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第N部 完成相非過去形のテンス
138 第IV部 完成相当過玄形のテンス ウ) かれはいま試験をうけている。
エ〉 きのうの正午,かれは試験をうけていた。
オ) やがて芦がしまる。
カ) さっき戸がしまった。
キ〉 いまは戸がしまっている。
ク〉 さっき戸がしまっていた。
テンスは発話時を基準にして過去,現在,未来をあらわしわけることを基本 とするが,テンスのなかには,過去や未来の一定時を基準にして,以前,同時,
以後をあらわしわけるものがある。これを網対的テンスという。相対的なテン スと対比するばあいには,原初的なテンスは,絶対的なテンスとよばれる。
網対的なテンスは,従属節のなかにしばしばあらわれる。
ケ〉彼女は夫が戦地からかえる日をまちわびていた。 似後)
コ〉彼は試験のおわった日のつぎのHから三日間旅行にでかける。 似 前)
けれども今回の報告はいいおわり形のテンスとアスペクトを研究の対象にし ているので,このように従属節のなかにあらわれるものはあつかわない。とは いえ,もしいいおわり形式のなかに糟対的なテンスをあらわすものがあれば,
それは,今回の報告のなかにいれなければならない。
ところで,継続絹形式のなかには,つぎのように,動作が以前に成立したこ と(成立すること)をあらわすものがある。
サ)彼女は,ほん訳がでるまえに,原書でそれをよんでいた。
シ) おれのとしをかんがえてみろ。おまえなんかが死ぬよりずっとまえ に,おれがしんでるよ。
これらの例では,過去または未来の一定の時点よりまえに動作が成立するこ とをあらわしている。そして,そのアスペクト的な性格をみると,その〈よむ〉
とかくしぬ〉とかの動作なり変化なりは,まるごとのすがたでさしだされてお り,完成相の基本的なアスペクト的意昧とおなじ意味が実現している。そうだ とすると,この用法のなかでは,継続相の形式が,完成相のアスペクト的意味 と,以淺というテンス的意味とを実現していることになる。そこで,こういう ものをここでは「完成相のテンス形式に準じる継繍則として,継続相につい ての他の一般的な記述からとりだしてのべることにした。
第1章 完層相のテンス 139
鐡V部 第V部
第V王部 第VII部
第Vlll音[玉
門成相非過去形のテンス 完成相過去形のテンス
完成掘のテンス形式に準じる継続相 継続相非過去形のテンス
継続相過去形のテンス
2) ムードのなかにあるテンス
テンス語形として分化しているrする」と「した」(あるいは「している」と
「していた」 以下,継続相についても同様のことがいえるが省略する。)の (注)
形は,また,ムード語形でもある。つまり,それは,「するだろう」「しただろ う」とともに,「しよう」「しろ」に対して,のべたてのムード語形であり,ま た,そのなかで,fするだろう」「しただろう」と対立して,いいきり形として ムード上の位置をしめている。
能 機
//ノ汗
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艦晦「蜘一・)テ1ス の 謔「き 「欝
おしはかり㌃搾乳形
一さそいかけ形
〔完成相〕 〔継続相〕
1 i
めいれい形
スル・・……◆…シテイル シタ・…・……・シテイタ スルダロウ…シテイルダロウ シタダロウ…シティタダWウ シヨウ………シテイヨウ シロ・……・・…シテイロ
いいきりは現実を直接にとらえてのべるのであり,おしはかりは,現実を直 接にとらえられないばあいに,話し手の推量をとおしてとらえてのべるのであ る。つまり,いいきり形とおしはかり形の対立は,現実反映の側面における対 立である。また,のべたては聞き手にただったえるのであり,さそいかけやめ いれいは,聞き手に行動を要求するのである。つまり,のべたて形,さそいか け形,めいれい形の対立は,通達の側面における対立である。というわけで,
いいきり形は,ムード的には,現実を直接にとらえて,そのままったえるとい う,もっとも平叙的なのべかたとして,他のムード語形と対立しているのであ
(注〉 第1部第工章第1節参1照e
140 第IV部 完成相非過去形のテンス
る。
いいきり形の基本的なムード・テンス的な意味は,平叙的なのべかたのなか で成立するのだが,そのムード的な意味が基本的でないばあいには,そのこと がテンス的な意味に影響をもたらすことがおおい。たとえば,葬現実の仮定の 帰結をあらわすぼあいには,テンス的な形式と意味の関係が,基本的な意味の ばあいからずれる。(たとえば,第VI部第3章第4節)
第2節 完成相のテンス
1) 完成相のテンスと継続相のテンス
完成相のテンスは,その基本的な用法において,未来と過去に対立する点が,
継続相のそれが現在と過去に対立するのとちがっている。完成相がなぜ現在の うごきをあらわせないかといえば,現在つまり話しの時点という瞬間のなかに 始発から終了までをふくめたまるごとのすがたの動作過程がおさまりきらない からであり,継続相がなぜ現在のことをあらわせるかといえば,それは,現在 という瞬聞におさまるのでなく,それをまたいだ,持続過程をなす局面として く注)
さしだせばよいからである。
継続相のテンスは,その動詞のさししめす動作の一定の局面が基準時間をま たいで持続していることをしめすのであって,その局面の持続がいっからいつ までつづいているかには,基本的には無関心である。このことと関連して,金 田一春彦1955は,「状態禮のテンス(一)」のなかでつぎのようにのべている。
「一た」の形は,過去を表わすこと以上のとおりであるが,これは決して同時 に「現在はそうでない」という意味を表わすわけではない。
この椅子はきのうここにあった。
という場合,その椅子は現在そこにはないかもしれないが,あるかもしれない。
これに対して,完成相のテンスのばあいは,その動詞のさししめす動作(あ るいは,その局面)が,全体として基準時問のなかにおさまっている。動作(あ るいは,その周藏)は,その時間のなかにあって,そとにはないのである。
つぎに,完成相のテンスが運動の時間をしめすのに対して,継続相が静止の 時間をしめすということも,両者の重要な対立点である。完成絹が始発から終
(注〉奥田靖雄1977による。
第1章 完成穣のテンス 141 了までをふくめてまるごとのすがたで動作をさしだすということは,時間の推 移の観点からのべるならば,一定の時間的位置において,動作(または,その 局面)を,始発から終了まで一過程ぶんすすませるということである。継続相 は,その時間において,過程が存在することをあらわすだけであって,過程が すすむことはあらわさない。この,動作過程をすすめるかすすめないかという 対立は,文章のなかで文がならべられるばあいに,あいならぶ文が,順次的な ことがらをあらわすか,同時的なことがらをあらわすかの対立となってあらわ
れる。
須田一郎1979は,これを発見して,つぎのようにのべた。
運動動詞の使用されているひとつのまとまったはなしのなかで完成獺はそのす がた的な全体性という特徴にもとづいて,他の完成稽に対する時聞的な前後関係 を表現する。完成相のこの積極的な特徴は,ついになる継続相の時間的な前後関 係を表現しないという消極的な特徴によって補完される。ふたつの特徴は高聞と いう観点で統一し,前後関係をあらわすかあらわさないかで対立する。
つぎに,このことをしめす段落例を,須田1979のあげたものから,それぞれ ひとつずつかりて,あげておく。
◎ 余が籍課の境にかく這記していると,入口の唐紙がすうと開いた。あいたと ころへまぼろしのごとく女の影がふうとあらわれた。余は驚きもせぬ。恐れも せぬ。ただ心地よくながめている。ながめるというては,ちとことばが強すぎ る。余がとじているまぶたのうらに幻影の女がことわりもなくすべりこんでき たのである。まぼろしはそろりそうりと部屋のなかへはいる。仙女の波をわた るがごとく,畳の上には人らしい音もたたぬ。閉ずるまなこのなかから見る世 の巾だからしかとはわからぬが,色の白い,髪のこい,えりあしのながい女で ほかげ
ある。近ごろはやる,ぼかした写真を灯影にすかすような気がする。
まぼろしは戸だなのまえでとまる。戸だながあく。白いうでがそでをすべつ て暗やみのなかでほのめいた。戸だながしまる。畳の波がおのずから幻影をわ たしかえす。入口の唐紙がひとりでに閉たる。余がねむりはしだいにこまやか になる。人の死して,まだ牛にも馬にも生まれかわらない途中はこんなであろ
う。 (:夏目漱石「草枕」)
◎ ところがこの女の表情をみると,余はいずれとも判断にまよった。口は一文 字にむすんで静かである。匿は五分のすきさえ見いだすべく動いている。顔は 下ぶくれのうりざねがたで,ゆたかにおちつきをみせているにひきかえて,ひ