第 3 章 角運動量の理論
3.10 テンソル演算子
テンソル積(pp.324–326)
既約球面テンソルXq(k11), Zq(k22)から球面(既約)テンソル Tq(k)= ∑
q1,q2
⟨k1k2;q1q2|k1k2;kq⟩Xq(k1)
1 Zq(k2)
2
が作られる.
テンソル演算子の行列要素:ウィグナー・エッカルトの定理(pp.324–326)
テンソル演算子Tq(k)の角運動量固有状態に関する行列要素⟨α′, j′m′|Tq(k)|α, jm⟩は
⟨α′, j′m′|Tq(k)|α, jm⟩=⟨jk;mq|jk;j′m′⟩⟨α′j√′||T(k)||αj⟩ 2j+ 1 を満たす(Wigner-Eckartの定理).
• ⟨jk;mq|jk;j′m′⟩はClebsch-Gordan係数であり,
mやm′,q(幾何学的関係)のみに依り,テンソル演算子Tq(k)の固有の性質には依らない.
– Clebsch-Gordan係数に対するm-選択則と三角関係式|j−k| ≤j′≤j+k
→ テンソル演算子の行列要素に対するm-選択則
⟨α′, j′m′|Tq(k)|α, jm⟩= 0, (m′̸=q+m) と三角関係式|j−k| ≤j′ ≤j+k.
• 二重線の行列要素⟨α′j′||T(k)||αj⟩はmやm′,q(幾何学的関係)に依らず,ダイナミクスに依存する.
j=j′の場合のWigner-Eckartの定理は,ベクトル演算子Vqと角運動量Jq に対する射影定理
⟨α′, jm′|Vq|α, jm⟩= ⟨α′, jm|J·V|α, jm⟩
ℏ2j(j+ 1) ⟨jm′|Jq|jm⟩, (q= 0,±1) を含んでいる.ここに
V± ≡ ∓ 1
√2(Vx±Vy), V0≡Vz.
3.10 について
■x,pがベクトル演算子であること 「[y, Lz] =iℏx,· · ·,[py, Lz] =iℏpx」(p.320,l.6,7)は正準交換関係を 用い
[xi, Lj] =εjklxk[xi, pl] =iℏεijkxk, [pi, Lj] =εjkl[pi, xk]pl=iℏεijlpl
と確かめられる.
■直交テンソルの定義式(3.10.11) 式(3.10.11)では共変成分・反変成分が区別されていない.これは直交座 標系の間の変換に関する限り,変換行列は直交行列になり,共変成分と反変成分を区別する必要がなくなるか らである.実際,直交変換
ei′=∑
j
(ei′·ej)ej =∑
j
aijej, x=∑
j
xjej =∑
i,j
xj(ej·ei′)ei′, ∴x′i=∑
j
(ej·ei′)xj=∑
j
aijxj
において
ei′·ek =aik=∑
j
aijδjk=∂x′i
∂xk, ei·ej′= ∂xi
∂x′j なので
∂x′j
∂xi
=ej′·ei= ∂xi
∂x′j
となる.これは
• 変換係数aij が作る行列
O≡(aij) = (∂x′i
∂xj
)
が直交行列であること
(OT)ij = (O−1)ij
• 反変ベクトル成分の変換則が,共変ベクトル成分の変換則に一致すること x′i=∑
j
∂x′i
∂xj
xj=∑
j
∂xj
∂x′i
xj
を意味している.
■式(3.10.13)右辺最後の項 「最後は5個(= 6−1個,1はトレイスレスの条件に由来)の独立成分を持つ,
3×3対称トレイスレス・テンソルである」(p.321,l.3,4)について,全成分を3×3対称行列の形を借りて書 いたとき上三角の6成分が決まれば全成分が決まる.また,トレイスレスであるとはi, jについての縮約が消 えること
UkVk+UkVk
2 −U·V
3 δkk= 2×U·V
2 −U·V
3 ×3 = 0 を意味する.
■式(3.10.21) の訂正 式 (3.10.21) におけるDm(l)′∗m(R) はユニタリー性 (3.5.47)を用いると,正しくは Dmm(l)∗′(R)である.式(3.10.22a)ではそうなっている.
■式(3.10.22b) 式(3.10.22a)においてRをR−1に置き換えて,D(R)のユニタリー性(その行列表現がユ ニタリーになること(3.5.47))を用いて得られる.
■式(3.10.24)における「nˆ を……( ˆx±iy)ˆ 方向にとったりして」(p.323下から8行目) これは( ˆn= ˆxとし た式) +i( ˆn= ˆyとした式)を作ることと考えれば良い.結果的にnˆ = ˆx±iyˆを代入した
[J±, Tq(k)] =
∑k q′=−k
⟨k, q′|J±|k, q⟩Tq(k)′ が成り立つことから式(3.10.25b)を得られる.
■「ここでクレプシュ・ゴルダン級数の公式(3.7.69)を用いた」(p.325下から4 行目) 具体的には,式 (3.7.69)において
生きた添字: j1,2→k1,2, m1,2→q′1,2, m′1,2→q1,2, ダミー添字: j→k′′, m→q′, m′ →q′′
およびR→R−1の置き換えて,証明の第2の等号における変形をしたことを指す.
■「(3.7.41)を用いると」(p.325下から3行目) 正しくは式(3.7.42)より
∑
q1q2
⟨k1k2;q1q2|k1k2;kq⟩ ⟨k1k2;q1q2|k1k2;k′′q′′⟩=δkk′′δqq′′
となることを用いている.
■式(3.10.30) 式(3.10.29)右辺において DTq(k)D† =
∑k q′=−k
Dq(k)′q =
∑k q′=−k
⟨kq′|e−iJzϕ/ℏ|kq⟩Tq(k)′ =e−iqϕTq(k), D|α, jm⟩=e−iJzϕ/ℏ|α, jm⟩=e−imϕ|α, jm⟩
であることから得られる.
■「これは|α′, j′m′⟩とq+m=m′の場合を除いて直交する」(式(3.10.30)1行下) やや分かりにくい表現 だが,式(3.10.30)の両辺に左から⟨α′, j′m′|をかけると
e−im′ϕ⟨α′, j′m′|Tq(k)|α, jm⟩=e−i(q+m)ϕ⟨α′, j′m′|Tq(k)|α, jm⟩,
∴(e−i{m′−(q+m)}ϕ−1)⟨α′, j′m′|Tq(k)|α, jm⟩=0 となるからm-選択則が示される.
■式(3.10.34)の導出 J±†=J∓に注意して式(3.5.39),式(3.5.40)を用いると
⟨α′, j′m′|[J±, Tq(k)]|α, jm⟩
=√
(j±m′)(j∓m′+ 1)ℏ⟨α′, j′, m′∓1|Tq(k)|α, jm⟩ −√
(j∓m′)(j±m′+ 1)ℏ⟨α′, j′m′|Tq(k)|α, j, m±1⟩ を得る.この右辺を式(3.10.33)右辺と等置すれば良い.
■Wigner-Eckartの定理(3.10.37)の導出について 式(3.10.34)を書き換える代わりに,Clebsch-Gordanの 漸化式(3.10.34)において
j→j′, m→m′, j1→j, m1→m, j2→k, m2→q と置き換え,さらに複号±の順番を入れ替えると
√(j′±m′)(j′∓m′+ 1)⟨jk;mq|jk;j′, m′∓1⟩
=√
(j±m+ 1)(j∓m)⟨jk;m±1, q|jk;j′m′⟩+√
(k±q+ 1)(k∓q)⟨jk;m, q±1|jk;j′m′⟩ となる.これを式(3.10.34)と比較してWigner-Eckartの定理(3.10.37):
⟨α′, j′m′|Tq(k)±1|α, jm⟩= (m, q, m′に独立な共通比例定数)⟨jk;m, q±1|jk;j′m′⟩ を得る.
付録 A 恒等演算子は Hermite 演算子
複素数の値a+biに恒等演算子1をかけて演算子(a+bi)1にすると,そのHermite共役を考えることが できる.要請(1.2.10)より
(a+bi)1|⟩ DC←→ ⟨|(a−bi)1†
である.ここで恒等演算子は1† =1なるHermite演算子であると考える(恒等演算子の定義1|⟩= 1|⟩より 恒等演算子は実数の固有値1を持つので,この仮定はp.22の定理に抵触しない).以上より
((a+bi)1)†= (a−bi)1.
付録 B 可換な量 A, B に対する指数法則 e
Ae
B= e
A+B演算子Aの指数関数をeA≡
∑∞ n=0
1
n!Anで定義する.このときA, Bが演算子であるか否かに関わらず交換 する量であれば,指数法則eAeB =eA+Bが成り立つ.
■理由 まず,
eAeB= (∞
∑
n=0
1 n!An
) ( ∞
∑
m=0
1 m!Bm
)
=
∑∞ n=0
∑∞ m=0
1 n!
1 m!AnBm の最右辺において和をとられる項 n!1 m!1 AnBmをいくつか書き出すと以下のようになる.
1 B 12B2 3!1B3 N1!BN
1 1 B 12B2 3!1B3 N1!BN
A A AB 12AB2 (N−11)!ABN−1
1
2A2 12A2 12A2B . ..
1
3!A3 3!1A3 (N−11)!AN−1B
1
N!AN N!1 AN n+m=N となる項の和
∑N n=0
1
n!(N−n)!AnBN−nは上の図式で1列に並ぶ青い字で示した項の和であるこ とに注意すると,
eAeB =
∑∞ N=0
∑N n=0
1
n!(N−n)!AnBN−n =
∑∞ N=0
1 N!
∑N n=0
N!
n!(N−n)!AnBN−n
となることが分かる(ただし上の図式はN = 4として書いている).上式の最右辺はA, Bが交換すれば
∑∞ N=0
1
N!(A+B)N =eA+B に等しいから指数法則eAeB =eA+Bが成り立つ.