○ 戦国時代に名古屋周辺から 【5】三人の武将年

となる資料

名古屋の城下町に は織田信長,豊臣秀吉,徳川家 表

の収集 は人々が集まった 康といったその時代の中心と 【6】清洲城と城下 ことでまちが発展 もいうべき人物が登場した。そ 町

仮説の検証 し,現在のまちの のため,その城下町には人々が 基盤が形成された 集まり,まちが発展したことに のだろうか。 より,現在の大都市としての基

【問いA】 盤が形成された。  【知識A】

○ なぜ江戸時代に O 江戸時代に入ると家康の命 【7】名古屋鵬繊 城下町の形成が進 を受けた加藤清正が名古屋城 【8】大名配置図