第 3 章 角運動量の理論
3.2 スピン 1/2 の系と有限回転
スピン1/2に対する回転演算子(pp.213–217) スピン1/2の系のスピン演算子
Sx= ℏ
2{(|+⟩ ⟨−|) + (|−⟩ ⟨+|)} Sy= iℏ
2 {−(|+⟩ ⟨−|) + (|−⟩ ⟨+|)} Sz=ℏ
2{(|+⟩ ⟨+|)−(|−⟩ ⟨−|)}
(3.2.1)
は角運動量の基本的交換関係を満たす(式(1.4.20)).よってDz(ϕ) =e−iSzϕ/ℏはz軸周りの角度ϕの回転演 算子である.そこで状態|α⟩と回転後の状態Dz(ϕ)|α⟩に関してとったSの期待値⟨S⟩を
• Sの具体的表式(3.2.1)から,
• ベーカー・ハウスドルフの補助定理を用い,角運動量の基本的交換関係だけから 調べると,実際,図21のように⟨S⟩はz軸周りに角度ϕだけ回転することを確かめられる.
また,系の2π回転後の状態は
Dz(ϕ= 2π)|α⟩=e−iSzϕ/ℏ|ϕ=2π{(|+⟩ ⟨+|) + (|−⟩ ⟨−|)} |α⟩
={(e−πi|+⟩ ⟨+|) + (eπi|−⟩ ⟨−|)}
=− |α⟩ であり,もとの状態|α⟩とマイナスの符号だけ異なる.
𝑥 𝑦 𝑧
𝜙
< 𝑺 >
𝑂
< 𝑺 >
図21 状態が|α⟩ →Dz(ϕ)|α⟩と変化すると,期待値⟨S⟩はz軸周りに角度ϕだけ回転する
スピン歳差運動 再考・2π回転を調べる中性子干渉法の実験(pp.217–220)
• 一様な磁場中のスピン1/2の系で時間発展演算子e−iHt/ℏは回転演算子e−iSzωt/ℏに他ならず,
スピンは歳差運動をする.
• Dz(2π)|α⟩=− |α⟩における右辺の負号の存在は,負号のない系との干渉実験で確かめられる.
パウリの2成分形式(pp.220–223) スピン1/2の系に対して
2成分スピノル χ: |α⟩ .
=χ=
(⟨+|α⟩
⟨−|α⟩ )
, Pauli行列 σk : (σk)a′a′′=⟨a′|Sk|a′′⟩
ℏ/2 を(a′, a′′)成分に持つ行列(k= 1,2,3).
2成分形式での回転(pp.223–226)
|α⟩ →exp
(−iS·nϕ ℏ
)
|α⟩ ⇔ χ→exp
(−iσ·nϕ 2
) χ.
3.2 について
■「角運動量の交換関係(3.1.20)を実現する最小の次元数Nは,N = 2である」(p.213)について スピン 1/2の系は状態がN = 2個の固有ケット|+⟩,|−⟩によって張られるケット空間に属するという意味で,次元 数N = 2の系である.そしてこのような系では確かに,角運動量の交換関係(3.1.20)を満たす演算子(3.2.1) を作ることができる.
一方N = 1の系を,状態が観測量Aの唯一つの固有ケット|a′⟩から成る系と考えると,任意の演算子は
|a′⟩ ⟨a′|に比例するため,角運動量の交換関係(3.1.20)を満たさない.よって「角運動量の交換関係(3.1.20) を実現する最小の次元数Nは,N= 2である」.
■ベーカー・ハウスドルフの定理を用いた計算(3.2.7) 式(3.2.7)の計算は,帰納的に予想される関係 [Sz,[Sz,· · ·[Sz,
| {z }
2n個のSz
Sx]· · ·]]
| {z }
括弧のみ
=(iℏ)2n(−1)nSx, (27) [Sz,[Sz,· · ·[Sz,
| {z }
2n+1個のSz
Sx]· · ·]]
| {z }
括弧のみ
=(iℏ)2n+1(−1)nSy (28) を用いて実行できる.実際,式(27),式(28)は数学的帰納法にて証明できる.すなわち式(27)はn= 0で成 り立つ.あるnに対して式(27)が成り立つとすると式(28)が,したがって式(27)でn→n+ 1とした式が 成り立つ.
■式(3.2.10)の説明 「Szの期待値については,SzとDz(ϕ)が交換するので変化がない」(p.215)ことを丁 寧に書くと
⟨Sz⟩=⟨α|Sz|α⟩ → ⟨α|Dz†(ϕ)SzDz(ϕ)|α⟩=⟨α|(Dz†(ϕ)Dz(ϕ))Sz|α⟩=⟨Sz⟩ となる.
■ミュー粒子の磁気モーメント 「ミュー粒子の磁気モーメントは……eℏ/2mµcと決定できる」(p.217下2
行,p.218,l.1)について,ミュー粒子が軌道角運動量を持たないとすれば,スピンに比例したスピン磁気モーメ
ントと考えられる.ℏ/2を除いたe/mµcがその比例定数なら電子のスピン磁気モーメントがµ= (e/mec)S である(p.3)のと同じである.
■磁場の変化の式(3.2.25) 式(3.2.25)は次のようにして得られる.磁場の変化B→B+∆Bに伴い経路B の中性子のスピン歳差運動角振動数がω→ω+∆ωと変化して干渉領域の強度の位相が山から山に移ったと すると
2π= (∆ω)T
2 = 1
2 gne∆B
mpc T, ∴∆B= 4πmpc gneT となる.ここに
T = l
p/mp =lmp
ℏk =lλ–mp
ℏ を代入すれば良い.
■Pauli行列の交換関係(3.2.35) Pauli行列の交換関係(3.2.35)は「角運動量の交換関係(3.1.20)を2×2の 行列として具体的に表したものと見ることができる」(式(3.2.35)の下2行)について,実際,式(3.1.20)より
⟨a′|SiSj|a′′⟩ − ⟨a′|SjSi|a′′⟩=iℏεijk⟨a′|Sk|a′′⟩,
∴∑
a′′′
⟨a′|Si|a′′′⟩ ⟨a′′′|Sj|a′′⟩ −∑
a′′′
⟨a′|Sj|a′′′⟩ ⟨a′′′|Si|a′′⟩=iℏεijk⟨a′|Sk|a′′⟩ であり,これを両辺(ℏ/2)2で割ったものは交換関係(3.2.35)の(a′, a′′)成分である.
同じ要領で演算子の関係(3.2.6):
eiSzϕ/ℏSxe−iSzϕ/ℏ=Sxcosϕ−Sysinϕ から行列の関係(3.2.48):
eiσ3ϕ/2σ1e−iσ3ϕ/2=σ1cosϕ−σ2sinϕ を得る.
■式(3.2.36) Pauli行列の反交換関係(3.2.34)と交換関係(3.2.35)を辺々足してσjσiを消去すると σiσj =δij+iεijkσk
を得る.これは式(3.2.36):
σ1σ2=−σ2σ1=iσ3, etc.
をまとめたものである.
■回転演算子の行列表現(3.2.42) 式(3.2.42)は回転行列の(a′, a′′)成分が
⟨ a′
exp
(−iS·nϕˆ ℏ
) a′′
⟩
≡
⟨ a′
∑∞ k=0
1 k!
(−iS·nϕˆ ℏ
)k a′′
⟩
=
∑∞ k=0
1 k!
(−iϕ ℏ
)k
(⟨a′|S·nˆ|a′′⟩)k
≡exp (−iϕ
ℏ ⟨a′|S·nˆ|a′′⟩ )
= exp (−iϕ
2
∑3 i=1
⟨a′|Si|a′′⟩ ℏ/2 nˆi
)
= exp (−iϕ
2
∑3 i=1
(σi)a′a′′ˆni )
= (
exp
(−iσ·nϕˆ 2
))
a′a′′
となることから分かる.これによれば結局,回転演算子を行列表現にするにはS/ℏ→σ/2と置き換えれば 良い.
■式(3.2.46)
|α⟩ → e−iS·nϕ/ℏ|α⟩,
∴⟨a′|α⟩ → ⟨a′|e−iS·nϕ/ℏ|α⟩=∑
a′′
⟨a′|e−iS·nϕ/ℏ|a′′⟩ ⟨a′′|α⟩
はχのa′成分⟨a′|α⟩が,⟨a′|e−iS·nϕ/ℏ|a′′⟩を(a′, a′′)成分に持つ行列e−iσ·nϕ/2をχにかけて得られるベク トルのa′成分に変換されることを意味するから,式(3.2.46):
χ → e−iσ·nϕ/2χ が成り立つ.
■⟨S⟩がベクトル変換の性質に従うこと 「ベクトル変換の性質に従うのは,σでなくχ†σχである」(p.224 下から4行目)のは,式(3.2.31):
⟨Sk⟩= ℏ 2χ†σkχ より⟨S⟩がベクトル変換の性質に従うことを意味している:
χ†σkχ → ∑
l
Rkl(χ†σlχ) : (3.2.47),
⇔ ⟨Sk⟩ → ∑
l
Rkl⟨Sl⟩: (3.2.11).
そして式(3.2.11)がz軸周りの回転に対して成り立つことを既に確かめた.
■状態|S·n; +⟩ スピンのn方向成分S·nの期待値がℏ/2である状態|S·n; +⟩とはこの記号が表す通り スピンがnと平行になる状態である.それゆえ式(3.2.52)が対応する固有スピノルである.
σ·nχ=χ: (3.2.50)
⇔ ∑
a′′
⟨a′|S·n|a′′⟩ ⟨a′′|S·n; +⟩=ℏ
2⟨a′|S·n; +⟩
⇔ S·n|S·n; +⟩= ℏ
2|S·n; +⟩: (3.2.51).