第1節 継続相の脱アスペクト化
1) 継続相の脱アスペクト化
継続槽の動詞が動作過程との縁をきって,動作の局面でない状態過程のなか にあることをあらわすと,前章でのべたような準アスペクトになるのだが,状 態過程からもはなれて,ただ特徴的な側面をひっぱりだすと,アスペクトから 解放される。
継続相の脱アスペクト化は,つぎのふたつのばあいにおこる。そのひとつは,
質的な属性のもちぬしが持続性をもたないアクチュアルな存在であるばあいで あり,もうひとつは,そのもちぬしがアクチュアルな存在でないばあいである。
つぎの2例は,それぞれ前者と後者の例である。
(273)妻のことばは図星をさしていた。(無限123)
(274) 懐疑はひとつのところにとどまるというのはまちがっている。
(人生29)
前者の例をすこしあげる。
(275) 「姉さん,代ってまいてください。」と,K:は同いどしの松子をそう よんだ。お国なまりがついていた。(無限12e)
(276) ただ「畜生!」とどなった。くらがりで,それは憎悪にみちた牡牛の うなりこえににていた。(カニ69)
(277)かんじょうしてみると,先生が毎月例として墓参にいく日が,それか らちょうど三Hめにあたっていた。(ここ18>
(278)あのひとの今の身じろぎはいっている。おまえは動物だ,動物のめす だ。本能のはたらきだけでもえる。(火の42)
後者の例には,つぎのようなものがある。
(279) したがって,評判を気にすることは名誉心でなくて虚栄心に属して いる。(人生48>
(2鋤 青年はべつにヤミ物資のボスではなく,単なる売り子にすぎなかっ
第5章 アスペクトからの解放133 たので,歩合の収入は,要するに足まめであるかどうかにかかってい た。(撫石305)
(281)われわれは順序としてまず古典物理学によって定立された客観的世 界について考察する。ものがあるということは,そこでは空間におい てある一定の位置をしめるということを意味していた。(物質258>
なお,さいこの2例は過去形で過去のことについてのべているが,それは,
アクチュアルなかたちで過去にべったりつづいていたのではない。個々のこと については,特定の時間とむすびついていない。
継続相でアスペクトから解放される動詞は,ほとんどのものが語い的意味の レベルで動作的な側面,状態的な側颪をうしなっている。
(2S2)嘉門のつとめかたは,いっぷうかわっていた。(冬の26)
(2謝 しずかなこえで,まちかまえていたというほどではないが,おどろいてね とぼけた調子ともちがっていた。(厭や264)
〈2鋤 それは形をつくるという生命に内的な本質的な作用に属している。
(人生31)
(2陶 それは恋愛によくにている。(幽明261)
(2脚 彼は(中略)正月の飾支度をしていたが,億劫で,御飾はばかげてい た。(無限142)
(287) 歌のなかに三助としてあるから,二重に名をかかなくてもよいと,す なおにかんがえたのが,しぜんに故実にかなっていた。(阿部45)
(2働 目をさました母おやの最初の印象はあたっていた。(潮騒59)
2> 完成相の脱アスペクト化とのちがい
完成相の脱アスペクト化は,完成相と継続相というアスペクト的な分化が問 題となる以前のもののような感じがする。モーダルなもののばあいは,始発と 終了に対する関心が生ずるまえであるし,質的な側面をひっぱりだすもののば あいには,完成相と継続相の対立をよびおこすもとになる動作の過程性がはじ めからきりすてられている。
それに対して,継続相の脱アスペクト化は,継続相の特徴である持続性をと おして,さらに,それをなくしていく方向で脱アスペクト化している。つまり,
完成相と継続相が分化したのちの脱アスペクト化である。
134 知li部 継続相のアスペクト
なお,このことは,形づくりのてつづきとも関係するだろう。つまり,完成 梱のほうは,てつづき的にマークされておらず,継続相のほうがマークされて いる。そこで,来分化性という意味的な特徴とマークされていないというてつ づき上の特徴が完成相のほうにあらわれるのだろう。
第2節 アスペクトからの解放と テンスからの解放
1) アスペクトから解放されているものとテンス
過虫に存在した特定の個別的なものごとの質的な属性をのべる述語は,過去 (注/
形,非過去形の両様になりうることがある。
アイウエオカ
!945年は敗戦の年であった。1945年は敗戦の年である。
あのしごとは失敗であった。
あのしごとは失敗である。
陸上のちちのみ動物のなかではマンモスがいちばんおおきかった。
陸上のちちのみ動物のなかではマンモスがいちばんおおきい。
このばあい,過去形のつかわれているものは,その形式によって過去という テンス的意味が実現しており,罪過去形のほうは,テンスから解放されている といえるだろう。継続絹が質的な属性をあらわす述語のなかにつかわれるばあ いにも,このことがいえる。
キ) きのうの会議でのかれの発言は当をえていた。
ク〉 きのうの会議でのかれの発言は当をえている。
前節の(273)(275)(276)(277)などはテンスをもっている例であるが,テンスから 解放されている例をつぎにあげておこう。
(289)逮捕後,唾液をださせたということは,石川看の互且液型がわからず に,まったくの見込みによる逮捕であったことをものがたっている。
(三日3王〉
属性のもちぬしが現在存在しているものであるばあいには,現在というテン スをもっているのか,テンスから解放されているのかわからない。
(注〉 このことについては,寺村秀夫1971もかいている。
第5章 アスペクトからの解放 135 ケ) (はなしをききながら)このはなし,おもしろいね。
薗節の(278)はそれである。これがもし,つぎの3例のように過去のはなしと対 比されているばあいには,そのあいてとの関係でどちらであるかがわかるだろ
う。コ)は現在をあらわし,サ)やシ)は,テンスから解放されている。
コ) きのうのはなしもおもしろかったが,このはなしもおもしろいね。
サ) きのうのはなしもおもしろいけど,このはなしもおもしろいね。
シ) きのうのはなしと,このはなしと,どっちがおもしろい?
その属性のもちぬしがイ醐舶勺なものでないばあいは,その文の性格からいっ て,述語であらわされる属性も個別的な時間に特定されるものでない。それは,
非アクチュアルなものである。しかし,これにも,過玄形であらわれるものが ある。それは,過去の特定された時間におこったことをあらわしているのでは なく,その属性の成立したはんいが,過去のひろげられた時問帯に属している ことをあらわしているのである。
ス) そのころは,男女が手をつないであるくことはまれであ丞。
セ) そのころは,手づかみでたべるのが習慣にあっていた。
前節の(2謝は,これである。
2) テンスから解放されていても,アスペクトからは解放されていないもの このことはテンスの部であつかうべきことであるが,アスペクトの理解に役
だつとおもわれるので,ここでもふれておく。
そのひとつは,なりたつ時問的位置に関係のない命題である文の動作的な属 性をあらわす述語のなかにつかわれたばあいである。このばあい,完成格と継 続相が対立していて,そのアスペクト的意味が実現している。
ソ〉秋になると,つばめは爾の国へかえります。
タ)冬のあいだ,つばめは南の国へかえっています。
つぎのようなものは,完成相にかえられないだろう。
チ) ふきながしのしっぽが南にむいているときは,風は北からふいていま 立.
ツ) 一月には,かえるは土のなかでねている。
もうひとつは,どの時点を基準にしても持続過程のなかにあるすがたをあら わすばあいである。
136 第il陪;1継続相のアスペクト
(290) 主人によくにた老人が,店先にいつもすわっていた。
このことについては,第2章第2節でのべた。
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