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第9章 結論

9.5 今後の課題

本研究は、日本におけるグローバル化や労働人口不足という社会変化の中、海外高度人材 として期待される日本企業へ就職する留学生に対してどのような支援が大学側から可能なの かという問題意識から始まった。

第1章では、留学生政策と大学における留学生への支援について概観し、就業を見据えた 就職支援のあり方が求められることを提示した。そして、日本企業においては、社員一人一 人の自律学習である「職場における学習」が重要になりつつある変化を示した。こうした社 会背景から、日本企業で働く外国人社員の「職場における学習」に着目し、日本企業での就 業を見据えた留学生への大学教育のあり方について検討するという研究目的を設けた。

第2章では、こうした研究目的に対して、理論的枠組みとして「職場における学習」につ いて説明した。

第3章は、外国人社員の就業に関する先行研究と、大学と仕事との接続・移行に関する先 行研究と日本企業へ移行する留学生を対象とした先行研究を概観した。先行研究からは、「職 場における学習」という観点と大学教育との関連について検討されていない点が示された。

こうした先行研究の不足点を踏まえ、2 つの研究課題を設定した。一つは、人材育成におけ るコンフリクトに着目し、外国人社員の「職場における学習」の促進要因を明らかにするこ とであり、もう一つは「職場における学習」を促進する外国人社員の行動はどのような大学 教育の科目と影響を受けているのかについて検証することである。この2つの研究課題に対 する研究方法について説明した。

第4章は、研究課題1における第1研究、日本企業で就業する外国人社員はどのようなコ ンフリクトを抱えているのかを明らかにすることを目的に、外国人社員のコンフリクトの実 態調査を行った。調査の結果、外国人社員には新入社員研修である「実地研修」と配属先で 行われるOJTに対してコンフリクトがあることが明らかとなり、経験ベースで行われる教育 方法にコンフリクトが起こることが示された。そして、こうしたコンフリクトは日本人社員 にとってこうした体験ベースで行われる人材育成が「当たり前」であることから、外国人社 員にコンフリクトが起こる状況が気づかれにくいものであることが示された。

第5章では、研究課題1における第2研究、コンフリクトの対象となる問題はどのように 解決されているのかを明らかにすることを目的に、外国人社員と日本人上司の人材育成にお けるコンフリクトの対処方法について調査を行った。その結果、会社を経営する両親や就業 経験のある日本人の友人、同じ国籍の顧客との相互作用がある外国人社員はコンフリクトが 解消され、職場に対して適応していることが明らかとなった。明確な雇用管理や評価、経営 者の判断が、日本人上司側のコンフリクトに対する寛容に影響を与えていることが明らかと なり、こうした日本人上司側の寛容が、外国人社員のコンフリクトの軽減に繋がっているこ とが示された。

第6章では、研究課題1における第3研究について調査を行った。どのような指導方法が

外国人社員のコンフリクトを解消するのかを明らかにするために、外国人社員が行う指導方 法について調査を行った。その結果、外国人社員は、マニュアルを作成する、具体的な仕事 の進め方を教えるという指導方法により新入外国人社員を育成しており、後者の「具体的な 仕事の進め方を教える」という指導方法に対して新入外国人社員は、安心感があると評して いることが明らかとなった。また、日本人上司は、日本社会・企業ルールを教えるという指 導方法を行っており、この指導方法に対して新入外国人社員は、同化を求められていると評 していることが明らかとなった。これらの結果から、「具体的な仕事の進め方を教える」とい う指導方法が、職場における学習を促進させる指導方法であることが示された。

第7章では、第1研究から第3研究までの結果を述べ、研究課題1の結論についてまとめ た。研究課題 1である「人材育成におけるコンフリクトに着目し外国人社員の『職場におけ る学習』の促進要因を明らかにする」に対して、外国人社員がコンフリクトのある状況に対 して他者からの支援を得ることで内省的観察を行う行為であることが示された。

第8章では、第4研究では、「職場における学習」を促進する外国人社員の行動は、大学教 育とどのように対応しているのかについて検討するために、学部に在籍する留学生を対象に 質問紙調査を実施した。「職場における学習」を促進する外国人社員の行動に関する質問項目 は、事例研究で明らかとなった外国人社員の「職場における学習」の行動と日本人上司や外 国人社員と同期の日本人社員の仕事の学び方から項目を作成した。この質問項目を「日本人 と一緒に活動や仕事をする時の行動や対処に関する質問」項目とし因子分析を行った。また、

因子得点を従属変数として、大学教育の項目と重回帰分析を行った。大学教育の項目は、教 養教育(講義型授業と演習型授業)、専門科目(講義型授業と演習型授業)、卒業研究という 5 項目とした。また、分析にはアルバイトに対する自己成長度に関する質問と、ダミー変数 に大学、学部、学年、性別、国籍(中国とその他)を加えた。

「日本人と一緒に活動や仕事をする時の行動や対処に関する質問」項目に対して因子分析 を行った結果、3因子が得られ、これらの因子に対して「直接相談型」、「分析・論理型」、「観 察・模倣型」と命名した。「直接相談型」と「分析・論理型」は、外国人社員の「職場におけ る学習」を促進する行動の項目のみで構成されており、「観察・模倣型」は日本人上司や外国 人社員と同期の日本人社員の仕事の学び方より作成した項目のみで構成されていることが明 らかとなった。

そして、「直接相談型」、「観察・模倣型」、「分析・論理型」の3因子に対して大学教育に関 する項目を重回帰分析した結果、「直接相談型」は卒業研究の影響を受けていることが明らか となった。また、「観察・模倣型」と「分析・論理型」は大学教育の影響を受けていないこと が明らかとなった。

第9章では、研究課題1および研究課題2の結果に基づき、日本企業で働く外国人社員に とっての「職場における学習」について明らかにし、大学の教育内容とどのような関連があ るのかという研究目的に関する総合考察を行った。考察の結果、日本の文化に対するストレ スに対して相談をするという学習スタイルである「直接相談型」や、客観性のある立場から 情報にもとづいて対処する方法や新しい方法を模索する学習スタイルである「分析・論理型」

を育成するような教育が有効であることが示唆された。

以上のように、外国人社員の「職場における学習」の観点から留学生の日本企業での就業 を見据えた大学からの支援や教育のあり方について検討したが残された課題は多い。次の 3 つのことが今後の課題として考えられる。

一点目は、今回の事例研究では、外国人社員や日本人上司などの個別の性格などまで考慮 して分析できなかった点である。今後、「職場における学習」がどのような性格と関連してい るのか解明する必要があると考える。

二点目は、本研究の主な調査対象者は、文系の留学生・外国人社員であった。現在、日本 社会では技術系の外国人社員が注目されている。そのため、理系留学生を対象とした同様の 研究が今後必要であると考える。

三点目は、今回、職場における学習を促す「直接相談型」「分析・論理型」という留学生の 対応力を示すことができた。しかし、「直接相談型」は大学教育における卒業研究と関連があ ることが、仮説の提示に留まっている点である。「直接相談型」「分析・論理型」という対応 力が実際に大学教育で育成されたのかについて、今後は外国人社員に対して調査をすること で検証することが必要であると考える。また、学習スタイル間のやや強い相関も見られたた め、大学教育を基点として留学生や外国人社員の「職場における学習」がどのように構築さ れるのか、そのプロセスを解明する必要もあるだろう。

今後、一つずつの課題に対応していきたいと考えている。