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経験学習モデルに基づく「職場における学習」を促進する要因の検討

第7章 第1研究、第 2 研究、第 3 研究の結論

7.2 経験学習モデルに基づく「職場における学習」を促進する要因の検討

3社13名の外国人社員のうち9名が人材育成にコンフリクトがあると語った。そして、そ の9名のうち6名は、仕事に対する満足度に対して「とても満足」「どちらかというと満足」

と回答し3名は「どちらかというと不満足」と回答した。

この仕事に対する満足度の質問は、外国人社員が現在の仕事に満足しているかどうかを尋 ねたものである。留学生の日本企業への就職はスキルアップやキャリア形成が目的であるこ とが多い。そのため、仕事への満足度は自分自身の能力向上ができているのか知ることがで き、すなわち「職場における学習」が進んでいるのかの指標となると考えられる。つまり、

仕事に対して満足と回答する場合「職場における学習」が進んでいる状況であり、不満足と 回答する場合は「職場における学習」が進んでいる状況と捉えることができる。

この仕事に対する満足度に関する質問に対して「とても満足」「どちらかというと満足」と 回答した 6名のコンフリクトの内容とコンフリクトに対する対処方法は、表7.1のようにま とめられた。

ケース1である「指導者の言葉が少ない」、「『報・連・相』が難しい」というコンフリクト を抱くケースでは、他部署にいる外国人社員や日本人の同僚に相談をしていた。この他部署 にいる外国人社員や日本人の同僚に相談するという行為は、コンフリクトという具体的経験 に対して内省的観察を実施しているものと考えられる。

ケース 2の「教育がない」と職場環境にコンフリクトを抱くケースでは、人事課に相談す ることや同じチームの先輩に聞くこと、マニュアル作成の提案をすることによりコンフリク トへ対処していた。教育がないという職場の状況を人事課に相談することは、質問すること で教育がない状況に対応するものであることから、内省的観察が起こっているものと考えら れる。マニュアル作成を提案することは、職場の状況に合わせた提案することでコンフリク

表7.1 仕事に対して満足と回答する外国人社員のコンフリクトと対処方法

ケース コンフリクトの内容 対処方法

1 指導者の言葉が少ない

「報・連・相」が難しい 他部署の同僚に相談する 2 職場には教育がない

人事課に相談する

同じチームの先輩に分からないことを聞く マニュアル作成の提案をする

3 働くこと・状況へのコンフリクト 会社経営の両親に相談する

4 日本人の行動に対する違和感 就業経験のある日本人の友人に相談する

5 非効率な指導 同国の顧客に相談する

状況に耐える

6

(過去の経験)

自分の意見を正確に日本語で伝えるこ とが難しい

仕事を失敗することで日本人社員から の評価が下がる

(現在の新卒外国人社員への指導方法)

具体的な仕事の進め方を教える マニュアルを作成する

トのある状況を変容させようとする能動的実験であると考えられる。

ケース 3では、働くことや状況に対するコンフリクトに対して、会社経営をする両親に相 談するという対処方法が確認された。外国人社員は両親から、新規参入者はすべてを学ばな いといけないという考え方を教えられたと語っていることから、相談することで外国人社員 の解釈に変容が起こったことが示される。つまり、会社経営をする両親への相談行為が、内 省的観察をするきっかけとなっていたことが考えられる。

ケース 4である日本人の行動に対する違和感を抱いていたケースでは、就業経験のある日 本人の友人にその状況を相談していた。違和感のある状況に対して日本人の友人から情報を 得ることで、状況への再解釈が行われているものと考えられる。つまり、内省的観察に必要 な情報を日本人の友人から得ていたものと考えられる。

ケース 5である非効率な指導方法に対してコンフリクトを抱いていたケースでは、同国の 顧客に相談し、その状況に耐えるという対処方法が確認された。つまり、同国の顧客に相談 することで、コンフリクトのある状況に耐えるというスキーマが構築されたものと考えられ る。

最後のケース 6では、業務を進める上で自分の意見を正確に伝えることが難しいこと、仕 事を失敗することで日本人社員からの評価が下がるという過去の経験から、そうした困難が 日本企業で働く外国人社員にあると概念化されていた。そして、概念化により、新卒外国人 社員に対して、具体的な仕事の進め方を教える、マニュアルを作成するという指導を行って いた。この具体的な仕事の進め方を教える、マニュアルを作成するという指導は、能動的実 験であることが示唆される。

松尾(2011)は、単なる「経験のしっぱなし」は何も得ることができず、経験に対して、

「なぜ失敗したのか」などの振り返りから「教訓」を引き出すというプロセスが重要である とし、他者からの意見やアドバイスは行為を振り返り成長するための情報になると述べてい る。ケース1からケース5を見ると、外国人社員は人材育成で発生するコンフリクトに対し て、他者からの支援を得て、内省的観察が実施されていることが分かる。そして、観察的内 省に必要な情報を、先輩や同僚、人事課、同国の顧客、会社経営をする両親、就業経験のあ る日本人から得ることで概念化しているものと考えられる。

支援を得て内省し概念化されるプロセスの具体的な例として、以下の外国人社員が他部署 にいる先輩に位置づけられる外国人社員へ相談した際の語りが挙げられる。

「(先輩である外国人社員)○さんは、まぁ今の自分の仕事にも結構不満があるけれど、彼は 結構最後まで諦めずに頑張る性格だから、最後まで諦めずにやる。そういうところは学ぼう と思いますね。特にそういうところは自分にちょっと足りないかなぁと思いますので。」

「そういうところは自分にちょっと足りないかなぁと思います」と語るように、コンフリ クトのある状況への解釈が変容し、自分自身の態度を変えようとする変化が起こっているこ とが示唆される。つまり、コンフリクトへの内省をすることで再解釈が起こり、新しい解釈 が生まれる。そして、そこからコンフリクトに対処する自分なりの対処方法が形成し、実践

されることで学習プロセスが循環していることが考えられる。

以上のことから、人材育成に対してコンフリクトがあるにも関わらず仕事に満足している 背景には、他者との相互作用があることが示唆される。

では、仕事への満足度に対して「どちらかと言えば不満足」と回答したケースではどうだ ろうか。人材育成に対するコンフリクトがあると語った外国人社員のうち、職場への満足度 に対して「どちらかと言えば不満足」と回答した3名がいた。彼らのコンフリクトの内容と そのコンフリクトへの対処方法は、表7.2のとおりである。

ケース 1では、仕事の相談ができないというコンフリクトに対して、本を読むという対処 を行っていた。この本を読むという行為は、コンフリクトがある状況に対して何らかの概念 化があり、能動的実験として表出したものと考えられる。

ケース 2では、働き方が非効率であるというコンフリクトに対して、何もしないという状 況であった。また、ケース3も同様に、すぐに決断しない、意見をくれないというコンフリ クトに対して何もしないという状況であった。これらのケースは、具体的経験に対して内省 的な観察や抽象的概念化を行わない状況であると考えられる。

中原(2013)は、「内省的観察・抽象的概念化」のモードが伴わない「能動的実験・具体 的経験」は経験主義になる傾向があると指摘しているが、コンフリクトに対して何もしない と言う2つのケースにおいて、コンフリクトのある状況への「解釈努力の中断」という状況 が見られたことは、具体的経験を基点とした学習プロセスが循環していないものと考えられ る。つまり、職場に対して不満足であると意識する背景には、人材育成におけるコンフリク トに関する学習が進んでいないことが考えられる。

この学習プロセスが促進される状況と留まる状況の具体例として、表7.1のケース5と表 7.2のケース3が挙げられる。この2名はB社の同期であり、同じ部署に配属し、同じ人材 育成を経験している。ケース5の場合、同国の顧客に相談することで状況に耐えるという対 処をしており、ケース3の場合はコンフリクトに対して何もしていないという違いが見られ た。人材育成では同じ経験をしているにも関わらず、職場に対して満足と不満足に分かれる のには、ケース5では同国の顧客から精神的な支援を受けたことで学習プロセスが進み、ケ ース3では学習プロセスが進まずコンフリクトのある状況が維持されたことが背景にあると 考えられる。

では、内省的観察において他者からの支援を得ることのみが重要なのであろうか。ケース 1 のように、仕事の相談ができないというコンフリクトへの対処として、本を読むという実 践的経験は、次の学習プロセスの循環を生まないのだろうか。

ケース1であるA社の外国人社員FA氏は、次のように語っていた。

表7.2 仕事に対して不満足と回答する外国人社員のコンフリクトと対処方法

ケース コンフリクトの内容 対処方法

1 仕事の相談ができない 本を読む

2 働き方が非効率 なし