第 2 章 量子ダイナミクス
2.2 シュレーディンガー表示とハイゼンベルク表示
■Schr¨odinger表示(描像) Schr¨odinger描像において時刻tでの系の状態を|α, t⟩とすると,その時間発展は
|α, t⟩=U(t)|α,0⟩
と書ける.ここに系のHamilton演算子Hに対してU(t)はSchr¨odinger方程式 iℏd
dtU =HU (12)
およびU(0) = 1(恒等演算子)を満たす時間的発展の演算子である.これは状態ケット|α, t⟩がSchr¨odinger 方程式
iℏd
dt|α, t⟩=H|α, t⟩ (13)
に従って時間発展することを意味する.これに対し観測量Aの固有ケット{|a′⟩}を基底ケットに用いる と(ここでは固有値a′ として,離散的な値をとるものを考えても連続的な値をとるものを考えても良い), Schr¨odinger描像において観測量Aは時間変化しないので,基底ケット{|a′⟩}も時間変化しない.以下,
Hamiltonianが時間に陽に依らない場合を考える.このとき時間的発展の演算子は
U(t) =e−iHt/ℏ (14)
と書ける.
■Heisenberg表示(描像) Heisenberg描像において状態ケットは
|α⟩H=|α,0⟩
のように時間変化しない.また,Heisenberg描像の観測量はSchr¨odinger描像の観測量をAとして
AH(t) =U†(t)AU(t) (15)
で定義される.このとき観測量の期待値はSchr¨odinger描像とHeisenberg描像とで同じになる:
⟨α, t|A|α, t⟩=⟨α,0|U†(t)AU(t)|α,0⟩=H⟨α|AH(t)|α⟩H.
このようにSchr¨odinger描像では系の状態が時間変化するのに対し,Heisenberg描像では観測量を表す演算子 が時間変化する.そして時間的発展の演算子U(t)がSchr¨odinger方程式(12)に従うことから,Heisenberg 描像の観測量(15)はHeisenberg方程式
dAH dt = 1
iℏ[AH, H] (16)
に従って時間変化することが導かれる(ただし右辺のHはSchr¨odinger描像のHamilton演算子である).さ らにSchr¨odinger描像の観測量Aに対する固有方程式
A|a′⟩=a′|a′⟩ はHeisenberg描像の観測量AH(t)に対する固有方程式
AH(t)|a′, t⟩H=a′|a′, t⟩H, (17)
|a′, t⟩H=U†(t)|a′⟩, ∴H⟨a′, t|=⟨a′|U(t) (18) になる.これはHeisenberg描像の基底ケットが式(18)の|a′, t⟩Hであることを意味する.Heisenberg描像の 基底ケット|a′, t⟩H=U†(t)|a′⟩はSchr¨odinger描像の状態ケット|α, t⟩=U(t)|α,0⟩と言わば 逆向きに回 転 する.このため状態ケットと基底ケットの内積に他ならない確率(または確率密度)の振幅はSchr¨odinger 描像とHeisenberg描像とで同じ値となることが保証される:
⟨a′|α, t⟩=⟨a′|U(t)|α,0⟩=H⟨a′, t|α⟩H. 以上の結果は表1のようにまとめられる.
表1 Schr¨odinger描像,Heisenberg描像
Schr¨odinger描像 Heisenberg描像 状態ケット |α, t⟩ |α⟩H=U†(t)|α, t⟩=|α,0⟩
Schr¨odinger方程式(13)に従う 時間変化しない
観測量 A AH(t) =U†(t)AU(t)
時間変化しない Heisenberg方程式(16)に従う 基底ケット |a′⟩ 時間変化しない |a′, t⟩H=U†(t)|a′⟩
自由粒子,エーレンフェストの定理(pp.113–116)
Hamilton演算子H=p2/2m+V(x)で記述される粒子に対し,
Heisenberg方程式 dpi
dt = 1
iℏ[pi, H] =− ∂
∂xi
V(x), dxi dt = 1
iℏ[xi, H] = pi
m, d2xi dt2 = 1
iℏ [dxi
dt , H ]
= 1 m
dpi dt
→ 演算子の関係 md2x dt2 =dp
dt =−∇V(x)
→ Ehrenfestの定理 md2
dt2⟨x⟩=d⟨p⟩
dt =− ⟨∇V(x)⟩.
2.2 について
■式(2.2.7) 式(2.2.7)最後の等号は [p·dx′,x] =∑
k
dxk′[pk,x] =∑
k
dxk′(−iℏxˆk) =−iℏdxk′
による.
[p·dx′,x]
| {z }
3成分
̸
= dx′·[p,x]
| {z }
1成分
に注意せよ.
■式(2.2.8) 「どちらのアプローチをとってもxの期待値に関しては同じ結論⟨x⟩ → ⟨x⟩+⟨dx⟩:(2.2.8)が導 けることを,読者の演習問題として残しておく」(p.109)について,第2のアプローチに対してこれが成り立 つことは式(2.2.7)から明らかである.そこで第1のアプローチ(2.2.6):T(dx′)|x′⟩=|x′+ dx′⟩に対して これを確認する.
T(dx′)|α⟩=
∫
d3x′|x′+ dx′⟩ ⟨x′|α⟩ DC←→ ⟨α|T†(dx′) =
∫
d3x′′⟨x′′|α⟩∗⟨x′′+ dx′|,
∴⟨α|T†(dx′)xT(dx′)|α⟩=
∫ d3x′
∫
d3x′′⟨α|x′′⟩(x′+ dx′)
| {z }
固有値
⟨x′|α⟩ ⟨|x′′+ dx{z′|x′+ dx′}⟩
δ(x′−x′′)
=⟨α|x′+ dx′|α⟩=⟨x′+ dx′⟩.
■時間的発展の演算子の具体的な表式 「A(S)はあからさまに時間に依存しないと仮定する」(p.111,l.8,9) について,特にHamilton演算子もあからさまに時間に依存しないと仮定すると,以降に現れる時間的発展の 演算子U(t, t0)は式(2.1.28):U(t, t0) = exp[−iH(t−t0)/ℏ]であることになる.
■Heisinberg方程式の導出(2.2.15) 式(2.2.15)では,演算子の微分に対してもLeibnizルールを適用して いる.
■公式(2.2.23a,b) 公式(2.2.23a,b)を思い出すには,
[xi, F(p)]古典的=∂F(p)
∂pi
, [pi, G(x)]古典的=−∂G(x)
∂xi
にDiracの規則(2.2.22):
[ , ]/iℏ → [ , ]古典的
を適用すれば良い.
公式(2.2.23a,b)の証明に用いる物理的前提は正準交換関係だけである.証明では次の2点に注意する.
• F(p)は第i成分piについてだけ展開すれば良い.
•「(1.6.50e)をくりかえし適用する」(p.114,l.2)計算は,以下のように一般的な公式の形に述べられる.
[A, Bn]からn−1個のBを交換子の左右に出すと,
あらゆるBk[A, B]Bn−k(k= 0,· · · , n−1)の和になる:
[A, Bn] =B[A, Bn−1] + [A, B]Bn−1=B2[A, Bn−2]B+B[A, B]Bn−2+ [A, B]Bn−1=· · ·
=Bn−1[A, B] +Bn−2[A, B]B+· · ·+B[A, B]Bn−2+ [A, B]Bn−1. (19) さて,公式(2.2.23a,b)の証明に入る.以下,iについて和をとらない.
[xi, F(p)] =
∑∞ n=1
1
n![xi, pin(∂n/∂pin)F(pi = 0)] ⇐ n= 0の項は[xi,const] = 0
=
∑∞ n=1
pin n! [xi,
pi以外の関数よりxiと交換する
z }| {
(∂n/∂pin)F(pi= 0) ]
| {z }
=0
+
∑∞ n=1
1
n![xi, pin](∂n/∂pin)F(pi= 0). (20) ここで公式(19)より[xi, pin] =niℏpin−1であり,これを式(20)に代入し
[xi, F(p)] =iℏ∑∞
n=1
pin−1(∂n/∂pin)F(pi = 0)
(n−1)! =iℏ∂F
∂pi (2.2.23a)
を得る.
式(2.2.23b)を示すには,式(20)でxとpを入れ替えF →Gと置き換えた式が成り立つことに注意し,
そこに公式(19)より得られる[pi, xjn] =−niℏxinを代入すれば良い.
■Ehrenfestの定理(2.2.36)の解釈 Ehrenfestの定理(2.2.36)は波動関数が鋭い波束を成すという仮定を用 いずに導かれている.よって「波束の中心はV(x)の下で当然,古典的粒子のように運動する」(p.116)こと は,波束が鋭くない場合にも成り立つものと考えられる.
■式(2.2.39) 式(2.2.39)について
A(S)|a′⟩=a′|a′⟩ ⇒ A(H)(0)|a′⟩=a′|a′⟩ ⇒ U†A(H)(0)U U| {z }†
1
|a′⟩=a′U†|a′⟩
とせずとも,つまり「2つの表示が一致するt= 0で(2.2.37)を用いれば」(p.117)と断らなくても,式(2.2.10) を用いて次のようにできるだろう.すなわちA(S)|a′⟩=a′|a′⟩の両辺に左からU†をかけて
U†A(S)(U U†)|a′⟩=a′U†|a′⟩, ∴A(H)U†)|a′⟩=a′U†)|a′⟩.
■ 符号の異なるSchr¨oinger方程式 (2.2.42) 式(2.2.42):
iℏ∂
∂t|a′, t⟩H=−H|a′, t⟩H
は,時間的発展の演算子に対するSchr¨oinger方程式(2.1.25)の両辺Hermite共役をとった式
−iℏ∂U†
∂t =U†H =HU† の両辺に右から|a′⟩をかけると得られる.
■状態ケットと基底ケットのなす角の コサイン 「模式図的にいうならば状態ケットと基底ケットのなす 角の コサイン は状態ケットを反時計廻りに回しても,基底ケットを時計廻りに回しても同じなのである」
(p.118)について,ケットベクトルは矢印のような幾何学的意味を持たないのを承知で敢えてこの「模式図」
を描くと図12のようになる.
イメージ図
|𝛼, 𝑡0; 𝑡 >
|𝛼, 𝑡0>
|𝑎′ >
|𝛼, 𝑡0>
|𝑎′ >
|𝑎′, 𝑡 >𝐻 𝒰
𝒰†
Schr odinger表示 Heisenberg表示
図12 状態ケットと基底ケットのなす角の コサイン