第 4 章 運動の強調とその視知覚特性
4.5 実験 3:GVS による眼球運動計測実験
4.5.4 実験 3 考察
全体を通して,まず言えることは眼球が電流の陽極側に回旋しているということである.また,
刺激周波数が0.1Hzから0.8Hz程度までの低い周波数で,刺激周波数に依存していると思われる 正弦波上の眼球回旋運動が見られているということである.特に,被験者Aは前刺激周波数条件 において安定した正弦波状の運動が確認された.一方で,被験者Bと被験者Cは低刺激周波数帯 (~0.8Hz)において一部,乱れたデータを示している.この特徴は高刺激周波数帯(1.0Hz~2.0Hz)にお いてはさらに顕著になる.
このデータの乱れの原因として考えられるのが,電流刺激による瞳孔径変化がもたらす解析値 の飛びである.刺激が1Hz を超える高周波になると,被験者B,Cの解析データに明らかに実際 の眼球運動とは異なる飛び値が出ていた.
この理由として,すでに述べたとおり刺激による瞳孔変化が解析値に影響を及ぼしていると考 えられる.過去の研究からも低周波ではGVSの電流刺激に対して痛覚はほとんど刺激されなかっ たが,2Hz 付近からチクチクと刺すような刺激を知覚するという報告がされている.この痛覚の 知覚は刺激周波数にも依存するが,もちろん刺激電流値の大きさにも比例し,刺激電流値が高い ほどこのチクチク感,もしくは電流が流れていることが知覚されやすくなる.
主観的な視野運動の運動特性との比較
本実験において,GVSにより誘起される回旋性眼球運動を
y ( t ) A sin t
のモデル式にあてはめ,その振幅Aおよびθを求めた.その結果,全被験者において振幅Aに周波数依存性が見 られた.すなわち,振幅Aは刺激周波数が高くなるほどその値(ゲイン)が減少するローパス特 性を示した.刺激からの位相遅れθは,被験者AおよびBにおいて刺激周波数が高くなるほど大
きくなり1.6Hzで最大となる.被験者Cは刺激周波数が0.8Hzで最大となるが,全被験者で刺激
からの位相遅れが周波数依存性を持つ傾向が示された.
これらの結果は,振幅のみに関して言えば,4.4節 実験2:GVS による主観的回旋運動計測実 験によって得られた GVS により生起される主観的な回旋運動の回旋量が振幅においては周波数 依存性を示し,ローパス特性を持つことが示されたことと一致する.しかしながら,刺激からの 位相遅れθ に関しては,過去の知見において周波数依存性が見られず,位相遅れは一定の傾向を 示したことに反している.したがって,一見これらの結果から実際の眼球運動と被験者が知覚し ている視覚情報が一致していないことが示唆されそうである.
しかし,過去の知見において用いられた刺激周波数は 0.5~2.0Hz であったことに留意して,図 70に示すようにグラフの尺度を合わせると,実際は本実験で得られた結果と同様の傾向を示して いることが分かる.つまり,過去の知見において刺激からの位相遅れに周波数依存性が見られな かったのは検証した刺激周波数帯が狭かったためであると言える.そのため追加実験として0.5Hz 未満の刺激周波数を用いたときの被験者の主観的な視野運動を測定しなければ,さらに詳しい考 察は行えないが,刺激周波数が 0.5~2.0Hz では主観的な視野の運動と眼球運動の周波数特性は同 様の傾向を示しているといえる.この結果は,GVS に誘起される視野運動が,主に GVS 誘因性 の回旋眼球運動によって引き起こされることを示唆した4.3節 実験1:GVSによる視覚への影響 評価実験の結果に対して,その妥当性を刺激周波数が0.5~2.0Hzにおいて支持できた.
主観的な視野運動に関する過去の知見との比較から離れて,本実験で得られた刺激周波数が0.1
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および0.25Hzの眼球運動について考えてみると,0.1Hzでは0.5Hz以上の高い周波数刺激により
得られる振幅および位相遅れθに関して,それぞれ振幅は 約 2 倍になり,位相遅れθ は
20deg~40deg減少している.0.1Hz以下の刺激周波数では,Schneiderらの実験によりでの0.005Hz
における結果において,位相差が0に近くなっていることなどから[94],本実験系においても同様 に位相遅れが0に漸近すると考えられる.
図70 主観的視野運動の周波数特性グラフとの比較
本実験は白熱灯を間接照明として使用した平均照度60Lux程度の室内で行った.これは暗室も しくは完全暗中では瞳孔が大きく開き,虹彩紋理が極めて撮像しにくくなるためである.結果と して,本実験において測定した眼球運動には前庭動眼反射(VOR)と視運動性眼振(OKN)の2つの代 償性眼球運動システムが作用していると考えられる.しかし,前述したように知覚される視野運 動は実際の眼球運動の運動特性と同様の傾向を示した.このことは0.5Hz以上においてはOKNの 影響が小さいということを示唆している.なぜならば,VORはOKNにより抑制されるからであ る.そして,この結果はVORとOKNが相補的相互作用によって視野を安定させ,OKNは低い周 波数でゲインが最も高いという知見に対して,『0.5Hz 以下の周波数において OKNのゲインは最 も高くなる』という補足事項を付け加えることができる.
物理的な加速度付加により得られた眼球運動特性との比較
本実験において得られたGVS誘因性の眼球運動と,機械的な加速度付加装置によって誘発され る眼球運動の運動特性を比較する.この際,留意すべき点は本実験で得られた眼球運動が,全て の被験者および刺激周波数帯で電極の陽極側に回旋した,つまり左耳側の電極が陽極であるとき 眼球は被験者視点で見ると反時計回りに回旋したという点である.GVSの知見として,被験者は 陽極側に加速度を知覚し,陽極側に傾くことが知られている.
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一方で,前庭動眼反射は頭部の運動に対して視野を安定させるために頭部とは逆方向に動く代 償性の眼球運動である.これらの知見を統合すると,本実験により得られた眼球運動はそもそも 前庭動眼反射ではない別のシステムにより生起された眼球運動であるということを前提として比 較せねばならなくなる.
しかし,これはこれまでの前庭動眼反射の研究のほとんどが,回転刺激を用いた半規管性の前 庭動眼反射について検証しているため『前庭動眼反射=頭部の動きと反対方向に引き起こされる』
という先入観によって起るミスリードである.
それでは GVS によって引き起こされる眼球運動はどのような要因で引き起こされるのか.
Lionel らは被験者の頭部を含めた全身を拘束し,両耳を通る軸(垂直立位姿勢時には重力方向に
垂直な軸)への直線的な加速度(Iinteraural linear acceleration)を加えたときに生じる眼球運動を測定 した[112].刺激周波数は0.01,0.02,0.05,1.0Hzである.これは先行研究として0.35~1.0Hzの同 様の実験がMerfeldらによってなされていたためである[113].この結果,図71,図72に示した,
Y軸方向に直線的な加速度(最大加速度0.5Gとなる正弦波状刺激)を加えたとき,測定された眼 球運動は加速度の方向に回旋している(眼球運動の正方向は被験者視点で見たときの時計回り方 向としている).
これより,GVSにより誘起される眼球運動は現象のみを考えると,直線的加速度によって誘起 される,つまり耳石性の前庭動眼反射であることが示唆された.
図71 直線的加速度付加時の眼球運動 (文献[112]より引用)
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図72 直線的加速度付加時の眼球運動周波数特性(文献[112]より引用)
図73 GVS誘因性の眼球運動周波数特性
刺激周波数が0.01~1.0Hzでの眼球運動の周波数特性を示した図72と本研究で得られたGVS誘
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因性の眼球運動周波数特性の対数グラフ(図73)を比較すると図72においてY-Uprightは被験者 が座位姿勢時の眼球運動の周波数特性),GVS 誘因性の眼球運動における位相遅れθに関して,
1Hz以上ではLionelらの測定結果では90deg以上の位相遅れが見られるなどの違いが見られる.
また,文献[89]において,そもそもGVSは耳石器や半規管の有毛細胞に対して影響を及ぼしてい るわけではなく,前庭求心神経線維に対して影響を及ぼし,前庭動眼反射が誘起されていること が示唆されたことなどを加味すると,現時点では,GVS誘因性の眼球運動が耳石性の前庭動眼反 射のみによって構成されているとは言えないが,今後被験者数を増やしてサンプルデータ数を増 やし,刺激周波数条件も0.01Hzから4.0HzまでのGVSに誘起される眼球運動を測定することで 今後さらに深く検証する必要がある.
そして,GVS誘因性の眼球運動と直線的加速度付加時の眼球運動に特定の周波数帯域のみにお いてでも相関が見られたならば,それはGVSの刺激電流量が物理的な直線的加速度に換算できる 可能性があるといえる.