第 3 章 角運動量の理論
3.4 密度演算子ならびに純粋アンサンブルと混合アンサンブル
偏極原子線と偏極していない原子線/アンサンブル平均と密度演算子(冒頭)(pp.235–238) 純粋アンサンブルとその混合である混合アンサンブル 純粋アンサンブル 混合アンサンブル
∑
icia(i)⟩ ∑
iwiα(i)⟩ {a(i)⟩
}は直交系 一般に{α(i)⟩
}は直交系でない 展開係数ci ∈C 分布の割合wi∈R コヒーレントな混合 インコヒーレントな混合 例)偏極している銀原子線 例)部分的に偏極している銀原子線
|Sy;±⟩= √1
2|Sz; +⟩ ±√i2|Sz;−⟩ 0.4|Sz; +⟩+ 0.3|Sx; +⟩+ 0.3|Sy;−⟩
(項数) = (ケット空間の次元) 一般に(項数)̸= (ケット空間の次元)
アンサンブル平均と密度演算子(pp.238–244)
• 混合アンサンブル∑
iwiα(i)⟩
の中に状態α(i)⟩
のものを見出す確率はwiで,
状態α(i)⟩
における観測量の期待値は⟨
α(i)Aα(i)⟩
だから,
アンサンブル平均は
[A] =∑
i
wi
⟨
α(i)Aα(i)
⟩
である.
• 密度演算子ρ≡∑
iwiα(i)⟩ ⟨
α(i)を用いてこれは [A] = tr(ρA) =∑
b′
⟨b′|ρA|b′⟩ と書き換えらる.
これは基底{|b′⟩}に依らない.
• 規格化条件 ∑
iwi= 1 ⇔ tr(ρ) = 1
• 純粋アンサンブルに対してtr(ρ2)は最大値tr(ρ2) = tr(ρ) = 1をとる.
アンサンブルの時間的発展(pp.245–246)
ρ: Schr¨odinger表示の密度演算子 ↔ ρ古典 :位相空間内の代表点の密度,
Schr¨odinger方程式 iℏ∂ρ
∂t =−[ρ, H] ↔ Liouvilleの定理 ∂ρ古典
∂t =−[ρ古典, H]古典. 連続的な場合への一般化(pp.246–247)
[A] =∑
b′
⟨b′|ρA|b′⟩ → [A] =
∫
dξ′⟨ξ′|ρA|ξ′⟩.
量子統計力学(pp.247–253)
ρを対角化する基底でエントロピーを
S≡kσ, σ≡ − ∑
対角要素ρkk
ρkklnρkk
と定義すると(kはBoltzmann定数),
• 純粋なアンサンブル(唯一つのkに対しρkk= 1,その他のρkk= 0) → σ= 0
• 完全にランダムなアンサンブル(各ρkk= 1/N) → σ= lnN (Nはケット空間の次元)
となる.熱平衡では
0 =iℏ∂ρ
∂t =−[ρ, H]
よりρとH の同時固有ケットの存在が保証され,
• 規格化条件∑
kρkk= 1
• [H] = (構成要素あたりの内部エネルギーU) = constの条件 の下でσが最大値をとることを要求すると
ρkk= exp(−βEk)
∑N
l exp(−βEl) を得る.ここから
• アンサンブルは高温の極限β→0で完全にランダムなアンサンブルになること
• 低温の極限β → ∞で基底状態のみが占められる純粋アンサンブルになること
• U =∑
kEkρkk, Z=∑
ke−βEkに対し
U =− ∂
∂β(lnZ) となること
が分かる.
3.4 について
■「実際,第一章で……sin2(β/2)となる」(p.237下から9〜7行目)について 偏極の方向すなわち原子スピ ンの方向nは与えられていてSG装置を回転すると磁場がnとなす角βを変えられる.磁場の方向にz軸を とると第1章問題9または式(3.2.52)より|n⟩= cos(β/2)e−iα/2|+⟩+ sin(β/2)e−iα/2|−⟩なので,SG装置 が観測する磁場に沿った2方向の相対強度| ⟨+|n⟩ |2,| ⟨−|n⟩ |2はそれぞれcos2(β/2),sin2(β/2)である.
■式(3.4.10):[A] = tr(ρA)の導出 式(3.4.7)において∑
b′|b′⟩ ⟨b′|= 1を挿入せずとも [A] =∑
b′′
∑
i
⟨
α(i)Ab′′
⟩ ⟨ b′′α(i)
⟩
=∑
b′′
⟨b′′| (∑
i
wiα(i)
⟩ ⟨ α(i)
)
A|b′′⟩= tr(ρA) のように式(3.4.10)を得られる.
■「トレースは表示に依らない」(式(3.4.10)の1行下)こと 式(1.5.15)を見よ.
■式(3.4.11) 式(3.4.11)で用いたのは各αi⟩
が規格化されていることであり,{αi⟩
}の直交性は仮定して いない.
■スピン1/2の系では[Sx],[Sy],[Sz]だけで密度演算子を表せること(p.240下5行からp.241,l.1) 密度行 列はどのような基底で表示しようともケット空間の次元が2なので2×2の行列でなければならい.Herimte 性と規格化条件を満足する2×2の行列はa, b, cを実数として
M ≡
( a b+ic b−ic 1−a )
の形をとる.特に{|Sz;±⟩}を基底にとるとPauli行列の表式(3.2.32)を用いることができ,
[Sx] = ℏ
2tr(M σ1) =ℏb, [Sy] = ℏ
2tr(M σ2) =−ℏc, [Sz] = ℏ
2tr(M σ3) =ℏ (
a−1 2
)
からa, b, cが定まる.
■密度行列が同じアンサンブルは区別しない 「スピン1/2の系では,問題にするアンサンブルを3個の実数 が完全に特徴づける」(p.241,l.3,4)について,これはアンサンブルを,アンサンブル平均[A] = tr(ρA)だけ で,したがって与えられた基底での密度演算子の行列表示だけで特徴付けられるものと見なしているからであ ると考えられる.逆にアンサンブルを表すケットが一致しないものも同じ密度行列を持ちさえすれば同じアン サンブルと見て良い.例えばp.243例3で扱われる偏極していないビーム
0.5|Sx; +⟩+ 0.5|Sx;−⟩= 1
√2|+⟩ (∵|Sx;±⟩の式(1.4.17a)) は0.5|+⟩+ 0.5|−⟩に一致しないが,これらは共通の密度行列(3.4.20)を持つ.
なお,|Sy;±⟩の式(1.4.17b)よりSy±に完全に偏極したビームの密度行列は ρ .
=
(1/2 ∓i/2
±i/2 1/2 )
(29) なので,期待されるようにアンサンブル0.5|Sy; +⟩+ 0.5|Sy;−⟩も密度行列(3.4.20)を持つ.
■「この点を説明する問題」(p.241,l.6) 「これは……分解できることを強く示唆している」(p.241,l.4
〜l.6)について,しかしながら章末(p.244 下2 行) にある「この点を説明する問題」(p.241,l.6)では {|Sx;±⟩},{|Sy;±⟩},{|Sz;±⟩}だけで分解する方法は,以下に示すように一意的である.
分布の割合w(Sz+)をz+などと略記し式(29)に注意すると,分解できる条件は (7/8 1/8
1/8 1/8 )
=x+
(1/2 1/2 1/2 1/2 )
+x−
(1/2 −1/2
−1/2 1/2 )
+y+
(1/2 −i/2 i/2 1/2
) +y−
(1/2 i/2
−i/2 1/2 )
+z+ (1 0
0 0 )
+z− (0 0
0 1 )
であり,これは6つの係数x±, y±, z±に対する4つの条件
x++x−+y++y−+ 2z+= 7/4 x+−x−−i(y+−y−) = 1/4 x+−x−+i(y+−y−) = 1/4 x++x−+y++y−+ 2z−= 1/4 を与える.第1式と第4式を辺々足すと,これが規格化条件
x++x−+y++y−+z++z−= 1 を含んでいることが分かる.これらは
x+−x− = 1/4, y+=y−, z+−z− = 3/4, x++y++z+= 1 と同値である.x−, z−が非負だからx+≥1/4, z+≥3/4なので,4番目の式とより
x = 1/4, y = 0, z = 3/4
しかありえない.
そこで次に,zx面内で天頂角 β の方向nにスピンが向く状態を純粋アンサンブルに用いてz+|+⟩+ z−|−⟩+w|n⟩と分解することを考える.式(3.2.52)より|n⟩= cos(β/2)|+⟩+ sin(β/2)|−⟩であり,適当 に選んだβに対して
z+ (1 0
0 0 )
+z− (0 0
0 1 )
+w
( cos2(β/2) sin(β/2) cos(β/2) sin(β/2) cos(β/2) sin2(β/2)
)
=
(7/8 1/8 1/8 1/8 )
が成り立てば良い.これは3つの係数z±, wに対する3つの条件
w
2 sinβ=1 8 z++w1 + cosβ
2 = 7
8 z−+w1−cosβ
2 = 1
8 を与える.第2式と第3式を辺々足すと,これが規格化条件
z++z−+w= 1 を含んでいることが分かる.例えばβ=π/3としてこれを解くと
w= 1 2√
3(≥0), z+=7−√ 3
8 (≥0), z− =1 8
( 1− 1
√3 )
(≥0) となる.こうして異なる分解を得る.
■密度行列の対角化 ρはHermiteなので ρ .
=
(w(Sn+) 0 0 w(Sn−)
)
と対角化できる.すなわちある基底{|S·n;±⟩}を用いて
ρ=w(Sn+)|S·n; +⟩ ⟨S·n; +|+w(Sn−)|S·n;−⟩ ⟨S·n;−|
と表される.これは
w(Sx+)|Sx; +⟩+w(Sy−)|Sy;−⟩
のような混合アンサンブルも
w(Sn+)|S·n; +⟩+w(Sn−)|S·n;−⟩
のように分解し直せることを意味する.よって
• ρを対角化する基底では純粋アンサンブルに対して,
式(3.4.16)のように対角成分に固有値1は1つだけしか現れないことが分かる.
• また確かに「このように選ぶとρkkは,……分布の割合を表」し(p.249,l.14,15), 分布の割合に他ならない「各要素ρkk(対角的)は0から1までの実数」(p.248,l.2)である.
• さらに混合アンサンブルに対してρの対角成分をρ′とすると,このこと(ρ′≥0)から
tr(ρ2) =∑
ρ′
ρ′2≤∑
ρ′
ρ′2+ 2 ∑
ρ′>ρ′′
ρ′ρ′′=
∑
ρ′
ρ′
2
= (tr(ρ))2= 1 が成り立ち,「アンサンブルが純粋のときにtr(ρ2)は最大……1より小さい正の数である」
(式(3.4.16)下3行)ことが言える.
■Liouvilleの定理(3.4.30) 式(3.4.30):∂ρ∂t古典 =−[ρ古典, H]古典 がLiouvilleの定理を表していることは,こ れを
dρ古典
dt = ∂ρ古典
∂t + [ρ古典, H]古典= 0
と書き換えれば分かる.ここで ∂ρ∂t古典 では(q, p)が固定されていて位相空間の与えられた点でのρ古典の時間 変化率を表しているのに対し,dρdt古典 は運動する代表点の位置でのρ古典の時間変化率を表している*14.よっ てこれは代表点に固定した領域で密度が不変であることを意味し,領域の定義よりその中の代表点の数は変わ らないから,領域の体積が変わらないというLiouvilleの定理と同等である.
■古典的なアンサンブル平均の式(3.4.31) 式(3.4.31)について,A(q, p)〜A(q+ dfq, p+ dfp)の値を観測 する確率はdΓq,p= dfqdfp中の代表点の数に比例しconst×ρ古典dΓq,pと書ける.よって期待値は
A平均=
∫
A(q, p)×(const×ρ古典dΓq,p) と書け,規格化定数constは規格化条件
1 = const×
∫
ρ古典dΓq,p から定まる.
■式(3.4.38)の導出 ρkk= 0に対しては
ρkklnρkk = lim
ρkk→0ρkklnρkk= 0 を用いる.
■エントロピーの最大値 「実際,後で示すように……σの取りうる最大値がlnNである」(p.248下から5〜 3行)ことは,σを最大にする条件(3.4.49):ρkk= 1/N を式(3.4.36):
σ=−∑
k
ρ(kk対角的)lnρ(kk対角的) に代入して示される.
■カノニカル分布 アンサンブルの構成要素としてN粒子の1つ1つを考えると分布の割合ρkkはk番目の エネルギー固有状態に粒子を見出す確率Nk/Nだから,
ρkk= exp(−βEk)
∑N
l exp(−βEl) (3.4.48)
の導出過程はそのまま古典統計に従うM-B粒子のMaxwell-Boltzmann分布の導出となっている [6, pp.91–
98].
■式(3.4.53) 第2の等号は tr(e−βHA) =∑
k,l
⟨ρke−βHρl
⟩⟨ρl|A|ρk⟩=∑
k,l
e−βElδkl⟨ρl|A|ρk⟩=∑
k
e−βEk⟨ρk|A|ρk⟩ による.
*14つまり流体力学の言葉で言えば∂ρ古典 はEuler微分,dρ古典はLagrange微分・物質微分である.
■「こう同定できることを,……演習問題に残しておく」(p.252,l.2〜l.5)について 式(3.4.54)から調和振 動子の内部エネルギー[H]を計算すると
Z =
∑∞ n=0
exp [
−βℏω (
n+1 2
)]
= eβℏω/2
eβℏω−1, [H] =− ∂
∂βlnZ= (1
2+ 1
eβℏω−1 )
ℏω となる.古典的な極限がℏ→0で得られることを想い起こせば
[H] = (1
2+ 1
eβℏω−1 )
ℏω → 1 β を得る.これをkT と等置するとβ= 1/kT:(3.4.55)と同定される.
■[Si]の式(3.4.58) Sxの式(1.4.18a),Syの式(1.4.18b)より,アンサンブル平均の式(3.4.53)における
⟨A⟩kはA=Sx, Syに対して
⟨±|Sx|±⟩= 0, ⟨±|Sy|±⟩= 0, (複号同順) となるので,
[Sx] = 0, [Sy] = 0 である.また,
[Sz] = ℏ
2×e−βℏω/2
Z +
(
−ℏ 2 )
×eβℏω/2 Z =−ℏ
2tanh (βℏω
2 )
となる.